〜十字架の道〜


  「そのころ、祭司長、民の長老たちは、カヤパという大祭司の家の庭に集まり、

イエスをだまして捕らえ、殺そうと相談した。」

                          マタイ26:3,4
 

 このごろは世界中が殺気立ってきて、昨日イラクでは日本人が人質になるという事件も起きています。こうした中で、

平安に暮らすことの大切さを思わされます。

 さて、今週は受難週といわれ、金曜日にイエス様が十字架につけられたことを記念し、教会では断食祈祷をします。

イエス様は1週間近く前にエルサレムに入りました。弟子たちは直前に同じエルサレムでイエス様が殺されそうになったのを

見ていましたから、もう入らないようにと忠告しました。しかし、イエス様はご自分が殺されることは決まっていたし、

実行しなければならないと決心していましたので、再度エルサレムに入っていきました。

 一方、イエス様を殺そうとしていた祭司長、民の長老たちはどうやってイエスを捕らえようかと相談していました。

ちょうどそんなとき、イエス様の弟子の一人、イスカリオテのユダという人がイエス様を裏切り、彼らに銀30枚で売り渡しました。

その夜、イエス様が弟子たちといつも集まっていたゲッセマネの園というところにユダを先頭にイエス様を捕らえに来ました。

弟子たちは全員逃げだし、ついに捕らえられました。最初にはイエスを殺そうと相談していた大祭司カヤパの庭に連れて行かれました。

そこで何人かの人に偽証され、最初からもくろんでいたとおり、死刑の判決をされました。 しかし、当時、ユダヤは

ローマの支配下にあったので、彼らが死刑を執行することはできず、ローマの総督ピラトの元に送られました。

ピラトは送られたイエスに死刑に当たる何の証拠もないことから、イエスを死刑にせず、釈放するよう働きかけましたが、

ユダヤの群衆は納得せず、ついに十字架刑にすることになりました。

 イエス様は思い十字架を背負って、十字架への道を歩き始めましたが、昨日からの疲れと背中の痛み、苦しみから倒れ、

ちょうど見ていた一人の人が代わりに十字架をゴルゴだというお釜で担ぎ上げてくれました。その丘の上でイエス様は

ほかの二人の強盗と一緒に十字架に釘付けされました。

 イエス様は苦しみの際で、七つの言葉を言われましたが、その第一番目にこういわれました。

「父よ。彼らをお許しください。彼らは何をしているかわからないのです。」 このとき、イエス様を十字架につけたローマの兵士たちは

イエス様の着物が誰にあたるかくじを引いていました。殺されるイエスになんの興味も気持ちも持っていませんでした。

無視した状態でした。 実は私たちも同じようにイエスという方に何も興味を持っていないかもしれません。

2千年前に殺された人というぐらいしか知らない一人の人物かもしれません。でも、このイエスという方は私たちのために

十字架にかかってくださった方なのです。

私たちは人生の中でいろいろな出会いがあります。どうしても許すことのできない人がいます。また、いってはいけないと

知りながら言ってしまった一言のため、傷つけた人。反対に傷つけられ、いつもそれがうずいている人。したくないと思いながら、

悪いことをしてしまう自分。いろいろな弱さがあります。 つくずく罪深いと思いませんか。

そうしたことからあなたを解放してくださるのが、イエス・キリストの十字架です。

十字架はあなたに関係がないどころか、大いに関係があるのです。

この十字架の言葉はあなたに言われていることです。このイエス様の取りなしの言葉にあなたが入っているのです。

今イエス様の愛を受け取りましょう。 


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