「老子」(道徳経)原文+読み下し文
参考までに、本講義で取り上げた「老子」各章の原文ならびに読み下し文を以下に掲載します。他の章については市販のテキスト等をご参照ください。
1章
道可道非常道。名可名非常名。
無名天地之始。有名萬物之母。
故常無欲以觀其妙。常有欲以觀其徼。
此兩者。同出而異名。同謂之玄。玄之又玄。
衆妙之門。

道の道とすべきは常の道に非ず。名の名とすべくは常の名に非ず。
名無きは天地の始め、名有るは万有の母。
故に常無を以ってその妙を見んと欲し、常有を以ってその徼(きょう)を観んと欲す。此の両者は、同じきに出でて而も名を異にす。
同じきこれを玄と謂い、玄のまた玄は衆妙の門なり。

(参照……第一講・他)
2章
天下皆知美之爲美。斯惡已。皆知善之爲善。斯不善已。
故有無相生。難易相成。長短相較。高下相傾。音聲相和。前後相隨。
是以聖人。處無爲之事。行不言之教。
萬物作焉而不辭。生而不有。爲而不恃。功成而不居。
夫唯不居。是以不去。

天下みな美の美たるを知るも、斯れ悪のみ。みな善の善を知るも、斯れ不善のみ。
故(まこと)に有と無と相い生じ、難と易と相成り、長と短と相い形(あら)われ、高と下と相い傾き、音と声と相和し、前と後と相い随う。
是を以って聖人は、無為の事に処り、不言の教えを行なう。
万物焉(ここ)に作(おこ)るも、而も辞(ことば)せず、為すも而も恃まず。功成る而も居らず。夫れ唯だ居らず、是を以って去らず。

(参照……第二講・他)
3章
不尚賢、使民不爭。不貴難得之貨、使民不爲盜。不見可欲、使心不亂。
是以聖人之治、虚其心、實其腹、弱其志、強其骨。常使民無知無欲、使夫知者不敢爲也。
爲無爲、則無不治。

賢を尚(たっと)ばざれば、民をして争わざしむ。得難きの貨を貴ばざれば、民をして盗みを為さざしむ。欲すべきを見(しめ)さざれば、民の心をして乱れざらしむ。
是(ここ)を以って聖人の治は、其の心を虚しくして、其の腹を実(み)たし、其の志(のぞみ)を弱くして、其の骨を強くす。常に民をして無知無欲ならしめ、夫(そ)の知者をして敢えて為さざらしむ。
無為を為せば、則ち治まらざる無し。

(参照……第十二講)
4章
道冲、而用之或不盈。淵兮似萬物之宗。
挫其鋭、解其紛、和其光、同其塵。
湛兮似或存。
吾不知誰之子、象帝之先。

道は冲(むな)しきも、これを用うれば或(ま)た盈(み)たず。淵として万物の宗(そう)たるに似たり。その鋭を挫き、その粉を解き、その光を和し、その塵に同じくす。
湛(たん)として存する或(あ)るに似たり。
吾れ、誰の子なるかを知らず、帝の先に象(に)たり。

(参照……第四講・補講十五)
5章
天地不仁、以萬物爲芻狗。聖人不仁、以百姓爲芻狗。
天地之間、其猶■籥乎。虚而不屈、動而愈出。
多言數窮、不如守中。

天地は不仁、万物を以って芻狗(すうく)と為す。聖人は不仁、百姓をもって芻狗となす。
天と地の間は、其れ猶(な)お、■籥’(たくやく)のごときか。虚しくして屈(つ)きず。動きて愈々(いよいよ)出(い)ず。多言はしばしば窮す。中(ちゅう)を守るに如(し)かず。


(参照……第十二講)
6章
谷~不死、是謂玄牝。
玄牝之門、是謂天地根。綿綿若存、用之不勤。

谷神(こくしん)は死せず、是を玄牝と謂う。
玄牝の門、是を天地の根と謂う。
緜緜として存するがごとく、これを用いて尽きず。

(参照……第四講・他)
7章
天長地久。天地所以能長且久者、以其不自生、故能長生。
是以聖人、後其身而身先、外其身而身存。非以其無私耶、故能成其私。

天は長く地が久し、天地の能(よ)く長く且(か)つ久しき所以の者は、其の自ら生ぜざるを以て、故に能く長生す。
是(ここ)を以て聖人は、其の身を後にして而も身は先んじ、其の身を外にして而も身は存す。其の無私なるを以てに非ずや、故に能くその私を成す。

(参照……etc3)
8章
上善若水。水善利萬物、而不争。處衆人之所悪。故幾於道。
居善地、心善淵、與善仁、言善信、正善治、事善能、動善時。
夫唯不争、故無尤。

上善(じょうぜん)は水の若(ごと)し。水は善(よ)く万物を利して而(しか)も争わず。衆人の悪(にく)む所に処(お)る。故に道に幾(ちか)し。
居(きょ)には地を善しとし、心には淵(えん)なるを善しとし、与(まじわり)には仁を善しとし、言には信を善しとし、正には治を善しとし、事には能を善しとし、動には時を善しとす。
夫(そ)れ唯だ争わず、故に尤(とが)め無し。

(参照……補講三)
10章
載營魄抱一、能無離乎。專氣致柔、能嬰兒乎。滌除玄覽、能無疵乎。愛民治国、能無爲乎。天門開闔、能爲雌乎。明白四達、能無知乎。
生之畜之、生而不有、爲而不恃、長而不宰。是謂玄徳。

営魄を安んじ、一を抱きて、能(よ)く離れること無からんか。気を専(もっぱ)らにし柔を致して、能く嬰児ならんか。玄覧(げんらん)を滌除(できじょ)して、能(よ)く
疵(し)無からんか。民を愛し国を治めて、能く以って為すこと無からんか。天門開闔(かいこう)して、能く雌(し)たらんか。明白四達して、能く以って知ること無からんか。
これを生じこれを蓄(やしな)い、生ずるも而も有とせず、為すも而も恃まず、長たるも而も宰(さい)たらず。是を玄徳と謂う。

(参照……第五講)
11章
三十輻共一轂。當其無、有車之用。 
挺埴以爲器。當其無、有器之用。
鑿戸B以爲室。當其無、有室之用。
故有之以爲利。無之以爲用。

三十の輻(ふく)、一つの轂(こく)を共にす。其の無に当って、車の用あり。埴(つち)をうちて以って器を為(つく)る。其の無に当って、器の用あり。戸?をうがちて室を為る。其の無に当って室の用有り。
故に有の以って利を為すは、無を以って用を為せばなり。

(参照……第四講)
12章
五色令人目盲。五音令人耳聾。五味令人口爽。馳騁田獵、令人心發狂。難得之貨。令人行妨。
是以聖人。爲腹不爲目。故去彼取此。

五色(ごしき)は人の目をして盲ならしむ。五音(ごいん)は人の耳をして聾ならしむ。五味は人の口をして爽(たが)わしむ。馳騁畋猟は人の心をして狂を発せしむる。得難きの貨は、人の行いを妨げしむ。
是を以って聖人は、腹を為して目を為さず。故に彼を去(す)てて此れを取る。

(参照……第六講)
14章
視之不見、名曰夷。聽之不聞、名曰希。摶之不得、名曰微。
此三者。不可致詰、故混而爲一。
其上不@、其下不昧。繩繩不可名、復歸於無物。是謂無状之状、無物之象。是謂惚恍。
迎之不見其首、隨之不見其後。執古之道。以御今之有。能知古始。是謂道紀。

これを視(み)れども見えず、名づけて夷(い)と曰(い)う。これを聴けども聞こえず、名づけて希と曰う。これを摶(とら)うるも得ず。名づけて微(び)と曰う。此の三つの者は詰(きつ)を致すべからず。故(もと)より混じて一と為る。
其の上はあきらかならず、是れを無状の状、無物の象(しょう)と謂い、是れを恍惚と謂う。
これを迎うるも其の首(こうべ)を見ず、これに随うともその後(しりえ)を見ず。古(いにしえ)の道を執(と)りて、以って今の有を御(ぎょ)すれば、能(よ)く古始(こし)を知る。是を道紀と謂う。

(参照……第三講)
16章
致虚極、守靜篤。萬物竝作、吾以觀復。
夫物芸芸、各歸其根。歸根曰靜、是謂復命。復命曰常、知常曰明。不知常、妄作凶。
知常容。容乃公、公乃王、王乃天、天乃道。道乃久。沒身不殆。

虚を到すこと極まり、静を守ること篤し。万物は並び作(お)こるも、吾は以って復(かえ)るを観る。
夫(そ)れの芸芸たる各々其の根(こん)に復帰す。根に帰るを静と曰い、是を命に復ると謂う。命に複るを常(じょう)と曰い、常を知るを明といい、常を知らざれば、妄作して凶なり。
常を知れば容なり。容は乃(すなわ)ち公なり、公は乃ち王なり、王は乃ち天なり、天は乃ち道なり、道は乃ち久し、身を没(お)うるまで殆(あや)うからず。

(参照……第五講・第十五講)
17章
大上下知有之。其次親而譽之。其次畏之。其次侮之。
信不足、焉有不信。
焉兮其貴言、功成事遂、百姓皆謂我自然。

大上(だいじょう)は下(しも)これ有るを知るのみ。其の次は親しみてこれを誉(ほ)む。其の次はこれを畏る。其の次はこれを侮る。
信(しん)足らざれば、すなわち信ざらざれる有り。
悠(ゆう)として其れ言を貴(おも)くすれば、功は成り事は遂げられて、百姓は皆我は自然なりと謂わん。

(参照……補講)
18章
大道廢、有仁義。智慧出、有大僞。六親不和、有孝慈。國家昏亂、有貞臣。

大道廃(すた)れて仁義あり。智慧出(い)でて大偽(たいぎ)あり。六親和せずして孝慈あり。国家昏乱(こんらん)して貞臣(ていしん)あり。

(参照……第十三講)
19章
絶聖棄智、民利百倍。絶仁棄義、民復孝慈。絶巧棄利、盗賊無有。
此三者、以為文不足。故令有所屬。
見素抱樸。少私寡欲。

聖を絶ち智を棄(す)つれば、民の利は百倍せん。仁を絶ち義を棄つれば、民は孝慈に復帰せん。巧を絶ち利を棄つれば、盗賊あること無からん。
此の三者、以って文足らずと為す。故に属(つ)ぐ所あらしめん。
素(そ)を見(あら)わし、樸を抱け。私を少なくし欲を寡(すく)なくせよ。

(参照……第十三講)
20章
絶学無憂。唯之與阿、相去幾何。善之與惡、相去何若。人之所畏、不可不畏。荒兮其未央哉。
衆人熈熈、如享太牢。如春登臺。我獨泊兮其未兆、如嬰兒之未孩。儡儡兮若無所歸。衆人皆有餘、而我獨若遺。我愚人之心也哉、沌沌兮。
俗人昭昭、我獨昏昏。俗人察察、我獨悶々。澹兮其若海、C兮若無止。衆人皆有以、而我獨頑似鄙。我獨異於人、而貴食母。

学を絶てば憂い無し。唯と阿と相い去ること幾何ぞ。美と悪と相去ること何若ぞ。美と悪と相去ること何若(いかん)ぞ。人の畏るる所、畏れざるべかざるも、荒として其れ未だ中(つ)きざるかな。
衆人は煕煕として太牢(たいろう)を享(う)るが如く、春に台(うてな)に登るが如し。我は独り泊(はく)として其れ未だ兆(きざ)さず。嬰児の未だ孩(わら)わざるが如し。累々として帰する所なきが若(ごと)し。衆人は皆余り有るに、而(しか)るに我は独り遺(うしな)えるが若(ごと)し。我は愚人の心なるかな、沌沌たり。
俗人は昭昭たり、我は独り昏昏たり。俗人は察察たり、我は悶悶たり。澹(たん)として其れ海の若く、?(りゅう)として止まるなきが若し。衆人は皆以(もち)うる有り、而るに我は独り頑にして鄙(ひ)に似たり。我は独り人に異なり、而して母に食(やしな)わるるを貴ぶ。

(参照……第七講)
21章
孔徳之容、惟道是従。道之為物、惟恍惟惚。惚兮恍兮、其中有象。恍兮惚兮、其中有物。窈兮冥兮、其中有精。其精甚眞、其中有信。
自古及今、其中夫去。以閲衆甫。吾何以知衆甫之状哉、以此。

孔徳の容は惟(た)だ道に是れ従う。道の道たる。惟れ恍惟れ惚。恍たり惚たり、其の中に物あり。恍たり惚たり、其の中に象あり。窈たり冥たり、其の中に精あり。其の精甚だ真、真の中に信あり。
今より古に及ぶまで、其の名は去らず。以って衆甫を閲ぶ。吾れ何を以って衆甫の然るを知るや、此れを以ってなり。

(参照……第三講・第十四講)
22章
曲則全。枉則直、窪則盈。敝則新。少則得、多則惑。是以聖人、抱一爲天下式。
不自見故明、不自是故彰。不自伐故有功、不自矜故長。
夫惟不争、故天下莫能與之争。古之所謂曲則全者、豈虚言哉。誠全而歸之。

曲なれば則ち全(まった)し。枉(ま)がれば則ち直し。窪めば則ち盈(み)つ。敝(やぶ)るれば則ち新たなり。少なければ則ち得られ。多ければ則ち惑(まど)う。
是を以て聖人は、一を抱きて天下の式と為る。自ら見(あら)わさず、故に明らか。自ら是とせず、故に彰(あら)わる。自ら伐(ほこ)らず故に功有り。自ら矜(ほこ)らず、故に長し。
夫れ惟だ争わず、故に天下能くこれと争う莫(な)し。古の所謂わゆる曲なれば則ち全しとは、豈(あ)に虚言ならんや。誠に全くしてこれに帰す。

(参照……etc9)
25章
有物混成、先天地生。寂兮寥兮、獨立而不改、周行而不殆。可以爲天下母。吾不知其名、字之曰道。強爲之名曰大。大曰逝、逝曰遠、遠曰反。
故道大、天大、地大、王亦大。域中有四大。而王居其一焉。人法地、地法天、天法道、道法自然。

物有り混成し、天地に先んじて生ず。寂(せき)たり、寞(ばく)たり、独立して改(かわ)らず、周行して殆(とど)まらず、以って天下の母と成すべし。吾れ其の名を知らず。これに字(あざな)して道という。強いてこれが名を成して大と曰う。大なれば曰(ここ)に逝く。逝けばここに遠く、遠ければ曰に反(かえ)る。
故に道は大、天も大、王も亦(ま)た大なり。域中に四大あり。而して王は其の一に居る。人は地に法(のっと)り、地は天に法り、天は道に法り、道は自然の法る

(参照……第五講・第十五講)
27章
善行無轍迹。善言無瑕謫。善數不籌策。善閉無關鍵、而不可開。善結無繩約、而不可解。
是以聖人、常善救人、故無棄人。常善救物、故無棄物。是謂襲明。故善人者、不善人之師、不善人者、善人之資。不貴其師、不愛其資、雖智大迷。是謂要妙。

善く行く者は轍迹(てっせき)なし。善く言う者は瑕謫(かたく)なし。善く数える者は籌策(ちゅうさく)を用いず。善く閉ざす者は關鍵(かんけん)なくして而も不開くべからず。善く結ぶ者は繩約(じょうやく)なくして而も解くべからず。
是を以て聖人は、常に善く人を救う、故に人を棄つること無し。常に善く物を救う、故に物を棄つること無し。是を明に襲(よ)ると謂う。故に善人は不善人の師。不善人は善人の資(し)なり。其の師を貴ばず、其の資を愛さざれば、智ありと雖も大いに迷う。是を要妙(ようみょう)と謂う。

(参照……補講十二)
28章
知其雄、守其雌、爲天下谿。爲天下谿、常徳不離、復歸於嬰兒。
知其白、守其黒、爲天下式。爲天下式、常徳不D、復歸於無極。
知其榮、守其辱、爲天下谷。爲為天下谷、常徳乃足、復歸於樸。
樸散、則爲器。聖人用之、則爲官長。故大制不割。

其の雄(ゆう)を知りて、其の雌(し)を守れば、天下の谿と為る。天下の谿と為れば、常の徳は離れず、嬰児に復帰す。
其の白を知りて、其の黒を守れば、天下の式(のり)と為る。天下の式と為れば、常の徳はたがわず、無極に復帰す。
其の栄を知りて、其の辱(じょく)を守れば、天下の谷と為る。天下の谷と為れば、常の徳は乃(すなわ)ち足り、樸に復帰す。
樸は散ずれば、即ち器となる。聖人はこれを用いて、則ち官の長となる。故に大制は割(さ)かず。

(参照……第十三講)
30章
以道佐人主者、不以兵強天下。其事好還、師之所処、刑蕀生焉、大軍之後。必有凶年。
善者果而已。不敢以取強。果而勿衿、果而勿伐。果而勿驕、果而不得已。果而勿強。
物壮則老。是謂不道、不道早已。

道を以って人主を佐(たす)くる者は、兵を以って天下に強いず。其の事は還(かえ)るを好む。師の処(お)る所は、荊棘(けいきょく)焉(ここ)に生じ、大軍の後は必ず凶年あり。
善者は果(か)つのみ。以って強いるを取らず。果ちて矜(ほこ)ること勿(な)く、果ちて已むを得ずとす。是を果ちて強いる勿しと謂う。
物は壮(さか)んなれば則ち老(お)ゆ。是を不道と謂う。不道は早く已(や)む。

(参照……第六講)
31章
夫兵者不之器、物或悪之、故有道者不処。君子居則貴左、用兵則貴右。
兵者不之器、非君子之器。不得已而用之、恬淡爲上。勝而不美。而美之者、是楽殺人。夫楽殺人者、則不可以得志於天下矣。
吉事尚左、凶事尚右。偏将軍居左、上将軍居右、言以喪禮処之、殺人之衆、以哀悲泣之、戦勝以喪禮処之。
夫れ兵は不祥の器、物或いはこれを悪(にく)む。故に有道者は処(お)らず。君子、居らば則ち左を貴び、兵を用うれば則ち右を貴ぶ。
兵は不祥の器にして、君子の器に非ず。已(や)むを得ずしてこれを用うれば、恬淡(ていたん)なるを上(じょう)と為す。勝ちて而も美ならず、而るにこれを美とする者は、是れ人を殺すを楽しむなり。夫れ人を殺すを楽しむ者は、即ち以て志を天下に得るべからず。
吉事は左を尚(たっと)び、凶事は右を尚ぶ。偏将軍は左に居り、上将軍は右に居る、喪礼を以てこれに居るを言うなり。人を殺すことの衆(おお)きには、悲哀を以てこれを泣き、戦い勝つも喪礼を以て之に処る。

(参照……etc1)
33章
知人者智。自知者明。勝人者有力、自勝者強。
知足者富。強行者有志。不失其所者久。死而不亡者壽。

人を知るものは智なり、自らを知るものは明なり。人に勝つ者は力あり、自ら勝つ者は強し。
足るるを知る者は富む。強(つと)めて行う者は志(こころざし)有り。其の所を失わざる者は久し。死して而も亡びざる者は寿(いのちなが)し。

(参照……第八講・他)
35章
執大象、天下往、往而不害、安平大。
楽與餌、過客止。道之出言、淡乎其無味。視之不足見、聽之不足聞、用之不可既。

大象を執(と)りて、天下を往(ゆ)けば、往きて而して害あらず。安、平、大なり。
楽(がく)と餌(じ)とは過客も止(とど)まる。道の言に出(い)だすは、淡乎として其れ味わい無し。これを視るも見るに足らず、これを聴くも聞くに足らず。これを用いて既(つく)すべからず。

(参照……etc8)
36章
將欲歙之、必固張之。將欲弱之、必固強之。將欲廢、必固興之。將欲奪之、必固與之。是謂微明。柔弱勝剛強。
魚不可脱於淵、國之利器、不可以示人。

将(まさ)にこれを歙(ちぢ)めんと欲すれば、必ず固(しばら)くこれを張れ。将にこれを弱くせんと欲すれば、必ず固くこれを強くせよ。将にこれを廃せんと欲すれば、必ず固くこれを興(おこ)せ。将にこれを奪わんと欲すれば、必ず固くこれを与えよ。是を微明という。柔弱は剛強に勝つ。
魚は淵より脱すべからず、国の利器は以て人に示すべからず。

(参照……etc7)
37章
道常無為、而無不爲。侯王若能守之、萬物將自化。化而欲作、吾將鎮之以無名之樸。
無名之樸、夫亦將無欲。不欲以靜、天下將自定。

道は常に無為にして、而も為さざるは無し。侯王若もし能(よ)くこれを守らば、万物は将(まさ)に自ずから化せんとする。化して作(おこ)らんと欲すれば、吾れ将にこれを鎮むるに無名の樸を以ってせんとす。無名の樸は、夫れ亦た将に無欲ならんとす。欲あらずして以って静かならば、天下将に自ら定まらんとす。

(参照……第十二講・他)
38章
上徳不徳、是以有徳。 不徳不失徳、是以無徳。
上徳無爲、而無以爲。下徳爲之、而有以爲。上仁爲之、而無以爲。上義爲之、而有以爲。上禮爲之、而莫之應、則攘臂而H之。
故失道而後徳。失徳而後仁。失仁而後義。失義而後禮。夫禮者、忠信之薄、而亂之首。前識者、道之華。而愚之始。是以大丈夫、處其厚、不居其薄。處其實、不居其華。故去彼取此。

上徳(じょうとく)は徳とせず。是を以って徳あり。下徳(かとく)は徳を失わざらんとす。上徳は無為にして、而して以って為すとする無し。上仁はこれを為して、而して以って為すとする無し。上義はこれを為して、而して以って為すとする有り。上礼は、これを為して、而してこれに応ずるなければ、則ち以って臂(うで)を攘(はら)ってこれをひく。
故に道を失いて而して後に徳あり、徳を失いて而して後に仁あり、仁を失いて而して後に義あり、義を失いて而して後に礼あり。夫れなる者は、忠義の薄きにして、而して乱の首(はじめ)なり、前識(ぜんしき)なる者は、道の華にして、而して愚(ぐ)の始めなり。是(ここ)を以って大丈夫(だいじょうぶ)は、その厚きに処(お)りて、その華に居らず。故に彼を去りて此れを取る。

(参照……第十四講)
41章
上士聞道、勤而行之。中士聞道、若存若亡。下士聞道、大笑之。 不笑不足以爲道。
故建言有之。明道若眛、進道若退、夷道若■。上徳若谷、太白若辱、廣徳若不足、建徳若偸。質眞若渝、大方無隅、大器晩成、大音希聲、大象無形。
道隱無名。夫唯道、善貸且成。

上士(じょうし)は道を聞けば、勤めてこれを行なう。中士は道を聞けば在るが若(ごと)く亡きが若し。下士(かし)は道を聞けば、大いにこれを笑う。笑われざれば、以て道と為すに足らず。
故に建言(けんげん)にこれ有り。明道は昧(くら)きが若(ごと)く、進道は退くが若く、夷道(いどう)は■(らい)なるが若し。上徳は谷の若く、広徳は足らざるが若く、建徳は偸(おこたる)が若く、質真(しつしん)は渝(かわ)るが若く、大白は辱(じょく)なるが若く、大方は隅(ぐう)無し、大器は晩成し、大音は希声(きせい)、大象(たいしょう)は形無しと。
道は隠れて名なし。夫(そ)れ唯(た)だ道は、善く貸し且つ善く成す。

(参照……etc4)
42章
道生一、一生二、二生三、三生萬物。 萬物負陰而抱陽、冲氣以爲和。
人之所惡、唯孤寡不殼。而王公以爲稱。故物或損之而益、或益之而損。
人之所教、我亦教之。強梁者不得其死。吾將以爲教父。

道は一を生じ、一は二を生じ、三は万物を生じる。万物は陰を負いて陽を抱き、沖気以って和を為す。
人の悪(にく)む所は、唯(た)だ孤(こ)、寡(か)、不穀(ふこく)なるも、而も王公は以って称と為す。故に物は或いはこれを損して益し、あるいはこれを益して損ず。
人の教うる所、我れも亦たこれを教えん。強梁者は其の死を得ず。吾れ将(まさ)に以って教えの父と為さんとす。

(参照……第十五講)
48章
爲學日益、 爲道日損。 損之又損、以至於無爲。無爲而無不爲。
取天下、常以無事。及其事、不足以取天下。

学を為せば日々に益し、道を為せば日々に損ず。これを損じて又た損じ、以って無為に至る。無為にして而も為さざるはなし。
天下を取るは、常に無事を以ってす。其の事有るに及んでは、以って天下を取る足らざる。

(参照……第七講・第十四講・補講四)
49章
聖人無常心、以百姓心爲心。 善者吾善之、不善者吾亦善之、 徳善。信者吾信之、不信者吾亦信之、徳信。
聖人在天下。歙歙為天下渾其心。百姓皆注其耳目。聖人皆孩之。

聖人は常に心無く、百姓(ひゃくせい)の心を以て心と為す。善なる者は吾れこれを善(よ)しとし、不善なる者も吾れ亦これを善しとして善を徳(う)。信なる者は吾れこれを信じ、不信なる者も吾れ亦これを信じて、信を(う)。
聖人の天下に在るや、歙歙(きゅうきゅう)たり。百姓は皆其の耳目を注ぐも、聖人は皆これを孩(と)ざす。

(参照……補講五)
51章
道生之、徳畜之、 物形之、器成之。 是以萬物、莫不尊道而貴徳。 道之尊、徳之貴、夫莫之命、而常自然。
故道生之、徳畜之。長之育之、亭之毒之、養之覆之。生而不、爲而不恃、長而不宰、是謂玄徳。

道、これを生じ、徳、これを蓄(やしな)い、物、これを形づくり、器、これを成す。是を以って万物、道を尊びて徳を貴ばざるは莫(な)し。道の尊きと徳の貴きは、夫(そ)れこれを命ずる莫くして、常に自ずから然り。
故に道、これを生じ、徳、これを蓄(やしな)い、これを長じてこれを育て、これを亭(かた)めこれを毒(あつ)くし、これを養いこれを覆う。生ずるも而も有とせず、成すも而も恃(たの)まず、長たるも而も宰(さい)たらず、是れを玄徳と謂う。

(参照……第十四講)
55章
含徳之厚、比於赤子。 蜂■■蛇不螫、猛獣不據、攫鳥不搏。 骨弱筋柔而握固。未知牝牡之合而全作、精之至也。終日號而不嗄。和之至也。
知和曰常、知常曰明。益生曰、心使氣曰強。
物壯則老、謂之不道。不道早已。
含徳の厚きは、赤子(せきし)に比す。蜂■■蛇(ほうたいきだ)も螫(さ)さず、猛獣も拠(おそ)わず、攫鳥(かくちょう)も搏(う)たず。骨は弱く筋は柔らかくして而(しか)も握ること固し。未だ牝牡の合(ごう)を知らずして、而も全(さい)の作(た)つは、精の至りなり。終日号(さけ)びて而も嗄れざるは、和の至りなり。
和を知るを常と曰(い)い、常を知るを明と曰う。生を益すをと曰い、心、気を使うを強と曰う。物は壯んなれば則ち老ゆ。是を不道と謂う。不道は早く已(や)む。

(参照……etc5)
56章
知者不言、言者不知。
塞其兌、閉其門。 挫其鋭、解其紛、 和其光、同其塵、是謂玄同。
故不可得而親、不可得而疎。不可得而利、不可得而害。不可得而貴、不可得而賤。故爲天下貴。

知る者は言わず、言う者は知らず。その兌(たい)を塞ぎ、その門を閉じ、その鋭を挫き、その粉を解き、その光を和し、その塵に同じくす。これを玄同と謂う。
故に得て親しむべからず、得て疎んずべからず。得て利するべからず。得て害するべからず。得て貴くすべからず。得て賤しくすべからず。故に天下の貴きものと為る。

(参照……補講十五)
57章
以正治國。以奇用兵、以無事取天下。吾何以知其然哉。以此。
天下多忌諱、而民彌貧。民多利器、國家滋昏。人多智慧、邪事滋起。法令滋彰、盗賊多有。
故聖人云、我無爲而民自化、我好靜而民自正、我無事而民自富、我無欲而民自樸。

正を以って国を治め、奇を以って兵を用い、無事を以って天下を取る。吾れ何を以って其の然るを知るや、此れを以ってなり。
夫れ天下に忌諱(きき)多くして、民彌々(いよいよ)貧しく、民に利器多くして、国家滋々(ますます)昏(み)だれ、民に智慧多くして邪事滋々(ますます)起こり、法令滋々(ますます)彰(あきら)かにして、盗賊多く有り。
故に聖人は云う。我れ無為にして民自ら化し、我れ静を好みて民自ら正しく、我れ無事にして民自ら富み、我れ無欲にして民自ら樸なりと。

(参照……第七講・第十四講)
58章
其政悶悶、其民淳淳。其政察察、其民缺缺。
禍兮tV所倚、ya禍之所伏。 孰知其極。其無正邪。正復爲奇、善復爲妖。人之迷、其日固久。
是以聖人、方而不割。廉而不■。直而不肆、光而不耀。

其の政(まつりごと)悶悶(もんもん)たれば、其の民は淳淳(じゅんじゅん)たり。其の政察察(さつさつ)たれば、其の民は缺缺(けつけつ)たり。
禍(わざわ)いは福の倚(よ)る所、福は禍いの伏(ふ)す所。孰(た)れかその極を知らん。其れ正(せい)無きか。正は復(ま)た奇と為り、善は複た妖(よう)と為る。人の迷えるや、其の日固(もとよ)り久し。
是(ここ)を以て聖人は、方なるも而(しか)も割(さ)かず、廉なる而もそこなわず、直なるも而も肆(の)びず、光あるも而も耀(かがや)かさず。

(参照……補講十五講)
59章
治人事法、莫若嗇。夫唯嗇、是謂早服。早服、謂之重積徳。重積徳、則無不克。無不克。則莫知其極。莫知其極、可以有國。
有國之母、可以長久。是謂深根固柢、長生久視之道。

人を治め天に事(つか)うるは、嗇(しょく)に若(し)くは莫し。夫(そ)れ唯だ嗇。早く服するは、これを重ねて徳を積むと謂う。重ねて徳を積めば、則ち克(か)たざる無し。克たざる無ければ、則ち其の極を知る莫し。其の極を知る莫ければ、以って国を有(たも)つべし。
国を有つの母は、以って長久なるべし。是を、根(こん)を深くし柢(てい)を固くし、長生久視するの道なり、と謂う。

(参照……第十四講)
61章
大國者下流。天下之交、天下之牝。牝常以靜勝牡、以靜爲下。
故大國以下小國、則取小國。小國以下大國、則取大國。故或下以取、或下而取。大國不過欲兼畜人、小國不過欲入事人。夫兩者、各得其所欲、大者宜爲下。

大国は下流なり。天下の交(こう)、天下の牝(ひん)なり。牝は常に静を以て牡(ぼ)に勝つ。静を以て下ることを為すなり。
故に大国以て小国に下れば、則ち小国を取り、小国以て大国に下れば、則ち大国を取る。故に或いは下りて取り、或いは下りて而して取る。大国は兼ねて人を畜(やしな)わんと欲するに過ぎず、小国は入りて入りて人に事(つか)えんと欲するに過ぎず。夫(そ)れ両者、各々其の浴する所を得んとせば、大なる者宜しく下ることを為すべし。

(参照……etc6)
62章
道者萬物之奥。善人之寳。不善人之所保。美言可以市尊、美行可以加人。人之不善、何棄之有。
故立天子、置三公。雖有拱璧以先駟馬、不如坐進此道。
古之所以貴此道者何。不曰求以得、有罪以免耶。故爲天下貴。

道なる者は万物の奥なり。善人の宝なり。不善人の保(やす)んずる所なり。美言は以て尊(そん)を市(か)うべく、美行は以て人に加うべし。人の不善なるも、何の棄(す)つることかこれ有らん。
故に天子を立て、三公を置くに、拱璧(こうへき)以て駟馬(しば)に先んずる有りと雖(いえ)ども、坐して此の道を進むに如(しか)ず。
古(いにえ)えの此の道を貴ぶ者は、何そ。求むれば以て得られ、罪有るも以て免れると曰(いわ)ずや。故に天下の貴きものと為る。

(参照……補講十五)
63章
爲無爲、事無事、味無味。
大小多少、報怨以徳。
圖難於其易、爲大於其細。天下難事、必作於易、天下大事、必作於細。是以聖人、終不爲大、故能成其大。
夫輕諾必寡信、多易必多難。是以聖人猶難之、故終無難矣。

無為を為し、無事を事(こと)とし、無味を味わう。
小を大とし少を多とし、怨みに報ゆるに徳を以てす。
難きを其の易きに図り、大を其の細に為す。天下の難事は必ず易きより起こり、天下の大事は必ず細より作こる。是(ここ)を以て聖人は、終(つい)に大を為さず、故に能く其の大を為す。
夫(そ)れ、軽諾(けいだく)は必ず信(しん)寡(すく)なく、多易は必ず難多し。是を以て聖人すら猶(な)おこれを難(かた)しとす。故に終(つい)に難きこと無し。

65章
古之善爲道者、非以明民、將以愚之。民之難治、以其智多。故以智治國、國之賊。不以智治國、國之aB知此兩者、亦稽式。常知稽式、是謂玄徳。玄徳深矣、遠矣。與物反矣、然後乃至大順。
古(いにしえ)の善(よ)く道を為す者は、以て民を明らかにするに非ず。将(まさ)に以てこれを愚かにせんとす。民の治め難きは、其の智の多きを以てなり。故に智を以て国を治むるは、国の賊。智を以て国を治めざるは国の福なり。此の両者を知るは、亦た稽式なり。常に稽式を知る、是れを玄徳と謂う。玄徳は深し、遠し。物と与(とも)に反(かえ)る。然る後乃(すなわ)ち大順(たいじゅん)に至る。

(参照……補講四)
66章
江海所以能爲百谷王者、以其善下之、故能爲百谷王。是以欲上民、必以言下之、欲先民、必以身後之。
是以聖人、處上而民不重、處前而民不害。是以天下樂推而不厭。以其不爭、故天下莫能與之爭。

江海の能く百谷の王たる所以の者は、其の善くこれに下るを以て、故に能く百谷の王たり。是(ここ)を以て民に上(かみ)たらんと欲すれば、必ず言を以てこれに下り、民に先んぜんと欲すれば、必ず身を以てこれに後(おく)る。
是を以て聖人は、上(かみ)に処(お)るも而(しか)も民は重しとせず、前に処(お)るも民は害とせず。是を以て天下は推すことを楽しんで厭わず。其の争わざるを以って、故に天下能くこれと争う莫し。

(参照……etc6)
67章
天下皆謂。我道大似不肖。夫唯大。故似不肖。若肖。久矣其細矣夫。我有三寶。持而保之。一曰。慈。二曰。儉。三曰。不敢爲天下先。慈故能勇。儉故能廣。不敢爲天下先。故能成器長。
今舎慈且勇。舎儉且廣。舎後且先。死矣。夫慈。以戰則勝。以守則固。天將救之。以慈衞之。

(参照……補講十)
天下皆我れを大なるも不肖(ふしょう)に似たりと謂う。夫(そ)れ唯大なり。故に不肖に似たり。若し肖ならば、久しいかな其の細(さい)なるや。
我れに三宝有り、持してこれを保つ。一に曰く慈(じ)、二に曰く倹(けん)、三に曰く敢えて天下の先と為らず。慈なるが故に能(よ)く勇、倹なるが故に能く広く、敢えて天下の先と為らざるが故に能く器の長を成す。今、慈を舎(す)てて且(まさ)に勇ならんとし、倹を舎てて且に広からんとし、後なるを捨てて且に先ならんとすれば、死せん。
夫れ慈は、以って戦えば則ち勝ち、以って守れば則ち固し、天将(まさ)にこれを救わんとし、慈を以てこれを衛(まも)る。

(参照……補講一)
71章
知不知上。不知知病。夫唯病病、是以不病。聖人不病、以其病病、是以不病。

知りて知らずとするは上なり、知らずして知るとするは病(へい)なり。夫れ唯だ病を病とす、是を以って病あらず。聖人は病あらず。其の病を病とするを以って、是を以って病あらず。

(参照……第八講)
76章
人之生也柔弱、其死也堅強。萬物草木之生也柔脆、其死也枯槁。故堅強者死之徒、柔弱者生之徒。
是以兵強則不勝、木強則折。強大処下。柔弱処上。

人の生まるるや柔弱、其の死するや堅強なり。万物草木の生まるるや柔脆(じゅうぜい)、其の死するや枯槁(ここう)なり。故に堅強なるものは死の徒(と)にして、柔弱なる者は生の徒なり。是(ここ)を以て兵は強ければ則ち勝たず、木は強ければ則ち折る。強大なるものは下(しも)に居り、柔弱なるものは上に処る。

(参照……etc5)
78章
天下莫柔弱於水。而攻堅強者、莫之能勝。以其無以易之。
弱之勝強、柔之勝剛、天下莫不知、莫能行。是以聖人云、受國之垢、是謂社稷主、受國不祥、是謂天下王。正言若反。

天下の水より柔弱なるは莫(な)し、而(し)かも堅強を攻むる者、これに能(よ)く勝る莫し。其の以てこれを易(か)うるもの無きを以てなり。
弱の強に勝ち、柔の剛に勝つは、天下知らざる莫くも、能く行なう莫し。是を以て聖人は云う、国の垢を受く、是を社稷の主と謂い、国の不祥を受く、是を天下の王と謂う、と正言(せいげん)は反するが若(ごと)し。

(参照……etc6)