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創 建
初代の錦帯橋は、3代藩主「吉川広嘉」により現在の橋の原型となる木造橋が架けられました。
それまでにも錦川には幾度となく橋が架けられましたが、増水時の激しさのためことごとく流失。流れない橋を架けるのが歴代藩主の切なる願いでありました。
中国の帰化層、独立禅師から紹介された、西湖に並んだ島から島へと渡された石橋の絵がヒントになり、延宝元年(1673年6月28日)錦帯橋架橋工事が始まります。10月1日竣工しますが、この橋は8ヶ月後の延宝2年(1674年5月28日)の大洪水により流されました。
流 失
その後5ヶ月を要して再建された二代目の橋は、276年間にもわたり人々に愛され風雪に耐えぬきましたが、1950年9月14日のキジア台風により逆巻く洪水が錦帯橋を直撃。
流失をくい止めようと、水を満たした六石樽が橋上に置かれましたが、多くの市民の見守る中あえなく濁流に飲み込まれました。市の象徴でもあった錦帯橋の流失は市民の大きな悲しみでありました。
(写真はいずれも錦帯橋流失写真館のサイトよりお借りしました。)

13日午後5時頃 |

14日午前8時30分 |

9時
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9時47分
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再 建
現錦帯橋は市民の強い要望により、流失の翌年から再建工事が始まりました。
2年の歳月を費やし、1953年1月15日に渡り初めが行われました。組み木の技法を生かした希代の名橋としてよみがえった錦帯橋は、優美なる姿を今も錦川の清流に映しています。橋の長さは橋面にそって210m、幅5m、橋脚の高さは6.6mです。
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