第3章 輸血による副作用及び感染症について。

 

  エホバの証人に「輸血をなぜしないのですか?」と訊ねると大抵は「エイズC型肝炎といった感染症、ま

た輸血に伴う危険性から身を守ることが出来るから」という答えが返ってきます。その答えはある一面におい

ては正解です。しかし、そう言い切るからには輸血に伴う副作用や感染症といったものの種類、およびそれが

どの程度の確率で起きているのかを十分に理解した上で語るべき事柄だと思いませんか?


  それに先立ち、まずは輸血のための血液がどのように準備されているのかを知るのは賢明なことだと思

われます。日本において必要な血液の大部分は献血によってなされています。献血には「全血献血」と「成分

献血」とがあり、それぞれにおいて献血者の年齢、体重、最高血圧、血液比重、年間献血回数などが細かく

決められています。また’95年7月からは製造物責任法(PL法)の導入とともに献血に先立っては15項目の

問診がなされています。(問診内容についてはこちらをごらんください) 献血された血液はすべて検査が行わ

れています。項目は、ABO式血液型、RH式血液型、不規則抗体、GPT(ALT),および感染症スクリーニン

グ(B型肝炎、C型肝炎、成人T細胞白血病、エイズ1型、エイズ2型、梅毒など)があります。実際のところ、

献血された血液の4%程度は使用不可となっているようです。


  輸血に伴う感染症で、まず有名なものはB型およびC型肝炎でしょう。’60年代には輸血患者の50%が肝

炎だったようです。しかし売血から献血への方針変更やスクリーニング検査の向上などにより非常に少なく

なってきています。’97年1年間では、B型が12例、C型が1例の発症が報告されています。しかし同じ年には

輸血回数600万回、推定100万人の患者さんへ血液が供給されたことを考えるならばこれは非常に少ない数

字ではないでしょうか?  


  
ここで輸血による副作用の頻度について表を挙げます。(頻度は5人の供血者からの輸血を受けた場合。

項目

頻度

アレルギー、蕁麻疹、発熱

1/10〜1/100

溶血反応

1/1000〜1/10000

低血圧反応

1/10万〜1/50万

輸血後肝炎 (主にC型、ごく稀にB型)

1/500〜1/2000

輸血後GVHD

1万〜2万

輸血後エイズ

1/100万

これらの数字は一見すると高いように見えますが、患者が死亡する確率ではないことに注目していただきた

いと思います。蕁麻疹、アレルギー、発熱といった症状は頻度はかなり高いものの、症状自体は軽度で危険

性は少ないと考えられています。B型及びC型肝炎は感染しても発症する例はごくわずかで、前述したとおり

C型では年間1,2例です。(2〜26年の潜伏期間があるため) エイズについても国内では輸血による確実な

感染は’96年に起きた1例だけ(輸入による血液製剤からの感染は除く)と言われています。(エイズや肝炎な

どの感染原因のほとんどは性行為であると言われています。) エイズは発見された当初は、確実に死に至

る病気だと言われていましたが、現在では様々な治療法が発見されており、確実な治療薬が出るのも近いう

ちだと言われています。



   以上のことから考えると、輸血による感染症、及び副作用はないとは言い切れないものの、輸血の行為

そのものを否定できるほど大きなものではないということが出来るのではないでしょうか? 1章で述べた医療

の本質は、「予想される死の確率を、できるだけ低下させるための行為」である。いう言葉を思い出してくださ

い。輸血をしないために死んでしまう確率と輸血をしたために死んでしまう確率を比べれば、現在では輸血を

しないために死んでしまう確率がはるかに高い、ということです。これは上記の数字を比べれば、はっきりして

いると思います。どうぞこの点を忘れないでください。


   現代社会において自動車の普及は目覚しいものとなっています。それらは毎日の生活の中で欠かせな

ものとなってる人も少なくないことでしょう。しかしその反面、交通事故によって不慮の死を遂げてしまう人も

少なくなく、日本においては去年1年間でおよそ0.9万人の方が亡くなっています。もし、「外に出ると交通事故に

遭うかもしれないから外へ出ない」という人がいたとしたら、あなたはどう思われますか? 大抵の人は「そん

なことを気にしていては生活できない」、また「事故に合わないよう努力することで、それを出来るだけ回避す

るようにすればいい」と感じるのではないでしょうか? 


   輸血に関しても医療関係者は同じように感じています。少ないリスクを気にしすぎるあまり、本質を見失う

ことがあってはならないと考えるのは当然のことではないか、私はそう思うのです。

 


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