第5章。無輸血手術のリスク。



  医学には「絶対」という言葉は使ってはならないという不文律があります。つまり手術や治療にあたっては

出来るだけリスクの少ない方法を取るべし、というのが根本的な考え方です。手術にあたっては医者は「絶対

に輸血しないで行います」とは言えません。不測の事態が起きるかもしれませんし、術中に状況が変わる可能

性も想定しなければならないからです。なので患者へは「できるだけ輸血なしでやりますが、必要ならばただ

ちに輸血します」という説明を行います。そして「輸血療法同意書」に署名してもらうはずです。


  しかし、エホバの証人の信者はそれでは手術に同意できません。絶対的無輸血の立場を取っているから

です。つまり、いかなる状況になろうとも、たとえ死んだとしても輸血はしないで欲しいということです。それを聞

いて「ええ、分かりました。では無輸血で手術しましょう」と言う医者はそうはいません。彼らは命を救うために

医者になったのであり、救命する手立てがあるのに、みすみす患者を死なせるわけにはいかないのです。そ

れは医者が同じ宗教の信者でない以上、同じ価値観を強要すること自体、無理があるのではないかと私は

考えます。


  さらに、エホバの証人の患者を受け入れてくれる病院自体が少なくなり、通常であれば出来るはずの病院

の選択ができないというリスクがあると言えます。これは都会においてはそうでもないかもしれませんが、人口

の少ない地域においては致命的な問題とも言えます。こうやって病院を探している間にも病状が悪化し、結果

として本来であれば簡単であったはずの手術すら、難易度が上がってしまうという悪循環も招きかねません。



  次に無輸血手術自体のリスクについて考えてみましょう。エホバの証人の手術を67例執刀した、大鐘稔彦

医師はその著「無輸血手術」で次のように述べています。「「輸血は絶対にダメ」だというハンディさえ背負わな

ければ成功したであろう手術をそのハンディゆえに失敗したとしたら、そうしたハンディを負った手術だけを避

けるのが道理であり、仁義ではないかと考えるからである。(P166より) 」 無輸血手術をそこまで手がけた

医師をして「無輸血手術はハンディだ」と言われている以上、この方法が輸血が出来る通常の手術よりも危

険性が高いのは明らかだといえるのではないでしょうか? 


  

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