
updata 1998.4.2
今昔物語集 巻第二十四
安倍晴明随忠行習道語第十六
(安倍晴明、忠行に随いて道を習うこと第十六)
<晴明、忠行の供をしているときに鬼を見る。>
今となってはもう昔のことだが、天文博士、安倍晴明という陰陽師がいた。陰陽道に関して、古の名だたる陰陽師にも劣らないほどの陰陽師であった。
幼いとき、賀茂忠行という陰陽師について、昼も夜も、この陰陽道を習ったので、少しも心許ない点などはなかった。
ところで、晴明がまだ若かったときのことである。師匠の忠行が下京の辺りに夜歩きに出かけるのに、晴明も供をした。歩いて車の後ろをついて行ったが、忠行は車の中ですっかり寝入ってしまった。晴明がふと見ると、何ともいえず恐ろしい鬼どもが、車の前の方から向かってきている。晴明はこれを見て驚き、車の後ろに入り寄って忠行を起こしてこの事を告げると、その時に初めて忠行ははっと目を覚まし、鬼が来るのを見た。そこで、法術をつかってたちまち、自分も、供の者も鬼の目から隠してしまい、平穏無事に通り抜けた。
その後、忠行は晴明を大変可愛がり、まるで瓶の水を移すかのように陰陽道を教えた。そうして、ついに晴明は陰陽道で公私にわたり重く用いられるようになった。
<晴明を試しに来た播磨の法師を逆に懲らしめる。>
さて、忠行の死後、この晴明の家は土御門大路よりは北、西洞院大路よりは東にあった。その家に晴明が居たとき、年老いた僧が訪ねてきた。供として、十歳余りの童子を2人連れていた。
晴明はこれを見て、
「あなたはどなたですか?何処から来たのですか?」
と聞いた。僧は
「私は、播磨の国のものです。実は、陰陽道を習いたいと思っているのですが、あなた様が現在、この道で大変優れた方だとお伺いしましたので、ほんの少しでも教えていただきたいと思いまして、参ったのです。」
と答えた。
晴明はこれを聞き、
「この法師は陰陽道にかなり精通している奴らしい。きっと、俺を試そうと思ってやって来たに違いない。こいつに下手に試されて変な結果になってはつまらない。試しに、この法師を少し痛い目にあわせてやろう」
と思った。
「この法師の供である二人の童子は、きっと式神であろう。もしも式神ならば、直ちに隠してしまえ」
と、心の中で念じて袖の中に両手を隠して印を結び、密かに呪を唱えた。それから、晴明は法師に、
「お話は分かりました。しかし、今日は用事があってその暇がありません。一旦帰っていただいて、後日、良い日を選んでまたおいでください。『習いたい』と思っていることを教えて差し上げましょう。」
と答えた。
法師は「ああ、有り難い。」と言って、手を額のところで擦りあわせて深い敬意と追順の意を表し、立ち上がって走り去った。
そろそろ一、二町は行っただろうか、と思われる頃、この法師がまたやってきた。晴明が見ていると、人が隠れそうなところ、車置き場などを覗き覗きやってくる。覗きながらやってきてから晴明の前に近寄り、
「私の供をしていました童子が二人とも急にいなくなってしまいました。それを返してください。」
と言った。
それに対して晴明は、
「御房はまた、おかしな事を言いますね。この晴明が何故他人の供をしている童子を取るというのですか。」
と言った。
法師は
「あなた様のおっしゃることは、大変ごもっともなことでございます。どうかお許し下さい。」
と謝ったので、晴明は
「よしよし。御房が人を試そうとして式神を使ってやってきたのが面白くなかったのだよ。そんな事は、他の人を試す時にすればいい。この晴明にそんな事をしたって駄目さ。」
と言って、袖に手を入れ、しばらくなにかを唱えるようにしていた。すると外の方から童子が二人とも走ってきて、法師の前に出てきた。
そのときに法師は、
「実に優れた方であるとお聞きしたので、『お試ししてみよう。』と思いまして、こちらへ参ったのでございます。それにしても、式神は昔から、使うことは簡単でも、人の使っている式神を隠すことはとてもとても、出来ることではございません。なんと素晴らしいことでしょうか。これから、是非とも弟子にしてくださいませ。」
と言って、すぐに名札を書いて差し出した。
(この話は、同じく今昔物語集に載っている「播磨の国の陰陽師智徳法師の事」に重なるところが有る。そこから考えると、この播磨の法師とは智徳法師のことであるのかもしれない。)
<試みられてかえるを殺す。>
また、この晴明が広沢の寛朝僧正という人のお住まいに行って、お話を伺っている間、そばに若い公達、僧たちがいて、晴明にいろいろと話し掛け、
「あなたは式神をお使いになるそうですね。それでは、すぐに人を殺すことも出来ますか?」と言った。
晴明は
「この道の秘事を、まぁよく、不躾にお聞きになりますね。」
と言って、
「そんなに簡単には殺せませんよ。少し力を入れれば必ず殺せますがね。虫けらならば、ほんのちょっとしたことで殺せますが、蘇生法を知らないので、罪になりますから、無益な殺生はやめましょう。」
と言った。その時、庭からかえるが五、六匹飛び飛び、池のほとりに向かうのを見て、公達が
「それでは、あれを一匹殺して見せてください。拝見しましょう。」
と言ったので、晴明は
「罪なことをなさる方ですね。ですが、私を試そう、とおっしゃるのでしたら。」
と言って、草の葉を摘み取って呪文を唱えるようにして、蛙の方へ投げた。すると、その草の葉が蛙の上に乗ると見るやいなや、かえるは真平らに潰れて死んでしまった。僧たちはこれを見て、真っ青になって恐れおののいた。
<晴明の家で起こる不思議なこと>
この晴明は、家の中に人がいないときには式神を使っているのだろうか、人もいないというのにひとりでに蔀が上げ下ろしされることがあった。また、門を閉じる人も無いというのに閉じられることもあった。このような不思議なことが多かった、と語り伝えられている。
その子孫は、今も朝廷に仕えて、重んじられている。その土御門の屋敷も、歴代相伝の所にある。そこでは、ごく最近まで式神の声が聞こえていた。
このように、晴明はやはり、ただ者ではなかったのである、と語り伝えられている。
(家の中で式神が活動しているのが伺える辺り、大鏡に出てくるものに似ていない、と言えないことも無いのではないだろうか。)
<参考文献>
『日本古典文学全集23「今昔物語集 三」』(小学館)
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