
updata 1998.5.30
今昔物語集 巻第十九
代師入太山府君祭都状僧語第二十四
(師に代わりて太山府君の祭の都状にいる僧の事第二十四)
<晴明、病気の僧を占う>
今となってはもう昔のことだが、○○(欠字)という人がいた。○○の僧である。この僧は非常な名僧であったので、公私につけ、尊ばれていた。
ところがいつしか、重い病にかかってしまい、苦しんでいた。日増しに病気も重くなって行った。優れた弟子たちがいたけれど、彼らが嘆き悲しみ、あれこれと祈祷したけれども、全く効果が無かった。
その頃、安倍晴明という陰陽師がいた。陰陽道にあっての一人者であったので、公私につけ、重用されていた。そこで、その晴明を呼んで、泰山府君の祭というものをさせ、この僧の病を治し、命を救おうとした。
さて、やってきた晴明曰く。
「この病を占ったのだが、非常に重く、たとえ泰山府君を祈請したとしても、効果はないでしょう。但し、一人の僧を、この病人の身代わりにすれば別です。その身代わりの方の名前を祭の都状に記し、身代わりにしてもらえるよう、お願いしてみましょう。そうでもなければ、どうしようも有りませんね。」ということである。
<弟子達の反応>
弟子達がこれを聞いたが、
「私が師に代わり、命を棄てましょう」
というものは、一人もいなかった。ただ、
「自分の命が助かり、師の命も助けたい」
という者や、
「師が亡くなったならば、僧房や財産を自分のものとし、師の後継者になろう」
と思うものはいた。しかし、やはり「身代りになろう」という気持ちは、ちっともないのは、ま、当然といえば当然のこと。お互いに顔を伺うばかりで、黙って居並んでいた。
さて、ここに、別段目立つわけでもなく、長年仕えていた弟子がいた。師が特に目をかけることもなかったので、貧しく、壷屋住みをしていた。この僧がこの事を聞き、次のように言った。。
「私は既に、人生の半ばを過ぎてしまいました。今後生きたからといって、どれほどのことも有りません。また、貧しいために今後善根を積むこともできません。そこで、『同じ死ぬのならば、今、師に代わって死のう』と思うのです。さぁ、すぐに私の名を、その祭の都状に記してください」
他の弟子達はこれを聞き、「めったに無い心を持つ者だ」と感心し、自分の身を以って「代わりましょう」とは言わないものの、彼が「代わりましょう」というのを聞けば哀れに思い、泣く者も多かった。
<晴明、泰山府君祭を執り行う>
晴明はこれを聞き、祭の都状にその僧の名前を記して、丁寧に泰然府君祭を行った。師もこのことを聞き、
「この僧に、これほどの心があるとは、今まで少しも思わなかった」
といって泣いた。
祭が終わってから、師の病は非常によくなり、祭の効果があったようであった。それならば代わりの僧は必ず死ぬのだろう、ということで、死の穢れに差し支えないところを用意し、与えた。僧は少ない身の回り品を整理し、言うべきことは言い置いて、死のうとするところに行き、一人で座って念仏を唱えていた。一晩中傍らの人が聞いていたけれども、すぐに死んだ様でもなかった。そのうち、夜が明けてしまった。
<身代りの僧のその後>
みんなは「あの僧は死んだだろう」と思っていたが、未だ死んでいない。師は既に治っていたので、
「あの僧は、今日辺り死ぬのだろう」
と思っていた。
さて、早朝、晴明がやってきた。
「和尚様。あなたは、もう大丈夫です。『身代りになりましょう』といった僧も大丈夫です。お二人、共に命が助かりましたよ。」
と言って帰って行った。
師も弟子もこれを聞き、喜んで涙を流し続けた。
思うに、僧が師の身代りになろうとしたのを、冥界の神(泰山府君)も哀れに思い、どちらの命も取らなかったのだろう。人々はこの事を聞き、この僧を褒め称え、貴んだ。
その後、師はこの僧を可愛がり、ことある毎に優れた弟子達よりも重用した。全く、それも当然のことである。実に、めったに無い心を持った弟子である。
師もこの弟子も、共に長生きしてから亡くなったことである、とこう語り伝えられている。
この話しの類話は、他にも多数見られる。
<参考文献>
『日本古典文学全集22「今昔物語集 二」』(小学館)
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