2000年6月1日木曜日 晴れ 車にて

岡山県浅口郡金光町

目的
大宮神社・日吉神社
晴明月見の岩
晴明塚・晴明井戸
道満塚
道満池


「安倍晴明伝説(高原豊明)PHP研究所」に記載されています。

交通
山陽自動車道鴨方IC降りて県道155号線を左へ。県道60号線と交わる鴨方IC南交差点を左折し、しばらく走る。金光駅のすぐ手前の横断歩道付近を左折する。突き当たりを右に曲がったら、すぐに鳥居が見える。
駐車スペースを見つけるのが一苦労であり、駅の近くでもあるので電車で行くのが正解かもしれない。


参考地図
http://www.mapion.co.jp/cgi/m?no=3091422500185000000(マピオン)


大宮神社・日吉神社
大宮神社は、「晴明屋敷であったという」と、「安倍の晴明伝説」には記されています。日吉神社はこの大宮神社の隣に、同じ建物に祭られています。この日吉神社は、「晴明神社が自信を祀ったという由緒が『吉備物語』に記されている(安倍の晴明伝説)」そうです。
大宮神社の鳥居をくぐり、参道を歩くと石段を登って神社があるのですが、この石段の脇に、「芦屋道満の墓 安倍晴明の墓」という看板があります。次は、この看板に従って歩いていってみましょう。


道満塚
先ほどの看板にあった「芦屋道満の墓」は、この道満塚のことを指しています。地元の方は「どうまんさん」と呼んでいました。
大宮神社の入り口には看板がありますが、その後は案内板は全くありません。晴明塚、道満池などについても同様です。これら全てを地図なしで自力で見つけることは不可能に近いです。今回は、何人もの地元の方に案内を請いました。
その結果を集約して地図を作りましたので、どうぞご利用ください。
道満塚の前にある看板には、次のような説明がありました。

芦屋道満の墓
【伝説】芦屋道満は平安中期の陰陽師、阿部晴明と争ったといわれ、晴明の遺跡の近くには道満に関する伝説があり、中世の陰陽師、修験者(山伏)の活動が考えられる。
 周りの畑は「道満屋敷」と呼ばれ、近くに、「道満池」がある。

ちなみに、このすぐ裏手に池がありますが、それは道満池ではありません。


晴明塚・晴明井戸
道満塚とほとんど同じような石碑でした。こちらにも同じような説明書きがありましたが、目新しいことは書いてありませんでしたので割愛させていただきます。
この晴明塚のすぐ前にあるのが、晴明井戸(写真では手前に写っている)であるということです。一人の小父さんが、「みんなは手前のを晴明井戸といっているが、本当は奥の方のだ」というようなことを仰っていたのですが、二つ見つけることができなかったので、この辺りの真偽は確認できませんでした。
晴明塚・晴明井戸を玄関のすぐ前に持つお宅の方に、晴明井戸の場所をお尋ねしてお話を聞くことができました。あの高原豊明さんが、よく調査に見えられていた、というお話でした。その後も、夏になるとたずねてきていたけれど、最近は来ないこと、蔵には幟があって、それも調査していたことなどをお話してくださいました。幟のことについては、「安倍晴明伝説」にも記してあります。


道満池・晴明月見の岩?
道満池は、実に見つけにくいところにあります。今回は、晴明塚の前のお家の方が「気味悪くて、一人じゃ行けないよ」と、一緒についてきてくださいました。獣道のようなところを上がっていくので、たしかにあまり気持ちの良いものではありませんでした。しかし、この道の先に、秘境のように池が現れた時には、感動しました。水面は静かで、蓮の葉が局所に浮かんでいます。蓮の花もいくつか咲いています。うーん。来て良かった…。 さて、こちらにも、説明書きがついています。

道満池の坊主岩
(平安時代中期の陰陽師・芦屋道満ゆかりの池で、その北側のみずぎわにある坊主頭のような形をした岩、高さ7m・直径6m)
【伝説】むかし、金色にかがやく山鳥がこの岩にとまりつづけていた。道満の「村に悪いことが起こる」との占いにより、岩を取り除こうと火薬で爆破させたところ、岩は真二つに割れて、真黒な血が流れ出た。それから、金色の山鳥は姿をみせなくなり、村には何事も起こらなかった。

「村には何事も起こらなかった」というところで、思わず顔が引きつってしまいました 道満の伝説、というのは、比較的珍しいのでは無いでしょうか?
池の水はなぜか、真っ黒でした。周囲の樹液などが流れ込んでいるのだろうかと思いますが、この説明書きを見ると、岩から流れ出た黒い血液のためでは無いか、と思われてしまいます。

さて、晴明月見の岩ですが、地元の方、幾人かにたずねてもご存知の方がいらっしゃいませんでした。ただ一人、有名な岩ということで、この道満池の坊主岩のことではないかと仰った方がいらっしゃいました。「安倍晴明伝説」には、「(大宮神社の)北東の畑の中には、晴明月見の岩も現存しており」とありますので、別物だろうと思われます。




感想
「晴明月見の岩」という、なんとも魅力的な名前の持ち主を見つけることができなかったことが心残りである。時間切れで打ち切りにしたのだが、時間があればお昼時を過ぎて畑仕事に出てくる方にもっと聞きまわれたのではないか。
大宮神社の裏手で、蛇に遭遇してしまったのがショック。その後も気にしないで山道を歩き回っていたが、今思うと、もしも蛇が出てきたら…とおもうと、恐ろしくてならない。二人の方に、大変お世話になりました。まずは、大宮神社の近くの畑仕事をしていた小父さん。「子供の頃に、よく近くで遊んでいた」と、一生懸命、複雑な道を教えてくださいました。次に、晴明塚を前に持つお宅の奥様。晴明井戸を聞いたついでに道満池についても聞いたら、一緒についてきてくださいました。本当にありがたかったです。また、番外編として「鬼の手形岩」というのがあるのですが、そこまでの道も詳しく教えてくださいました。高原豊明さんが調査に来ていた話もしてくださり、その著書である写真集も出してきて見せてくださいました。最後には、缶ジュースも。(お昼時でお腹がすき、喉が乾いていたので、感激!)本当にありがとうございました。

番外編:鬼の手形岩
晴明公には関係無いのですが、面白そうだったので見にいきました。説明書きです。(残念ながら、電池切れにて写真は取ることができませんでした。)

鬼の手形岩
むかし、力自慢の鬼が大岩を川に投げ込もうとしたが届かずに道の上へ落ちてしまった。困った村人達が力をあわせて、この大岩を動かそうとしたが、びくともしない。この様子を見ていた鬼は、もとに返してやろうと、大岩を投げたが、なかなか元通りにならない。そして、鬼は満身の力をこめて思いきり投げつけると、大岩は山の中腹にめり込んだ。手が痛いの見ると手の皮が破れ血がにじんでおり、岩には手の形がはっきりとついていた

たしかに、手のような形をした跡がありました。



参考文献
安倍晴明伝説(高原豊明)PHP研究所