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1月1日(金)

5:30 AM 起床

6:00 AM オオタ先生の家庭礼拝

6:30 AM オオタ先生宅で朝食

9:00 AM 礼拝(プニティ)に出発

10:00 AM プニティ教会での礼拝

12:00 PM 教会の方の家で休憩

1:00 PM 宣教師館で昼食

3:00 PM 校長先生の車を洗う

5:00 PM マンディー

6:00 PM 神学校の食堂で夕食(日本食)

7:00 PM マラム・ジュパン(ジャパン・ナイト)

10:30 PM 就寝


第6話 プニティー教会

 「あけましておめでとうございます。」一夜明けて年号が1999年に変わった。昨日の夜は、祈り会の後で、日本から持ってきた「年越しそば」を頂いた。関西からの荷物に食材がやけに多いと思ったが、そばまで入っている思わなかった。思いがけない熱帯での年越しそばだったが、今朝のメニューにも「お雑煮」が入っている。ラジカセからはお琴の優雅な音楽が流れている。お正月らしからぬ気候なので、意識的に、無理にでも今日は元旦なんだと思わなければ元旦であることを忘れてしまいそうだ。今日は元旦礼拝にプニティという町の教会に出席する。プニティは空港からアンジュンガンの途中にある町で僕たちがカリマンタンに到着した日に車の窓からチラっと白い教会が見えた。そして教会から1km程手前に、教会が設立されるに至るきっかけとなったその「現場」があった。

安東栄子先生の記念碑を前に説明するオオタ先生

 熱帯雨林の生い茂る真っ直ぐな道の脇に、小川を挟んで木製の記念碑が建てられていた。それは1990年に日本からの宣教師、安東栄子先生が交通事故で亡くなられた場所である。安東先生はインドネシアへの宣教のために長年準備され、願いかなってカリマンタンに遣わされ、実質2年ほど働かれ、さあこれから・・・とういうときに天に召された。第1回のアンジュンガン神学校の卒業式の翌日、先生を乗せた自動車が脱輪し車は4回転、安東先生は車外に投げ出されてしまったのだ。その話を聴いたとき、なんとも無念だっただろうな。と僕は思った。しかし、安東先生の死をきっかけに、アンジュンガン神学校の学生たちが事故現場にほど近いプニティに伝道を始めたのだ。イスラム教が優勢のこの地域での伝道は容易ではなかったが、やがて数家族がキリストを信じ、プニティの教会が出来たのだとオオタ先生が説明してくれた。「一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは一つのままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。」先生が引用した聖書のことばが心に響いた。

プニティ教会で賛美する僕たち

 礼拝が始まる10分前に僕たちはプニティの教会に到着した。白い可愛い感じの教会だ。ただし、この教会には十字架がついていない。行政の指導でイスラム教徒たちの刺激を和らげるためなのだそうだ。一粒の麦の実りとして建てられた、この教会もすでに試練を経験していた。2年前、建設が始まると、周辺に住むイスラム教徒の建設反対行動や嫌がらせが始まったのだ。そして、建設途中のある夜、暴挙が起こり建設中の教会に火がつけられてしまったのだ。(この事件は日本でもクリスチャン新聞が1面で大きく報道した。)日本にいると「迫害」という言葉に実感が持てないがここでは現実なのだ。しかし、そのような苦難にあった教会が今りっぱに建っている。僕は深い感動を覚えた。

元旦の挨拶をするオオタ先生一家

 賛美をもって礼拝は始まった。「インドネシア・リバイバルソング」我々にもなじみのある、あのミッション・バラバがよく歌う歌である。東京チャペルと同じように賛美が30分以上続く。聖書の交読は詩篇の27篇。今日の箇所はプニティの教会をよく象徴している。

 27:1 主は、私の光、私の救い。だれを私は恐れよう。主は、私のいのちのとりで。だれを私はこわがろう。
 27:3 たとい、私に向かって陣営が張られても、私の心は恐れない。たとい、戦いが私に向かって起こっても、それにも、私は動じない。

 最近、近くの市場が火事になって、教会のメンバーも幾人かが土地を離れてしまった。人数は至って少ないがみんな目が輝いている。僕たちの賛美、オオタ先生ご家族の挨拶と賛美、そして北師のメッセージと続く。「天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある。」そして「神のなさることは、すべて時にかなって美しい。」(伝道者の書3章1〜11節)神の「時」をあらためて思った。

罰ゲームがいつのまにか賛美集会に

 礼拝から帰ってきて、僕とマナブ君は礼拝に行くために校長先生から借りた車を洗う。借りたときよりきれいになった。校長先生は喜ぶだろう。さて、今日は元旦。朝の雑煮に始まり、夕食は久しぶりの日本食オンパレード。スキヤキ、五目御飯、ちらし寿司(ソウルの空港で引っかかった「お酢」はこのためだったんだ!)・・・。今日は昨日のお礼に神学校の先生や学生に召し上がっていただくこととなった。人数が多いので、スキヤキは大きな器に盛ってあるので、「肉じゃが」みたいでちょっと風情がないが、まあしかたないか。食後は宣教師館に学生たちを招いて「ジャパン・ナイト」と称してゲームなどして遊ぶ。とても楽しかった。「ぎゅうたんゲーム」はなかなかルールが伝わらず、おじゃん。罰ゲームで何か歌うこととしたが、歌うことが大好きな学生達、いつの間にか賛美大会に変わっている。本当に楽しかった。少しでも日本の文化に触れてもらおうと書き初め大会が始まる。(習字の道具も日本から持ってきてたのか・・・。)見本を見ながら、みんな実に楽しそうに書いている。そのうち見本だけでは飽き足らず「私の名前は日本語ではどう書くの?」とか尋ねてくる。とりあえずカタカナの見本を書いて上げた。久しぶりの日本食に書き初め。Tシャツ姿ながらちょっと元旦気分を味わった夜だった。 

書初め大会のあとでハイ、チーズ。


第6話 おしまい。



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