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1月2日(土) 5:30 AM 起床 6:00 AM オオタ先生の家庭礼拝 6:30 AM オオタ先生宅で朝食 8:00 AM 作業 10:30 AM 休憩 12:00 PM 昼食 1:00 PM 昼寝 3:00 PM 作業 5:00 PM マンディー 6:00 PM 夕食 7:00 PM 男子寮で歓談 10:30 PM 就寝 第7話 それでも作業は続くよどこまでも。 少しばかりの元旦気分を味わった僕たちは、再び作業に戻った。ヒロシ君は50kgのセメントを無理して担いだので腰を痛めてしまった。マナブ君はゲリ気味で初日のようなガンバリがきかない。北師は日本から持ってきた中古ワープロの使い方を神学生に伝授するために宣教師館に行ったきり・・・。僕は来る前から口内炎が出来て痛かったが、こちらに来てからはすこぶる調子がいい。ひょっとしてこの地に合っているのか?いずれにせよ戦力が大いに削減された。果たして作業最終日の今日中に完成するのだろうか。そんな心配をよそにインドネシアの学生達は実にのんびり作業をしている。あまりアセリみたいなものがない。「INSTRAHAT ! (休憩!)」という声がかかると、あとブロックひとつ積めば一段落つくという状態でも、すっと止めてしまう。僕も日本では「いいかげん」な人間の部類だろうけど、そんな僕の目から見てもインドネシアの人々は、「達成することに喜びを感じる」というような部分が薄いように思う。まあいいか。僕もあわてず、あせらず、参ろうか。 ![]() 午前の作業が終わって、オオタ夫人がヒロシ君をマッサージ師さんに連れて行くことになった。地元では評判のマッサージ屋さんでオートバイで転倒して腰を強打して立ち上がれなかったような人も直ったとのことであった。僕も便乗してアンジュンガンの街に出た。薄汚れたコンクリートの建物が何件か続く。カリマンタンに来てから街はどこも同じような感じだ。ただぶらぶらと店の前でたむろしている人たち。この人たちは毎日こんな風なのかぁ?子供たちが道端でキャーキャー言いながら遊んでいる。そういえば、こんな光景、日本であまり見かけなくなったよなぁ。そんなことを思いながら、店で缶入りのコーラとスプライトを買い込んだ。オオタ夫人が「せっかくインドネシアまで来たんやから、そんなもん買い込まんでも!」(オオタ先生夫妻は関西出身なのである。)と釘を刺された。こちらに来て以来、冷たい飲み物といえば冷蔵庫の中のミネラルウォーターなのだが、なんとなく冷蔵庫の臭いも気になるし、その手の飲み物が欲しかったのだ。あせりながらも「いやー、みんなに頼まれたんで〜。」とか言い訳をしながら10本近く買い込んでしまった。(事実、この「おみやげ」はヒロシ君、マナブ君、北師に大歓迎された。) ![]() 午後の作業が終わりかけになってきた。完成にまでは至らなかったもの7〜8割の出来というところだろうか。まあ写真を見てやって欲しい。土方仕事をやったことのない素人が炎天下に3日でここまでやれたんだから、自分をほめてあげよう。・・・と思ったら、オオタ先生の表情が険しい。どうやら、物干場の屋根に貼った波板の具合が悪いらしい。学生達が適当に貼ったのだが、屋根のてっぺんが15センチほど空いている。「こんなん、雨が漏らんように、重ねて貼るもんやろ?」・・・うん、確かにそうだ。 ![]() 宣教師館で夕食を終えた僕たちは激しい雨が降る中、ゲストハウスから男子学生たちの寮へと向かった。本当は昨晩も寮で泊る予定だったのだが、女子寮のカマル・マンディ(水浴び場)を見た女の子たちが1泊にしてほしいとオオタ先生に頼んだらしく今晩だけになったのだ。(宣教師館のカマル・マンディはタイル貼りで、とても清潔なのだ!)僕もあまり気が乗らなかった。それはきれいとか汚いとかの問題ではなくて、そんなに「間が持たない」と思ったからだ。・・・思った通り、談話室で一緒にテレビを見たが、インドネシア語はわからないし、ドラマはなんとなく筋がわかるが実につまらないし、時間だけがダラダラと過ぎていく。こういう時は男はだめだ。女子寮の方からはときおり大きな笑い声が聞こえてくる。なんだかんだ言っていたが実に楽しそうだ。いいなぁ。テレビも終わったので、とりあえず隣に座っていた学生に話し掛けてみた。「ナマ・サヤ・しんちゃん(私の名前はしんちゃんです。)」彼もはにかみながら"Nama Saya Hari Wahyudi."と名前を教えてくれた。2月に26歳になるという彼はジャワ島のバトゥという町出身で以前は服屋に務めていたのだそうだ。僕も彼もカタコトの英語で話す。自己紹介みたいな簡単な話題ならいいのだが、少し複雑なことを言うと、なかなか脈絡がつかめない。そこで、道中日記を取り出して筆談してみることにした。これが結構アタリだった。350年間のオランダの植民地時代が続いた後に、日本軍が来て連合軍を4日間で破り、3年間の日本の占領時代が続いたこと、日本の敗戦色が濃くなり引き上げるときに3000人の兵が義勇軍となりインドネシアの軍隊と共に再び植民地にしようとしたオランダと戦い、その支配を免れ独立を勝ち取ったこと・・・。お互いの持てる知識を総動員しながらも、インドネシアの歴史だとか、かなり詳しい話も絵に描きながら結構理解できたように思う。今日も1日、体も頭も十分使った。明日は日曜日で遠くの教会に礼拝に出かけるそうだし、そろそろ寝るとしよう。 ![]() |