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1月4日(月)

6:00 AM 起床

7:00 AM オオタ先生宅で朝食

8:00 AM 神学校の講堂で礼拝

10:00 AM アンジュンガン神学校を出発

10:45 AM 道路冠水でエンスト

11:30 AM 赤道直下のモニュメントを見学

12:00 PM ポンティアナックの食堂で昼食

12:30 PM キリスト教書店やマーケットでショッピング

1:30 PM ポンティアナックの空港到着

2:50 PM GA505にてポンティアナックからジャカルタへ

21:55 PM KE628にてジャカルタからソウルへ

1月5日(火)

7:05 AM ソウル到着

10:10 AM KE723にてソウルからなつかしの日本へ!

11:50 AM 関西国際空港へツアー全員無事に到着


第9話 さよならカリマンタン

 昨日、マンドールから帰ってきて、夕食後今回のツアーについて一人一人の感想を話し合った。ミチコちゃんとノリコちゃんは日本から離れてみて人間関係でイライラしていた自分を客観的に見ることが出来、元気が出てきたと話していた。カヨちゃんやケイコさんはマンドールの印象が強烈だったようだ。きっとこれからの人生の中で忘れられない体験となるのだろう。大学で熱帯雨林の研究をしてみたいと思っているアヤちゃんは昨日拾ってきたツタを大事そうにしながら、「自分はタフだと思っていたけど、予想以上にデリケートだったんだなと思った。」と言っていた。そういえば、一番最初にダウンしたのは彼女だった。アジア通のマナブくんとコーリア・ファンのヒロシくんはインドネシアの文化よりも「神学校」の生活に大きな印象を持ったようだ。一人一人がそれぞれの感性でカリマンタンを、そして神学生の生活を感じ取ったのだと一人一人の話を聞きながら思い返していた。名残惜しいそんな気持ちを抱えたまま今朝、目が覚めた。

一緒に作業をした1年生が賛美を歌ってくれた。

 出発の日の朝、ベテル(旧約聖書に出てくる地名で「神の家」という意味)と名付けられた講堂で礼拝が持たれた。講堂の正面は学生達が作ったクリスマスの風景が描かれている。常夏の国で雪降る町の風景。アンバランスな絵だが不思議なことに「おかしい」と思わなくなってきた自分がおかしかった。賛美、祈りとプログラムが進む。一緒に作業をした1年生が特別賛美をしてくれた。一人一人の顔を見ているとうちに別れを惜しむ気持ちが込みあがってきた。僕たちも特別賛美と証詞をさせてもらった。メッセージの北師はキリストの誕生の夜、「いと高き所に、栄光が、神にあるように。地の上に、平和が、御心にかなう人々にあるように。」(ルカ2:14)という平和を告げる宣言が「天の軍勢」を伴ってなされたことから語られた。「平和を作り出すためには戦いがある。その戦いとは人が人を傷つけあう戦いではなく、自分自身の心に潜む罪との戦いであり、罪へと誘惑する悪魔との戦いだ。ジャパンナイトの夜、ジャワ、メナド、・・・それぞれの出身のことばでひとつの賛美をするのを聴いた。出身が違っても一つになれる天国のような神学校を卒業すれば、赴任地に待っているのは部族間の争いであり、人間関係の軋轢だろう。そんなときに失望することなくみことばの真実をあくまでも追い求めて欲しい。」北師は神学生ひとりひとりに託すように熱っぽくメッセージを語った。

証詞と賛美をする日本人チーム

日本からのプレゼントの贈呈式

 礼拝の後、日本から寄せられたパソコンの贈呈式が持たれた。手荷物扱いで日本から苦労して持ってきたあの重かった品々である。電圧が不安定で高温多湿のカリマンタンの地で果たしていつまで正常に動くかどうかわからないが神学校の役に立って欲しいと思う。礼拝が終わり一人一人と握手をして僕たちはオオタ先生ご夫妻が運転する例の2台のキジャンに乗り込んだ。男性軍はいつもどおりオオタ先生の車に乗った。礼拝が終わってから降り始めた雨が一段と強さを増していった。アンジュンガンからポンティアナックに至る道。これで最後なんだと、すこし感傷的に外を眺めていたときアクシデントが起こった。

エンストした車を押しがけするために応援を呼ぶ

 アンジュンガンではそれほどでもなかったのだが、この地域一帯では昨日から集中豪雨に見まわれていたのだ、そのため道路が冠水していたのだが、オオタ先生は気にする様子もなく、スピードをゆるめず車を進めた。そのためだろうプスプスという頼りない音とともに車が止まってしまったのだ。2時50分のフライトにはまだ時間に余裕があったが、「このままエンジンがかからなかったら・・・。」緊張が走る。オオタ先生はキーを回してエンジンをかけようとするがセルモーターの苦しそうな叫び声がむなしく響く。僕たちは車を飛び降りて押しがけにチャレンジすることにした。雨が降りしきる中みんなで「ヨイッショ、ヨイショ」と声をかけながら車を押す。横をトラックだとか路線バスだとかが追い抜いて行く。ガックンという感触と同時にエンジンがかかった。しかし、よかったと思ったのも束の間。しばらく走るとまたもやエンストしてしまった。今度はマナブ君が道沿いの家に飛び込んで手振り身振りで車を押してくれるように現地の若者達に応援を頼んだ。みんなで車を押す。「ヨイッショ、ヨイショ」・・・カリマンタンに到着した日、オオタ先生は「現地の人と一緒に作業をするというのが一番の異文化体験だ。」と言ってたが最後の最後まで最高の異文化体験を味わった。車はほどなくエンジンがかかり、僕たちは安堵した。

赤道直下のモニュメントの前で寒さに震える

 オオタ先生のいうように今回のツアーでは名所旧跡の類を回ることはなかったのだが、最終日の今日、空港に行く途中でポンティアナックの観光地「赤道のモニュメント」に来た。外は相変わらず小雨がぱらついている。数年前にこの大きなモニュメントが作られたそうだ。この下にはオランダ統治時代に立てられた小振りなモニュメントが置かれていた。車の押しがけをしたので全身びっしょりの僕はまさか赤道直下で寒さに震えるとは思いも寄らなかった。見学もそこそこに僕たちはポンティアナックの町にある中華料理の店で昼食をとった。停電のため店内は薄暗かった。キリスト教書店でおみやげにステッカーだとかテープだとかを買った。先ごろ日本にも来たベニー・ヒンのCDがあったので買って帰った。(帰国後CDプレーヤーに入れたら音が出ない。よく見てみるとVCDという日本ではプレーヤーが売ってないシロモノだった。)そのほかのおみやげは全て一般のスーパーマーケットで買った。普通に売っているコーヒーやお菓子が面白いのだ。レジで精算するとおつりのかわりにコーヒーアメをもらった。おつりが300ルピアとかだと硬貨のかわりに使っているらしい。帰国直前の僕たちにとってはその方がありがたい。時間的にはかなり余裕をもって空港に着いた。オオタ夫人いわく、「今回のツアーが万事うまく行き過ぎね。」とのこと。エンストぐらいのことはアクシデントには入らないのだ。平屋の空港ビルでオオタ先生ご家族、そしてスギムラさんと別れを惜しむ。特に3人の子供たちがさびしそうだ。できればまた来てみたい。手を振りながら僕は機上の人となっていた。


全編のおしまい。

インドネシア異文化体験ツアーを振り返って 北 秀樹



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