福祉を売る家

   五十嵐正人(千葉県柏市『ばおばぶ』代表)

        「1999年12月21日(火) 夜の電話」

        「1999年12月22日(水) 柚湯」

        「1999年12月23日(木) ロープ」

        「1999年12月24日(金) 夢」

        「1999年12月25日(土) ハッピー・クリスマス」


1999年12月21日(火) 夜の電話

 

「萌を迎えに来てください、救急車を呼んだんで。主人が風呂で倒れたんです」

 19時15分。電話が鳴ったのは、ちょうど、泊まっていく人達の布団を敷き終えた時だった。

 僕はリフトカーのエンジンをかけた。この時間なら、萌さんの家まで10分とかからないだろう。走り出してから、萌さんの車イスを思い浮かべた。車内に固定する際の補助具は必要なかっただろうか? たしか赤いチェックの車イスで、身体に合わせて作ってあるから小型だが、車載の固定装置で充分だったはずだ。

 他に忘れ物は……。携帯電話の電源を入れていないことに気がついたのは、萌さんの家が見えて来た頃だった。留守を守る共同経営者の小島覚子から、緊急の連絡があったかもしれない。しかし、それを確認している暇はなかった。門にはすでに救急車が止まっている。

「よかった。私、主人について、病院に行きます。萌をお願い。薬と学校の鞄はキッチンに用意してあります」

 担架に乗せられた人が救急車に移される間、萌さんの母親はそれだけ言って、僕に玄関の鍵を渡した。

 何度となく迎えに来たことのある家なので、萌さんの部屋は分かっている。お母さんが腰を痛めた時、ご夫婦で会社関係の結婚式に行かれた時……。まさか、こんなふうに迎えに来る時があるとは思わずにいた。萌さんの部屋はドアが開いている。

僕の気配に気がついたのだろう。車イスの少女が顔を上げた。

「ひっさしぶりー。お元気だった? 今日は、おじさんのところでお泊まりしようね」

 明るく声を掛ければかけるほど、彼女の顔はくもっていく。知的障害も重複していて、状況のすべてを把握できてはいない。しかし、それだけに両親への精神面での依存の度合いは大きい。その父親が運び出され、母親もいなくなり、一人取り残されたのである。しかもまだ、高等部。言葉を出せたなら、叫び声を上げていたとしても不思議ではない。

「行くよ」

 僕は車イスを押した。

 たとえ「嫌だ」と言っても、連れていくしかないのに、なぜ了解をとっているのだろうか。一人では食事を作ることも出来なければ、食べることも出来ない。薬を飲むことも出来ないので、大きな発作が起きてしまったら、命を失うことにもなる。

絶対に連れていくしかないのが分かっていながら、なぜ「行くよ」と声をかけるのか。マナーだから。障害を持つ子どもでも、その人権を尊重して……。次々と浮かんで来る理由を、割り切れない後ろめたさが浸食し、やがて支配する。この仕事をしていて、苦しいと思う瞬間の一つだ。

 キッチンに入るのは初めてだった。テーブルの上に、クタッとしたパンダの絵がプリントされたショルダーバッグが置かれている。そして朝食と、夕食の後に飲む薬。何日間の泊まりになるか分からない。年末年始に備えて処方されたのだろう、薬局の厚い袋ごと用意されていた。

 そして、何気なく見回した壁に、そうちょうど電話の上に一枚の紙が貼られていた。カレンダーのような大きな紙の裏に、赤いマジックインキで。

パパヘ もし私に何かあったら、ばおばぶさんに電話をして、萌を頼んでください

 ばおばぶ。それは僕と小島の経営する、福祉を売る家の屋号だ。そして、ばおばぶの電話番号が。その下に書かれた言葉は、黒のサインペンに変わっていた。

福祉事務所は、平日の昼間のみ

 そう、多くの場合、福祉事務所は役所の中にある。つまり日本という国において障害を持つ人の家族は、平日の昼間に限って病気になることが許されているのだ。

休日や、平日であっても夜中には、死ぬことさえ許されていない。

 ずいぶん前から貼ってあったのだろう。紙の色がうっすらと黄ばんでいる。萌さんは、僕らがばおばぶをオープンさせてからすぐのお客さんだったから、あるいはもう10年近く貼りっぱなしなのかもしれない。よく見ると、褪色する度に上からなぞったように、マジックインキの赤が塗り重ねられているのがわかる。僕とそう歳の違わない、たぶん四十歳前後の夫婦が、毎日この貼り紙の前で食事をしていたのだ。

 自分にもしものことがあった時のために、ご主人にあてて書いておいたメッセージが、こんなふうに使われることを、お母さんは予測していたのだろうか。

 僕は、家中の電気を消し、玄関の鍵をかけた。外が寒いことに気がついて、急いで萌さんをリフトに乗せる。リフトがジーッと上がっていく間、僕の息だけが白く広がっていた。少女はうつむいて、顔の半分がコートに隠れていた。

 車内に車イスを固定して、ドアを閉める。僕は携帯電話をかけた。

 呼び出し音は一度鳴っただけだった。

「太一郎くんと、拓海くんの布団は、二階に敷き直してあります」

 小島覚子の声を聞きながら、僕は部屋の様子を思い浮かべる。

 ばおばぶは、普通の一戸建てを借りているだけだ。使える部屋は限られている。一階の部屋は、萌さんが寝ることに。福祉作業所で働く太一郎くんと、小学校の特殊学級で学んでいる拓海くんには、二階の部屋にあがってもらって……。

「拓海くんは、夜中に一度トイレに起きるから、下の部屋がいいかとも思ったんですけど」

「いや、やっぱり男の子は、男の子同士で寝てもらおう。いつも12時頃だから、時間を見計らって連れて行ってもらえるかな」

「分かりました」

 長身でヒョロヒョロとしている太一郎くんと、小太りの拓海くん。二人が並んで眠っている様子を思い浮かべると、なにか可笑しい。

 電話を切って、ウインカーを出す。萌さんの身体を揺らさないように、ゆっくりと動きだす。気持ちがホッとしたせいか、目に疲れがあることに気がついた。そして、また右腕がどんよりと重たい。ここ数年、感じているゆっくりした痛みを忘れようと、僕はふたたび今夜の様子を思い浮かべた。

 泊まりは男の子2人と、萌さんと、そしてもう一人。森山裕子さんがいる。事情があって、もう8年、ばおばぶに同居している女性だ。19歳の時に事情で入所施設を出され、闘病中の両親の元に返されてきた裕子さん。一歳に満たない発達といわれ、歩くことは出来るが、言葉らしい言葉もなく、発作を起こし、何よりも危険に関する認識が薄い。したがって四六時中目が離せないのだが、それぞれの病との戦いに精一杯の両親が、充分に面倒をみられるはずもない。さらに悪いことに、裕子さんは、2、3日なら平気で元気一杯に起き続けているという癖を持っていた。

眠ったとしても、たいてい昼間の時間で、夜はぶっとうしで、ギャーと叫んでいたりする。ばおばぶに来たのは、そんな時だった。

 まず、なによりも、夜眠るようにすること。そのためには、睡眠薬という方法もあったが、これは使わなかった。身長が140センチメートル程度で、体重が40キログラム弱。この身体には目一杯の発作抑制剤をすでに飲んでいるのだ。裕子さんが来てから毎晩、とにかく僕が添い寝をして、僕の存在をきっかけに眠りにつくように対応することにした。

 これは、半分成功だった。数カ月後、とりあえず眠るようにはなった。今では精神的にも落ち着いて、よほどのことがないかぎり騒ぎだすこともない。しかし、半分はダメだった。僕以外の人とでも眠れるように、あるいは、僕がいなくても眠れるようにという段階に進めなかったのである。もう27歳。一歳未満の発達段階とはいっても、いつまでも僕が添い寝しているわけにはいかないだろう。

 裕子さんには、二階に彼女だけの部屋を作ってある。他のお客さん達は、必要に応じて泊まりに来たり、昼間だけ来たりしているが、裕子さんだけは、その必要な時が8年間にわたって継続中なのだ。

「ユッコ、ちゃんと眠ったかな?」

 ルームミラーごしに萌さんに話しかける。ばおばぶに来ると必ずいる元気一杯な人の名前を聞いて、少女の顔が反応した。街には色とりどりの小さな電球のイルミネーションが溢れ、萌さんの顔にも映っている。

「ラジオ、つけようか」

− ミレニアム・クリスマスソング。続いてはこの曲です。サイモン&ガーファンクル、7時のニュース、きよしこの夜。

 

Silent Night

Holy Night

All is calm

All is bright

 

 僕はボリュームを大きくして、またルームミラーに目を移す。萌さんの顔が上がった。

 英語の歌詞だが、知っているメロディーなのだろう。それは、僕にとっても懐かしい曲だ。高校生の頃、スカボロー・フェアや、サウンド・オブ・サイレンス、アンジーなどを、どんなにコピーしたことか。

 曲に被るニュースの声に、萌さんは首を傾げている。

 

Dr.Martin Luther King says he does not intend to cancel plans for an

open housing march Sunday into the Chicago suburb of Cicero.

 

 車はばおばぶに着き、駐車場に入った。

 

In Washington the atmosphere was tense today as a specialsubcommittee

of the House Committeeon Un-American activities continued its probe

into anti-Viet Nam war protests.

 

 ヴェトナム反戦運動を伝えるニュースの向こうに聞こえる「きよしこの夜」に、萌さんは耳を澄ましているようだ。僕はギヤをパーキングにし、しかしキーは回さないままにした。

 玄関が開いて、小島の小柄な身体が迎えに出てきた。

 

Round yon virgin mother and child

Holy infant so tender and mild

Sleep in heavenly peace

Sleep in heavenly peace

 

Goodnight

 

 僕はエンジンを止めた。

 

 二階に上がって部屋を覗くと、太一郎くんと拓海くんは寝息をたてていた。

 次は、となりの裕子さんの部屋の扉をあける。そっとノブを回すと、カチャカチャという音が聞こえた。天然パーマの女性はちゃんちゃんこを着て、畳の真ん中で背中を向け、ピンチハンガーで遊んでいる。洗濯バサミを手でパタパタと、それこそ一日中やっていても飽きないようだ。洗濯バサミはいつの間にか数が減っていて、彼女がここに来てから、いくつ目のピンチハンガーだろう。

「ユッコ」

 呼びかけられても、さほど驚いた様子はない。ドッコイショとでもいうように立ち上がり、歩いてくる。ようやくアンヨが始まった赤ん坊のような、不安定な足取り。ちょうど映画のゴジラが歩くような前傾姿勢だ。よく倒れないものだと思う。

ゴジラのような太いシッポがあれば、きっと安定するのに違いない。

 僕の手を掴み腰を落とし気味にして、後退りながら引っ張る。力の調節が出来ず、こちらの痛みなどは考えてくれないので、いつでも全力。爪が食い込んできて、僕は引かれるままだ。そして横に敷かれた布団の上に僕を座らせ、自分もとなりに座った。

 階下から、ようやく泣き声が聞こえてきた。いつも風呂やトイレを手伝ってくれる小島の胸の中で、安心したのだろう。萌さんの泣く声は大きかったが、裕子さんは気にする様子もない。布団の上に座って、僕の膝の上に右足を乗せて、またピンチハンガーでパタパタをはじめた。

 片足を乗せるのは、彼女なりの学習効果だ。彼女の寝息が聞こえると、そっと布団を抜け出していく僕を離さないために。添い寝をしている僕の足に、裕子さんは足を絡ませてくる。

 少し前傾で遊ぶ裕子さんの口から、涎が垂れてきた。彼女の首に巻かれたバンダナで拭ってやるが、洗濯バサミを弾く手は止まらない。

「ユッコ、ねんねしよう」

 そう言って肩をグッと押すと、そのままの姿勢で横に倒れ、それでもパタパタは続いている。掛け布団をかけてやると、逃すものかと裕子さんの手が僕の服を掴んだ。そのまま引っ張られ、添い寝の形になる。電気を消すチャンスはなかった。今布団を出ると、裕子さんは間違いなく追いかけて起きてくる。僕は反対側を向いて、寝息を作った。

 下の部屋は静かになったようだ。背中の方から、洗濯バサミのカチャカチャという音だけが聞こえてくる。裕子さんの両足が、僕の足の間に入ってきた。上手く体温を調節しきれない、冷たい足。僕は身体を静止させ、寝息だけを続けた。こうして、一時間か、あるいは三時間か、しかし確実に眠りについてくれるはずだ。

 僕の視線の先、窓の下には、裕子さんの好きなポインセチアが見える。気が向くと、眺め、触れてはキャッと手を引っ込めたりしている。六畳の部屋にあるものは、これと洋服のビニールケースだけ。何も欲しがらない裕子さんの荷物は、押入れで足りてしまっている。欲しいものが無いのか、あるいは世界中のすべての物が自分のものだと思っているのか。何も所有しないことで、すべてを所有している。禅問答のような生き方だと思う。

 静かに階段を昇る足音が聞こえてきた。そして、となりの部屋のドアが開く音。

小島が拓海くんをトイレに連れにきたのだろう。

 こころなしか、洗濯バサミの音の間隔が、あいてきたような気がする。

 やがてカチャカチャ鳴っていた音がやみ、今度は裕子さんの声が聞こえ始めた。

「アーギャ、ホヨヨヨヨ。ポポポポパイ……」

 起きている時でも、独り言のように口にする言葉。それが眠りにつく前には、止めどなく流れだす。

「グーヤ、アー、ヨヨヨヨヨイ……」

 そして現実と夢のちょうど境界線で、たぶんただ一つ意味のある言葉がもうすぐ発せられる。

「ネーェ、ネーエ……」

 おそらく、19年の間、お母さんはこうして彼女を寝かし続けてきたのだろう。

「……ネンネ」

 

 階段を下りると、キッチンのテーブルで、小島が家計簿をつけていた。

「ユッコちゃんは、寝ました?」

「うん。たぶん」

「明日なんですけど、拓海くんを学校に送って、それから萌ちゃんの送りでいいですか? 萌ちゃんの方は20分くらい遅刻することになりますけど」

「しょうがないね。小中学生は義務教育だから優先しないと」

 いつも思う。なぜ、公的な緊急一時保護制度は、この義務を怠るのだろうか? 

多くの場合、一時保護された先の施設が学校に子どもを送ってくれることはない。

義務教育の義務は、私たち大人の側にあることだというのに。子ども達にあるのは、教育を受ける権利だ。福祉行政はこの権利を考えも無しに奪い取り、義務を漫然と放棄する。

「太一郎くんは、最後になるね」

「ええ。でも、彼の作業所は10時からだから、それには間に合えると思います。

帰りの迎えは太一郎くんと、萌ちゃん。拓海くんは、朝送れば大丈夫です。帰りはスクールバスで家に帰る予定ですから。あと、翔太くんとかおりさんは園のバス……」

 一カ月程前から、近隣の通所施設のバスが、帰宅後にばおばぶを利用する園生達を送ってきてくれている。職員達が働きかけて、自主的にばおばぶ前を送迎バスのルートに加えてくれたのだ。

 現制度下において福祉への取り組みの本気さは、施設によってこんなにもバラツキがある。

「悦博くんは、3時にお風呂だけ入りにきます。またお母さんが腰を痛めたみたいで、お姉さんが送ってきてくれるって、電話がありました」

 二人でこの仕事を始めてからずっと小島は家計簿と、お客さんのやり繰りを担当している。そして僕は主として車での送迎とニュースレターの作成、ホームページの管理など。会議はいっさい開かないので、自然と割り振られた役割分担だった。

「スタッフは、小山さんと、吉川さん。二人とも来てくれます」

 どちらも二十代だが、経験が豊富でよく動いてくれる。

「じゃあ、僕は朝の送りが終わったら、みんなへの年賀状作りができるね」

「あっ、ダメですよ。ほら、先週電話があった、見学の人。勤めている通所施設で、こんな預かりにも取り組みたいからって」

「明日だっけ」

「だから、11時までには戻ってもらわないと」

「うん。わかった」

 僕はキッチンを出て、萌さんの眠る部屋に入った。オレンジ色の小さな電気をつけて、布団が敷かれている。萌さんの顔を覗き込むと、静かな寝息が聞こえた。壁の時計は2時になろうとしている。

 キッチンで電話が鳴った。萌さんが起きはしないかと顔を見る間、一度の呼び出し音で小島が受話器をあげた。

 電話はすぐに切れて、小島が部屋に入ってきた。

「萌ちゃんのお母さんから」

 僕は、萌さんの瞑った瞼を見つめた。

「クモ膜下だって。でも、すぐ救急車を呼んだから、とりあえず命に別状はないらしいけど……。萌ちゃん、パパね後遺症は覚悟しなくちゃいけないらしいの。リハビリが大変だってママ、言ってたわよ。萌ちゃんの方がリハビリは先輩だから、パパに教えてあげなくちゃ」

 

 

1999年12月22日(水) 柚湯

 

 朝の送りを終えて戻って来ると、玄関には、3人分の見慣れない靴が並んでいた。

「お疲れさま」

 二階から、小島覚子が下りてきた。

「見学の方、増えたんです」

「3人で来たんだ」

「いいえ、別に一組いらしたんです。五十嵐さんが送りに出た後に電話がかかってきて」

「どちらの方?」

「入所施設の園長さんと、市のケースワーカーさん」

 そう、そんな時期なのだ。

「一緒に、二階に上がってもらっています。とりあえず、利用案内をお渡しして、今読んでいただいているところです。あと、これ入所施設の園長さんから」

 小島が、大きな紙袋を差し出した。包み紙で、中身は煎餅か何かだと分かる。

「ふーん、わかった。じゃあ、お茶とお菓子を持ってきて。後はいいから、ユッコの散歩を頼む」

 僕は深呼吸を一つしてから、扉を開けた。

「お待たせしました、代表の五十嵐です」

 手前に座っていた初老の男が、すぐに名刺を出してきた。

 初めて見る園の名前と、園長という肩書。そして、となりの県の住所。横に座る女性が差し出したのはその市の障害福祉課の名刺。ケースワーカーと書かれている。

 やや遅れて、もう一人の青年も名刺を出してきた。指導員という肩書で、この通所施設の名は聞いたことがある。ここから、車で2時間ほど離れた市にある施設だ。

「僕は、後でいいですよ」

 青年が言った。

「ここの説明は同じですから、一緒に聞いていてください。よろしいですね」

 僕は園長を名乗る男にたずねた。

 返事は無いが、僕は話を進めることにした。嫌な仕事は、早くに片づけたいのだ。

「で、どういうご要件でしょうか?」

 初老の園長は、視線を落としたままで口を開いた。

「いや、こちら様のことは、以前からですね、存じあげておりまして。障害者の立場に立った、心温かい福祉をしている施設だと……」

「施設ではないんですよ。普通の家なんです」

 少し強い口調になったのは、能書きにウンザリしていたからだ。要件は分かっている。盆暮れと、ゴールデンウィークに、入所施設の園長とケースワーカーがそろってくるといったら、あれしか考えられない。

「失礼しました。家ですか、たしかに。そう、うちの園もですね、家庭的な雰囲気を出したいと思いまして、ほら、園の名前の最後にってつけたんですよ」

 名刺を指さす園長のセリフに、聞いていた青年が吹き出した。

 タイミングよく、小島が茶と菓子を持ってきた。配られている間、誰も口を開こうとはしなかった。そして、小島が部屋を出てから最初に口を開いたのは、ケースワーカーの女性だった。

「利用案内を見せていただいたんですが、この年中無休というのは、本当なんでしょうか? つまり、お正月なんかも営業していらっしゃるんですか」

「はい」

「利用なさる方の居住市町村も問わないとありますが?」

「ええ。ここは民間個人の経営で、自治体からの直接の助成金を受けていませんから。社会福祉の狭い概念で考えられると、ここのシステムは理解出来ないでしょう。

たとえばコンビニエンスストアー。東京都にあるコンビニだからといって、千葉県の人には商品を売らない、そんなことはありませんよね。うちは、そういう社会の常識で動いているんです」

 自分でも、嫌味な言い方だと思う。しかしこの嫌味も、ケースワーカーには通じなかった。

「よかった。それじゃあお願いなんですけど、こちらの園に措置されている女性を一人、明後日から来年の1月5日まで預かってもらえないでしょうか?」

 園長の方はというと、頭を垂れてしまっていて表情はわからない。

「ちょっと待って下さい、おたくは、入所施設ですよね」

 やはり、この話しかと思いながらも、驚いたふりで園長に聞き返す。結果として引き受けることは決まっているが、そうやすやすと話を進めるつもりはないのだ。

 園長も覚悟をしたように顔を上げた。真っ赤になった顔で、目を閉じたまま話しだす。

「実は、年末年始、園の職員に休みをあげたいと思いまして。それでなんです、園生達の帰省先をいろいろあたってみまして、おおかた決まったんですが、どうしてもその園生だけが帰省先がなかったんですよ」

「園生とはいいましても、もう、35歳です……」

 ケースワーカーが記録を見ながら喋り出した。

「父親は以前に他界していまして、母親が昨年再婚したんですが、相手のご家族の結婚の条件が……」

「すみません、僕、これを聞いていていいんでしょうか? 守秘義務とか、そういうのは……」

 青年が言った。                             

「シュヒ?」

 ケースワーカーは、ポカンとするだけだ。

「もし、僕が断ったら、どうなるんですか?」

「いや、その時にはですね、交替で職員を残して……。うちの職員たちはみんな熱心で、休みを作ってやりたいんですよ」

「それで、ばおばぶに預ければいいと? それでは、ここの職員は熱心ではないということですか?」

「そんなわけでは……」

「お正月くらい、家庭的な中で過ごさせたいじゃないですか!」

 女が口を挟んだ。

「それなら、あなたの家で預かればいかがですか?」

 ケースワーカーは、もう口を出さなくなった。

「園長さん、この近くにも入所の施設があるんです。そこの職員も熱心な方達が多くて、よく連携を取り合って仕事をしています。入所の方でどうしてもベッドが空かない時に、その間だけこちらでお預かりしたり、逆に、こちらで対応しきれない時に手伝ってもらったり。当然、入所施設なので年中無休でやっています。なんなら、そちらを紹介しましょうか?」

 初老の園長は、弱々しくため息をついた。そして、言った。

「分かりました、私が家で預かります」

「本当に職員が熱心なら、その園生のために仕事をすることを嫌がらないでしょうに」

 独り言のように言った青年の言葉で、部屋はまた静かになった。

 階下で、玄関の開く音がした。

「おはようございまーす」

 スタッフの小山が出勤してきたのだ。

「ユッコちゃん、オッハ! 散歩に行くところだったんだ」

「ちょうどよかった。ユッコちゃんの靴、履かせててくれる。私、新しいバンダナを取ってくるから」

「あっ、そうそう、バンダナ、いまいち足りないから、買っておいた方がいいみたいですよ」

「うん。明日買いに行こうかと思って。萌ちゃん、いるじゃない。昨日の夜から泊まりに来てるから、女の子達でクリスマスの買物っていうのはどうかしら」

「賛成でーす」

「じゃあ、中、お願いね。お客さん来てるから」

「ユッコちゃん、いってらっしゃい。しっかり歩いてきてね」

 玄関が閉じられた。

「さて、お預かりの件ですが、こちらでお客さんを選別することはしていません。

ばおばぶでいいかどうかを判断するのは、お客様の方なのです。その方がよければ、こちらで断る理由はありません。本当なら、お客様ご本人に、一度見に来ていただきたいのですが、明後日からだと時間がありませんね」

「本人は、断ったりはしないと言うかですね、ちゃんと話せば必ずハイと言う子でして」

「福祉は、本来利用する方達が自分の生き方に合わせて選び、コーディネートするものだと思うのですが」

「食器を洗ったりていどの手伝いだったらできますので……」

「お客様に、食器を洗わせろとおっしゃるんですか? ここでは、特別の理由が無い限り、たとえば手伝うことが好きだとか、生活の訓練のために手伝うことに取り組んでいる最中だとか、そういったことでも無い限り、お手伝いをいただくことはありませんよ。お金を払っていただいて行う、これは仕事なのですから」

「料金の方は、宿泊ですと、一泊4800円と書かれていますが」

「ここの利用料金はそうですが、食費などは実費がかかります。この周辺の自治体はみんな、こうした場所を利用した方に対して、一時介護委託料助成が出る制度を持っているので、同様の制度がそちらの市にあれば、ご本人の負担はさらに安くなります」

 園長が、ケースワーカーをチラッと見た。ケースワーカーは、慌てて首を横に振った。

「入会金もいらないんですよね」

「会員制ではありませんから」

「ふーっ、私たちの頭の中では、わからないシステムです」

「社会福祉のシステムではなくて、世の中の普通の物事の仕組みだと思ってください。お客さんに食器洗いをさせる食堂や、会員制のコンビニなんてないでしょう」

「社会福祉は普通ではない?」

「分かりませんが、これだけは言えます。社会福祉は福祉のすべてではない。福祉の中には、まだ未発達ですが自由福祉という普通のシステムのものもあっていいはずなんです。太いけれど粗い網の目の社会福祉と、細いけれど細かい自由福祉の網の目。この二つがそれぞれ複数、重なり合って存在していることが福祉の本質なのだと、僕は考えています」

 園長とケースワーカーは、帰って行った。明後日朝のうちに、その女性、今岡夏実さんは連れてこられることになった。

「まるで、警察が休みをとるからって、私立探偵に治安を頼みに来たみたいなものですね」

 青年が言った。

「すみません、お待たせしてしまって」

「いえ、聞かせてもらって、何より勉強になりました。うちは通所とはいっても施設ですから、こちらのようにすべてを普通にはできませんが、それでもやれそうなことはあるようです」

「村野さん、でしたっけ」

 名刺の名前を確認する。

「はい。指導員をしています」

「ここらへんの通所施設なんかでよくやっているのは、施設の所生に限っての預かりです。ようするに、施設終了時間後の時間延長みたいなものですが、それでもみんな助かっている。出来ることだけでも、やるかやらないかでは大きく違うんですよ」

「一つだけ、質問していいですか? さっきの依頼はとんでもない話しだと思うのですが、なぜ、引き受けたんでしょう。本来、あの施設が責任を持って、園生に正月を過ごさせるべきでは?」

「今の社会福祉は、本人に直接ではなく、その家族や、代わる介助者に対して流れていきます。このルールにしたがえば、あなたの言う通りかもしれない。でも、僕らが目指しているのは、福祉が直接本人に向けて提供される社会です。その社会では、誰が福祉をさぼっているかは問題ではありません。誰が怠けていようとも、本人は福祉によって守られるべきなのですから」

「よく、わかりました。ありがとうございます。さっそく今日聞いたことを、職場の仲間や、父兄達に話してみます。みんなが賛成するかどうかはわかりませんが、何かのかたちで、僕らの園も動いていくつもりですから。何かあったら、また教えてください。お忙しいでしょうから、電話ではなく、Eメールを使ってご連絡いたします」

 青年は、帰りがけに鞄から一袋の柚子を出して、玄関に置いていった。

 

 午後、太一郎くんと萌さんの迎えはスタッフ二人に任せて、僕は家に残っていた。

「ユッコは?」

「部屋でお昼寝をしてます。夜、また寝なくなっちゃいますね」

 小島は、もうすぐ来る悦博くんのための、少し早い風呂の用意をしながらこたえた。

「悦博くん、柚子、大丈夫だっけ」

「去年も冬至の日に来て、入っていったじゃないですか」

 小島は、お客さんたちのことなら、なんでも覚えている。

「そうだっけ」

 僕は独り言のように返事をして、一階の自室に入った。

 出来る時にチェックしないと、何日もメールを見られないことになる。

 パソコンを起動させると、受信メールは7通。下から順に、次々と開けていく。

 ダイレクトメールは、どれもミレニアム・クリスマス関連のものだ。

クイズに答えて2000年グッズをゲットしよう

まだ間に合う イブの夜は特別ディナーで

 それから、福祉関係のメーリングリストも溜まっていた。そして最後の一通は、近隣の養護学校の中学部の先生からだった。

 

お忙しいところ、すみません。

真田祐くんのことなのですが、御存知でしたら、と思いまして。ここ一月程

休みがちで、今週も20、21日と登校していません。電話をしてみたのです

が、現在使用されていないということで、連絡もとれず、もしかしたら、そち

らで泊まっているのではないかと、メールをしました。

 

「小島さーん、真田祐くんのところから、連絡なかった?」

 返事はなかったが、背中にドアの開く気配がした。振り返ると、立っていたのは裕子さんだった。

「どうしたの?」

 見ると指が土に汚れ、涙を拭ったのか、顔にも土の線がついている。

「また、やっちゃったんだ」

 僕が立ち上がると、いつも以上に力をこめて、裕子さんの手が掴んできた。引っ張られながら階段を上り、部屋に入ると、畳にはポインセチアの葉と枝と土が散乱している。

「あーぁ」

 ため息をつく僕を無理矢理座らせて、裕子さんは、ビャーと泣きだした。

 ここ数カ月なかったから、もう大丈夫だと思っていたのだが……。

 大好きなものには、つい触れてみたくなる。だからどうしても我慢出来なくなると指先が葉に触れてしまう。力のコントロールがきかないために、赤い葉が一枚落ちてしまったのに違いない。驚いて治そうとして、また一枚。大好きなポインセチアが可哀相で、落ちた葉をくっつけようとしているうちに、枝も折れて、土も飛び散り……。今回は特にひどい。根っこごと鉢からこぼれているではないか。

「なおせって言われてもねー」

 ビャャー!

 裕子さんの叫び声が大きくなり、涙がどんどん流れていく。

「わかったから。ねっ、わかったから下に行って、ユッコは手を洗っておいで。その間になおしておくから……。小島さーん! ユッコ、たのむ」

 階段を駆け上がって来る音。

「どうも静かだと思ったら。しょうがないわね。ユッコちゃん、手を洗ってきましょう。あれっ、お顔も真っ黒。悦博くんのお風呂が出来てるから、先に入っちゃいましょう。ちょうどよかったわ」

 小島が裕子さんを風呂に入れている間に、僕は掃除機をかける。さて、どうしたものだろう。いつもはもう少し本体が残っているので、折れて垂れ下がったくらいの枝ならセロテープでけっこう生き返るのだ。しかし今回は根っこのついている幹には、葉の一枚も残っていない。僕は鉢ごと庭に隠して、何も無かったことにしようと決めた。

 

真っ赤なお鼻のトナカイさんは

いつもみんなの笑い者

 

 風呂からは、クリスマスメドレーが聞こえて来る。

 

もろびとこぞりて むかえまつれ

ひさしくまちにし

主はきませり 主はきませり

主は 主はきませり

 

 歌に合わせて、裕子さんのキャッキャとはしゃぐ声も聞こえた。この家で迎えるクリスマスは、裕子さんにとって何度目なのだろうか。本人の意思を確認することが出来ないまま、彼女はここで暮らさせられているのだ。

 

もう夢の中だろう どんな明日見てるの

優しさに包まれて 大好きな人達

こんな静かな 静かな夜には

幸せを祈って過ごしていたい

遠く教会の鐘が聞こえる

君たちの住む街あたり

 

 裕子さんの様子からはうかがうことができないが、お母さんを思うこともきっとあるのに違いない。そういえば、最近眠っている時にうなされているような時もある。何か、夢を見ているのだろうか。

 玄関のインターホンが鳴った。

 

 寝たきりの悦博くんは18歳で、養護学校は卒業していた。肋骨が浮きでるほど痩せていたが、高等部の頃にグングン背が伸びて、抱き上げると、けっこうズシリとくる。

 脱衣所にマットを敷いて仰向けに寝かせるが、膝から先ははみ出してしまう。一日のほとんどの時間を眠ってすごす悦博くんだが、さいわいなことに今は目を開けていた。

 先に裕子さんが入っていてくれたおかげで、脱衣所は暖かだった。しかし冬場の風邪は肺炎になりかねない。先に僕の方が裸になって、悦博くんの脱衣にとりかかる。

「右手から脱ぐよ」

 小さい頃から、服を着脱する順番は決まっていた。だからいつもの動きになるのだが、声をかけることを忘れてはいけない。瞳はいつも一点を見つめているだけの彼でも、「右手から」と声をかけると、身体がそれに反応して、準備してくれているようなのだ。そのぶん安全で、しかも脱がせやすくなる。これは、食事の時でも同じだ。一口ずつ何を口に入れるかを伝えてあげると、口の中が違和感無くその食べ物を受け入れてくれる。トイレを手伝う時も、抱き上げる時も、とにかく必ず声をかけておこなうこと。マナーであるのは当然だが、悦博くんの場合には安全な介助をする第一歩なのだ。

 洗い場に入ると、柚子の香が立ち込めている。ここにはマットを敷きつめているので、彼の足もはみ出ることはない。思う存分身体を伸ばさせて、シャワーをかけていく。最初は指先から。

「このくらいだよ。熱くない?」

 手はそれほどではないが、足先は浮腫み、冷えきっている。血液の循環が悪いせいだ。マッサージは、風呂を上がってからにしよう。今は風邪をひかさないように、急いで風呂を終えることが先決なのだから。

 指の間も、脇の下も、綺麗に拭いてある。入浴が無理でも、家族が丹念に介護している様子がわかった。

「じゃあ、背中を洗うから、横を向くよ。最初はこっち向きね」

 紙オムツの跡が、赤く腰回りについている。そのいくらか上が赤くなっているのは、皮膚が痛んできているせいかもしれない。褥瘡になるとやっかいだ。身体を洗いながら、チェックをしていく。

「あったまるね」

 横抱きにする感じで一緒に湯船に入ると、湯が溢れでた。柚子の入ったメッシュの袋が流されそうになるのを、なんとか肩先でくい止めた。

 さすがに湯船の中では彼の長い身体は、折らなくてはならない。身体を折ると自然と顔はうつむきがちになる。湯につかないように気をつけて見ていると、瞬きが多くなったようだ。一分もしないうちに眠ってしまった。

 起こさないように注意しながら、足先に触れてみる。だいぶ温まっていた。

 冬至に柚湯に入ると風邪をひかないというのは、あるいは迷信なのかもしれない。

でも、信じてみたい。先祖代々の宗派も知らぬ不信心な自分が、こんな時には日本古来の民間伝承の信者になっている。そして、明日は天皇誕生日の祝日を迎え、明後日からはクリスマス。大晦日には除夜の鐘に煩悩が払われる思いを感じ、きっと元旦は、ここで迎えるお客さん達と近所の神社に初詣に出かけるのだ。これで、いいと思う。ずっとそうだったし、これからもそうなのだろう。

「ふーっ」

 僕の方も温まってきた。湯の中で肌が赤くなってきた。

 自分の身体をしみじみ見ると左腕から肩、そして胸にかけて幾つもの傷跡が並んでいた。ほとんどが噛み傷だ。

 最近でこそ少なくなってきたが、以前は他傷行為といって他の人を傷つける癖のある人は、施設が預かりたがらないことがあった。特に狙われるのは、子どもにとって特別の存在である母親だ。だから施設に婉曲に一時保護を断られると、自分さえ我慢すればと、母親はあきらめて家に連れて帰る。そして、結局ばおばぶに電話がかかってくる。

「今、暴れているんです。すぐに来て下さい」

 通常、母親以外の人に向かうことはあまりないのだが、パニックの真っ最中だと僕らでも噛まれたり、引っ掻かれたりということがあった。その傷跡だ。

 噛んでくる方は必死なので、傷口は腫れ上がる。しかし、意外に痛みは少ない。

噛まれている最中は、こちらもアドレナリンが高まっているのか、ほとんど痛みを感じることはない。一番辛いのは、パニックが治まってから一息ついている時。特に鏡で傷口を確認すると、どんどん痛くなっていく。噛み切られた傷口はそうでもないのだが、まわりの筋肉が赤から紫色へと変化していく頃、次の日あたりに来る周辺のダルさには参ってしまう。だが、それもいずれは消える。

 いつまでも残るのは、傷跡の少ない右側の痛みだ。指の先から肩口まで、切り落としてしまいたくなるような痛みが巣くっている。

 この右腕は、呪われている。

「あったまったから、もうあがろうね」

 柚子の香を大きく吸い込んで、僕は悦博くんを湯船から抱き上げた。

 

 湯上がりにスポーツドリンクで水分を補給し、布団に寝かせて身体を摩ってやる。

見ていた裕子さんも床にベタッと座り、足を伸ばした。

「もー、裕子ちゃんの方が、ずっと先輩でしょ」

 小島がそう言いながら、裕子さんの足を摩る。

「彼女は、お幾つなんですか?」

 悦博くんの姉が聞いた。

「27歳だから、悦博くんの何年先輩かしら」

 二人は、同じ肢体不自由児の養護学校の出身者で、もうすぐ帰って来る萌さんは、後輩になる。学校にいる頃は訓練などの時間が多いのだが、卒業するとその時間は急激に減ってしまう。たいていの施設は福祉的就労が目的なので、身体作りは家での仕事となるのだ。しかし年をとった両親がいつまでも訓練に付き合えるわけがない。これは知的障害の養護学校の卒業生の場合でも同じことで、学校時代にやっていた早朝マラソンなど、卒業後はほとんど無理だ。結果として、多くの卒業生は体重が著しく増えてきたり、あるいは身体が極端に硬くなっていったりする。悦博くんの身体も、日に日に硬くなっていく。

 外に車の音がした。送迎の車が帰ってきたようだ。

 人数が増えるので、踏まれたりしてはいけない。悦博くんを車イスに座らせていると、一番で駆け込んで来たのは、太一郎くんだ。

「オシッコ、いくの」

 そう言うなり、ショルダーバッグを放り投げて、トイレに飛び込んだ。

 萌さんは車イスごと玄関に上げられた。スタッフの吉川が雑巾を用意して、タイヤを拭き始めた。

「おかえりなさい。あったかい飲み物を用意してあるから、一休みしよう」

 小島がキッチンに向かった。

「ただいま帰りました」

 車を片づけて、小山が入ってきた。

「五十嵐さん、萌ちゃんの担任の先生から伝言です。学校の方に連絡があったそうなんですが、お母さんが福祉事務所と相談して1月10日からは、園の短期入所に移れることになったって。それで、その間なんですけど、休みの日は担任の先生方が昼間交替で来てくれて、萌ちゃんを遊びに連れて行ってくれると言っていました」

「何でもおねだりすると、きっと買ってくれるわよ」

 吉川の言葉に、萌さんの顔が笑ったように見えた。

 そうしている間に悦博くんの髪も渇き、萌さんと交替するように車イスが玄関に押されていった。

 少し段差があるので、僕と二人のスタッフが持ち上げて、車イスは道におりた。

「あら、いい匂いがする」

「ほんとう、何の匂い?」

 二人は悦博くんの身体からの匂いであることに、気づかないようだ。

「バイバーイ、バイバーイ」

 太一郎くんが手を振る。

 お姉さんがエンジンをかけている間に、リクライニングさせた助手席に座らせる。

小山と吉川は二人がかりで悦博くんの車イスを折り畳み、トランクに片づけた。

「ありがとうございます。またご利用ください」

「こちらこそ、ありがとうございます。また年が明けてからお願いすると思います」

「よいお年をお迎え下さい。悦博くんも、風邪ひかないようにね」

「わかった、柚子の香!」

 小山が声をあげた。

 車が動きだした。

 太一郎くんは、まだ手を振っていた。

 

 

 1999年12月23日(木) ロープ

 

 朝のうちに、萌さんは担任の先生と出かけていった。市民会館でやっている子供映画会を観に行くという。帰って来るのは夕方だ。裕子や、他のお客さん達は小島たちとショッピング。僕は昨日メールが届いていた、真田祐くんの家に行ってみることにした。

 祐くんは、太一郎くんが卒業した知的障害児の多く通う養護学校の小学4年生。

最後に会ったのが去年の今頃で、その時3年生だったと思うから、たぶん間違いないだろう。

 両親が離婚して、お母さんと二人暮らしになった祐くん。もともと多動なところはあったが、急に激しくなり、二人での生活が危うくなったのだ。それまで通っていた学童保育も出され、学校と家だけの生活。目を離すと窓からでも屋根づたいに出て行って、迷子になる。何度か電車に乗って保護されたこともあった。

 当たり前のことだがお母さんは働かないわけにはいかず、かといって祐くんは家でおとなしく留守番をしているわけでもない。ばおばぶで毎日のように預かっていたのだが、利用料金はパートの身には重かったのだろう。8時間以内の利用なら一時間300円ではあったが、だんだん滞納されるようになった。こちらは支払いはいつでもいいから、というスタンスだったのだが、それはお母さんの気持ちのうえでは300円以上に重かったのかもしれない。

「児童相談所に行ってきたいと思います。一緒に来てもらえますか」

 それが最後にあった日である。

 担当は山野井という50代くらいの女性ケースワーカーだった。

 祐くんが生まれてからの病歴。そして離婚にいたる過程から、現在の行き詰まった状況まで、途中何度となく涙に詰まりながら、お母さんは話し続けた。部屋の中で落ち着かない祐くんの相手をしながら、僕の耳にも聞こえてくる。ようやくお母さんの話が終わり、ケースワーカーが口を開いた。

「祐ちゃんは、お母さんの愛情に飢えているようですね。しばらくお仕事を辞められて、祐ちゃんのそばについていてあげてはいかがでしょう」

 唖然とする母を残して、相談はこれで終わった。

 送って帰る車の中で、お母さんは一言も口をきかなかった。僕も話しかけられなかった。その家に、ふたたび車は向かおうとしている。

 街のイルミネーションは明日に備えて準備万端だ。ガソリンスタンドには早くもサンタクロースとトナカイの着ぐるみを着た従業員が立っている。灯油を売るトラックと擦れ違った。ラジオを付けると、ニュースをやっているところだった。

 小学校の校庭で何者かに刺し殺された少年の通夜が、今夜いとなまれるという。

JCO東海事業所の臨界事故での被爆者が150人に。作業員が死亡したのも、少年が殺された同じ21日ではなかっただろうか。

 日本はどこへ行こうとしているんだろう? 誰もが心で思いながら、しかし日本人であるかぎり、口に出来ない言葉。これを言うことが出来たなら、東海事業所でも「バケツでの作業は安全ではない」と言えていたはずだ。最悪のことを思いながらも、それを言葉にしないことで、安全だと思い続ける。危険は言葉にした時にやってくるという、奇妙な認識。だから不安は放射線廃棄物のように心の中に堆積し、それを忘れたいから世の中は浮かれ続ける。不安が大きくなればなるほど、浮かれ具合は滑稽の度を高めるのだ。

 日本の街はキンコンカーンのポヨヨヨーン。

 そして、僕も日本人の一人なのだ。

 車は祐くんの家についた。二階建てのどの窓も、雨戸が閉まっている。錆びた門から玄関を覗き見ると、貼り紙がしてあった。転居の知らせだ。書かれた住所に、僕は車を発進させた。

 同じ形の小さな平屋がいくつか並んでいる、その一軒。たどり着いた家の郵便受けに、真田という名前があった。やはり雨戸は閉まっている。

 不在なのだろうか。

 ドアを叩くと、中に人の気配があった。

 ガチャッ。ドアが少し開いて、髪をふり乱した女の人の顔があった。

 その顔は僕を見て、アッと固まった。室内は真暗で何も見えなかったが、不安を感じて僕は思い切りドアを開いた。

「入らないで!」

 横をすり抜けて部屋に入った僕に、女の人が声をかけた。

 見間違える姿だが、この声はたしかに祐くんのお母さんだ。

 お母さんは慌ててドアを閉めた。まだ目が慣れない僕は、手探りで電気のスイッチを探しあてた。

 つかない。

「止められてるんです」

 お母さんは静かに言った。

 ようやく目が慣れてきて、雨戸の隙間の光りで室内を見渡せるようになった。

 そして、テーブルの足に縛られた祐くんの姿が見えた。

 薄明かりで、表情のすべてはわからないが、祐くんは平然としている様子だ。身体を縛ったロープを解き、足を縛ったロープを外すと、ピョーンと飛び上がり、しばらく跳ねていたが、部屋を飛び出すことはなかった。

 どうしたのかを聞くこともできない僕に、お母さんが言った。

「言われた通りにしたんです。仕事を辞めて、この子につきっきりに。そうしたらいつか普通の子になると思って。しばらくは貯金があったんですけれど、それも無くなって、でも、明日はいい子になるんじゃないか、明日はいい子になるんじゃないかと思いながら生きてきました……」

 口調は段々と早くなってきて、声も高くなっていく。僕が口を挟む余地はなく、お母さんの言葉は流れ出続けた。

 それに合わせるように祐くんのジャンプも止まらない。僕は、テーブルの上の電話に手を伸ばした。

「いいですか、児童相談所にかけます。祐くんのことを、本当に相談しましょう」

 受話器を耳に当てるが、音がしなかった。

 僕は自分の携帯電話で、児童相談所に電話をかけた。

「山野井さんをお願いします」

 電話の向こうに、ジングルベルの歌が聞こえる。

 僕の背後で、お母さんはしゃべるのを辞めていた。

「あっ、一年ほど前に相談に行きました真田祐くんの件ですが。……はい、僕ですか、僕はあの時同行しました五十嵐です。はい。……ええ。そうです。で、その後ですが……。いや、だからそんなゆっくりしていられないんですよ。むしろ、あなたがここに来てみてはいかがですか」

「……私には、私のやり方があるんです。母親達の身勝手は認められません!」

 電話の向こうの声が、祐くんにも届いたのだろうか。ピタッと跳ねるのを辞めて、お母さんの横に並んで座り込んだ。

「わかりました。一つだけきいていいですか。山野井さんは、子供をロープで縛ったことがありますか? ……そうですか。そうだと思いました。人権侵害ですか。虐待ですか。そうですね。現場に立ち入らなければ、永遠に正しく、潔白ないい人でいられるわけですね」

 僕は電話を切った。

「キャハー、ハー、ハー」

 お母さんが笑いだした。子供はしっかりと、やせ細った母親の身体にしがみついている。

 やがて、笑い声が止んだ。

「ダメだったでしょう」

 お母さんの声は、穏やかな口調に戻っていた。

 僕よりも若いはずなのに、老婆のようになった顔をまともに見ることができず、僕は祐くんを挟んでとなりに胡座をかいた。

「ずっと不思議だったんですけれど、五十嵐さんは何か宗教のようなものは?」 

「いえ、何もありません」

「わたし、少し前に小さな宗教に入ったんです。三軒先の奥さんに勧められて、治った子供がいるからって。でも、まるでダメ。お金ばっかりとられて、効果がないと、逆に私の信心が薄いからだっていわれるの。よけい嫌になっちゃったんだけど、今は他に知り合いもいなくなっちゃったしね」

「この仕事は、カルトな宗教に限りなく近い危うさを持っているんです。実証の難しい成果に対して、信じられないような料金をとる者達もいます。だからこれを始める時、小島と決めたんです。高額な料金は徴収しないこと。そして、僕らは個々であること。同じ夢を持つ者同士だから、一緒に仕事をする。でもこの形を集団の組織にせずに、ユニットと言うのかな、あくまでも個々には、独りであること」

「独りであること、か。高野悦子ですね」

 僕は一瞬、その名を思い出せなかった。

「わたし、高校生の頃読んで、憧れたんですよ。二十歳の原点」

 あっ。僕の脳裏に、高橋和巳やニーチェ、ドストエフスキー等と一緒に、独りの髪の長い女性の顔が浮かんできた。たしか文庫本で読んだのだ。その中に写真があった。僕にとっても20年以上前の記憶……。

「僕も読みましたよ。あれを読んでから大学生になったもんだから、学生運動を楽しみにして。でも、80年の安保は自動継続だったじゃないですか。けっきょく、そんな社会の常識も知らずに、形だけ憧れてたんです」

「でも、ばおばぶさんは、ちっとも学生運動っぽくありませんよね」

「やはり、独りであることなのかな。年もとったし。右、左関係なく、この仕事については徒党をくまないこと。もし今革命が起きたら、僕はどちらにもつかずにこの仕事を続けていたいと思います。障害児の親で革命家の人がいたなら、ばおばぶにお子さんを預けてシュプレヒコールをあげに行く。そして同じ屋根の下に子供を預けて、体制側の人間も活動家と闘いにいく。子供達は関係なく一緒にクリスマスパーティーをしている、そんなばおばぶでありたいと思います。もし高野悦子と同期で学生だったら、絶対に不仲だったでしょうね」

「祐を、お願いしていいですか?」

「もちろんです」

 お母さんは立ち上がり、タンスの中から薬を取り出した。

「いつまでになるかわからないから」

 そう言って、何種類かの薬を半分ずつにして僕に渡し、残りはテーブルに置いた。

「この一袋が一回分です。朝と晩、食事の後に飲ませて下さい。3錠ずつ入っていますけど、安定剤だって言ってました。それからこっちの錠剤が睡眠薬で、寝る前に一錠ずつ。着替えは、まともな物がなくって……。そちらにあるものを適当に着せてください。よろしくお願いします」

「さあ、行こう」

 手を引くと、祐くんはスッと立ち上がった。

 部屋を出てはじめて気がついたのだが、祐くんはやせ細ってはいなかった。家を飛び出さないように、疲れ切った母は息子をロープで縛っていた。しかし、自分の分まで食べさせていたのだろう。

「社会は、親が死なないかぎり、障害児の面倒はみてくれないのよね」

 お母さんが、ポツリと言った。

 祐くんは一度だけ振り返ると、ピョンと助手席に飛び乗った。

 

 断言しよう。この国の福祉は飢餓状態にある。経済的貧困の飢餓ではないので一般には認識されづらいが、間違いなく福祉に関して日本人は、災害に見舞われた第三世界の子供のようにやせ細っているのだ。

 この戦後半世紀の社会福祉の、何が間違っていたのか。それは第一に、障害者という認識をつくり出したことである。男と女と、そしてもう一つ障害者という種別があるかのような、ちゃちな認識。トイレの入口が、男性用と女性用と、障害者用に分かれている、頭の悪い建築様式。以前、車イスの人とアメリカを旅した時に見た、男性用と女性用の入口しかないトイレの美しさ。入るとそれぞれの中に、あたかも「この便器とスペースで使いづらい方はこちらへ」とでもいうように設置されていた、広いスペース。

 日本は障害者という認識を作ることで、一つの合理性を持ち、一つの合理性を失ったのだ。三つの入口をもうけたトイレのシステムは、その持ちえた合理性の一つの象徴だといえる。これは日本の高度経済成長の一つの推進力になったことだろう。

しかし、失った合理性こそ大きい。障害者という存在への福祉は、つまり大雑把で、画一的になってしまったのである。

 たとえば車イスの人が駅の階段で困っていたとしよう。戦後の民主主義は、すべての障害者に対して公平に福祉が提供されるように、車イス用の昇降機を設置する。

しかし、身体障害のすべての人が同じ車イスに座っているわけではない。つまり、その昇降機を使えない人もいて、その人はたぶん使いたければ、車イスを作り替え、自分の身体に合わないその車イスに今度は自分の身体を合わせなくてはならない。

 休日の昼間と、平日の夜には、死ぬことさえ許されていない日本の社会福祉。これもまた、障害を持つ人の側が、制度に合わせなければならない例だろう。

 さて、こうは考えられないだろうか。車イスの人にとって、それは障害ではなく、一つの症状であると。そして、その人が駅の階段という社会状況に遭遇した時、昇れないという困難が生まれる。この現象を「障害」と呼ぶのだ。だから、障害はまわりの人が手伝って車イスを上げた時、解消される。障害者という持続性のある概念ではなく、「障害」を現象としてとらえること。そして、この現象を解決する仕事が「福祉」であるということ。

 僕はそう考えたい。だから、障害者という会員制をとらない僕達は、困難な状況に対して、ピンポイントで対応することが出来る。そこでは、予防福祉というようなことが可能になるのだ。家族が倒れる前に福祉を提供し、これによって倒れずにすめば、それは合理的な解決だといえるだろう。倒れるまであずからない現行の社会福祉が失った合理性が、実はこれなのである。

 時として戦後半世紀の社会福祉は、飢える子供達にシャネルをプレゼントするように、社会福祉を提供してきた。「障害」を現象としては見ない、愚かな福祉政策。

 助手席に座る祐くんに必要だったのは、あの一年前にピンポイントで届くサービスだったのだ。それがあれば、彼の家庭はここまでの困難を引き起こさなかっただろう。彼の母親の持つ経済的困難は、彼の障害のせいではなく、社会福祉の貧困のせいなのだ。

 これは本当のことだ。日本の福祉は飢餓状態にある。

 

 思いを巡らせているうちに、車はばおばぶに戻ってきた。

 日はもう落ちている。

「さぁ、おいで、お姉さんたちも待ってるよ」

 玄関を開けると、小島が待っていた。

「吉川さん、祐くんをお願い」

 そして僕を家の外に出し、後ろ手で玄関を閉めた。

「さっき、祐くんの担任の先生から電話があったの。近所の人が見つけて救急車を呼んだらしいんだけど、お母さんが自殺未遂だって」

「……」

「祐くんの薬を飲んだらしいわ。でも量が多過ぎて、吐き出して助かったみたい」

「じゃあ、大丈夫なんだね」

「自殺未遂の方は……。ただ、それよりも身体が弱っていることが心配だって。何日も食べていなかったらしいの。しばらく入院になるそうよ」

 

  

1999年12月24日(金) 夢

 

 終業式に祐くんを送って、そのまま僕は教室で担任の話を聞くことができた。

「祐くんのお母さんですが、昨日病院に行って、会ってきました。思ったより元気そうです。今は点滴で栄養をとっているところですが、しばらく入院できて、かえってよかったのかもしれませんよ」

 クラスに三人いる担任の中で、一番年配の男性教諭が話してくれた。

「で、ばおばぶさんの方では、いつまででしたら祐くんをお預かりできるでしょうか? こちらからも児相には働きかけてみるつもりですけれど、すぐに短期入所のベッドがあるかどうか」

「ケースワーカーには、会われましたか」

「まだですが、今回は校長に動いてもらおうかと、担任の間で話し合っているところです。ご存知でしょうか、祐くんの担当ケースワーカー。ヤマンバっていうあだ名で、けっこう有名なんですよ」

「ヤマンバ?」

「ええ。まるで戦中派のような感覚で仕事をしていて、けっして自分の汗は流さない。それでいて給料だけはもらっているから、みんなの間で、子供を食い物にしているヤマンバみたいだってね。ここだけの話ですよ」

「児相内部では問題にはなっていないんでしょうか?」

「ならないでしょう。仕事をしないということは、つまり失敗もないということですからね」

「なるほど。それで校長先生に動いてもらおうと」

「ああいうのにかぎって、権威や、外部からの圧力には弱いですから。出来るだけ早く、今夜にでも決まるように動いてみます」

「よろしく、お願いします」

「こちらこそ。うちの生徒や、卒業生が、みんなお世話になっています。太一郎も時々利用しているとか」

「ちょうど今朝までいましたよ。他の子供達のことを、いつも気にしてくれています」

「そうですか、わたしが担任をしていたんですよ」

 そのまま式が終わるのを待って、僕は祐くんと車に乗った。病院に連れて行きたかったが、今は会わない方がお母さんのためになるようだ。公園で遊び、小島に頼まれた買物に行く。

 祐くんが選んだのは、チョコレートのケーキだった。たぶん、上に乗っていたお菓子の家に興味があったのだろう。指し示す指は、そこを狙っていた。それから萌さんにも食べやすいように、骨の付いていないチキンナゲット。ノンアルコールのトロピカルドリンクなどなど。

「さあ、今日はパーティーだよ」

 

 ばおばぶには、祐くん、萌さん、裕子さんの他に、四人のお客さんが待っていた。

そのうち三人は、夜には迎えに来る。残る一人が、今岡夏実さんだった。

「一昨日来た園長先生も、ワーカーさんも来なかったわ。若い女性の職員の方が連れてきて、詳しいことはわからないんですがって、さっさと行っちゃった」

 小島の説明に、僕はてきとうに相槌を打った。

「帰る人もいるから、さっそくはじめよう」

 一階の部屋で少し早い夕食と、クリスマス・パーティーが始まった。

 ツリーの電球を点滅させ、部屋の電気を消す。何が起こったのかと、祐くんが立ち上がった。

「だいじょうぶよ。ほら、綺麗でしょう」

 小山が身体をそっと抱いて、祐くんを座らせる。

「じゃあ、クリスマスの歌から。まず、みんなで「きよしこの夜」を歌いましょう。

萌ちゃんとユッコちゃんは、毎晩お風呂で練習してたのよね。いーい、さん、ハイ」

 

きよし この夜

星は光り

 

 小島のかけ声で、萌さんも顔を上げた。

 夏実さんは、小さな声だが、しっかりとしたメロディーで歌っている。

 

救いのみ子は み母の胸に

眠りたもう 夢やすく

 

「キャキャー」

 歌が終わったところで、裕子さんが声をあげた。

 軽い夕食が終わり、箱に入ったままのケーキがテーブルの中央に置かれた。

「祐くんが選んだんだよ」

 僕はふたをゆっくり上げた。

「ワーッ、おいしそー!」

 歓声の中、祐くんの手がサーッと飛んできた。パッとケーキの上のお菓子の家をつかむと、自分の皿に置いてしまった。

「ズルーイ」

 吉川が萌さんの手を上げさせながら言う。

 笑いと非難の声の中、祐くんはまるで聞こえないように、お菓子の家をほうばっていた。

 

 パーティーが終わって、僕と小島と裕子さんの他には、祐くんと、萌さんと、夏実さんだけが残っていた。小島はキッチンで片づけをし、僕は三人と一緒にテレビを見ている。

 いつ以来だろうか、こんなにのんびりとしたクリスマス・イブは……。

 インターホンが、続けざまに鳴ったのは、そんな時だった。

 玄関を開けると、四十代と思われる眼鏡の男性が立っている。

「とにかく、連れてきました。お願いします」

 うながされて着いていくと、車の中で叫ぶ声がする。

「イヤダヨー、イヤナンデスヨー」

 声の主は後部座席にいるようで、それを母親、つまり眼鏡の男性にとっては奥さんらしき人が引っ張りだそうとしている。

 窓が一枚割れて、車内にも細かく丸まった破片が散乱していた。

「来る途中で、やったんです。こいつ、凄い力なんですよ」

「とにかく、中で聞きましょう」

 お母さんに代わって、説得してみるが下りる気配はない。

「健哉っ、降りなさい。もう、引っ張りだしましょう」

 お母さんの言う通りだろう。力ずくで降りてもらうしかないようだ。

 僕が車内に入って、押し出す格好に、そしてお父さんとお母さんが引っ張って、ようやく青年は道路に下りた。

 立ち上がると、僕よりも背が高い。175センチメートルはありそうだ。僕とお父さんとで両脇をかため、玄関に入っていく。

「二階、用意できてます」

 小島は玄関で出迎えると、すぐにみんなのいる部屋に入って、ドアを閉めた。

「とにかく、ここに来ればなんとかなるって聞いたものですから」

 階段をのぼらせ、部屋に入ると、お父さんが言った。

「どなたに?」

「村野先生が教えてくれたんです」

 お母さんの返事に、僕は一昨日の施設職員を思い出した。

 バシーン!

 青年が壁を叩いた。

「この通りなんですよ。家でも壁を叩いたり」

「お願いします、しばらく預かってもらえないでしょうか。普段はおとなしいいい子なんです。小学校の時には普通学級に入れてもらっていたんですよ。成績はあれでしたけど、係活動なんかもちゃんとやって。高校は養護学校でした。でも生徒会長をやっていたし、本当に時々だけなんです。こんなふうになるのは」

「福祉事務所に相談されましたか?」

「ええ。でも、あそこの人達は健哉のことを、まるで分かっていないんです。施設への入所を勧めてくるんですが、この子、そんな子じゃありません」

 お母さんが話している間、お父さんは青年を落ち着かせようと手を握っている。

「短期入所や、一時保護の経験は?」

「一度だけ、まだ中学生の時に。でも、二度と嫌です。この子には家庭的な環境が必要なんですよ。ですから、二人で頑張ってきたんですけど……」

お薬は、飲まれていますか」

「いいえ、脳波も正常ですし、安定剤のようなものも飲んではいません」

「イテーッ!」

 青年に腕を噛みつかれて、お父さんが叫び声を上げた。

「このヤロー、離せ」

「離しなさい、健哉。お父さんを、離して!」

 母親は息子の身体を引っ張り、父親はうめきながら息子の頭を殴りつけている。

「イヤダーッ」

 青年は口を離した。そしてうずくまる父親に、もう一度噛みつこうとした。

「何やってるんだ!」

 僕は立ちはだかり、右手で青年の頬を打った。一瞬ひるんだ青年は、今度は僕に噛みついてくる。

 僕はいつものように、左腕を差し出した。

 腕の一本、くれてやる!

 心の中で叫ぶ。そして、もし本当にこの腕が使えなくなっても、絶対に泣き言は言わないと心に誓う。

 セーターの上からだが、青年の歯が食い込んでくるのが分かる。僕はそのまま腕を押し込むようにして、青年を壁際まで追い詰めた。引いたら、きっと大怪我になるだろう。

 青年は息苦しくなったようで、自分から口を開いた。僕はその首に右腕を巻き付け、左腕では足を取って、腰をかがめる。青年に怪我をさせないように、自分を下にして倒すのだ。この青年もそうだが、多くの場合、力は強くても力の入れ方を分かっていない。だから焦らずに対応すれば、まず押さえ込むことはできる。その時に力の使い方が分からないために、逆関節などに入りやすい。だから倒す時には細心の注意がいる。

 畳にうつ伏せにした状態で、首にかけた右腕と足をとった左腕を、ジワリジワリと握るように近づけていく。

 また、右腕が重くなってきた。そう、理由はどうあれ、彼等を殴り倒してきた右腕。こうして身体を拘束しようとしている、この右腕。たとえば車を運転中に騒ぎ出した男の子を、この右腕は叩いたことがあった。事故が起きると、命にかかわるから。しかし、それは僕だけの理屈に過ぎない。

 それなら、なぜ男の子は車に載せられていたのか? 母親が疲れ果ててしまっていたから。では、なぜ疲れ果ててしまったのか? 男の子の障害のせい? いや、断じて違う。ピンポイントの福祉を提供できない、日本の脆弱な社会福祉のせいなのだ。

「ナラ、アンタニハ、責任ハナイノカイ」

 叩いた後の彼らの目は、みんなそう訴えているように見えた。

「社会福祉ッテェノハ、役所ガヤッテンジャナイ。アレハタダノ窓口サ。アンタタチ社会ミンナガヤッテンダヨ」

 いつの頃からか、こうして右腕をふるった後には、彼らの目を見れなくなってしまった。

 右手と左手が繋がったところで、僕はゆっくりと、胸の中で5を数える。そして、腕を離した。

 健哉くんは立ち上がり、また噛みついてきた。そして、同じことの繰り返し。

「今のうちに、行ってください。下にさっきの小島がいますから、泊まりの荷物を渡して、詳しいことを伝えておいてください。緊急の連絡先も、お願いします」

 僕は、青年の身体を固めながら言った。

 

「どうですか」

 小島が、そっとドアを開いた。

 ドアの横に僕が座り、健哉くんは反対側の壁際に布団を引っ張って行って、座っていた。

「祐くんの先生から電話があって、短期入所が決まったそうです。27日の月曜日から」

「1月の?」

「いいえ、12月の」

「ふーん。今夜はここにつきっきりになるから、みんなを頼む」

「念のために、みんなで一緒に下で寝ることにします」

「ユッコは、寝られるかな。……今年は大変なクリスマスになっちゃったね」

「毎年のことですよ。去年なんて、ほら。美知香ちゃんのお母さんがイブに交通事故を起こして、羽田の方まで美知香ちゃんを迎えに行ったじゃないですか」

「よく覚えてるね」

「あっ、ユッコちゃんの声だ。それじゃあ、おやすみなさい。健哉くんも、おやすみなさい」

 さすがに疲れたのだろう。青年は寝息を立て始めた。

 フーッと一息つくと、噛まれた傷がズキズキいいだした。

 一瞬、村野の顔が浮かんできたが、それはすぐに消えていく。今までも大勢いたのだ。利用者の立場にたった福祉に取り組みたいからと見学に来て、結局見学に来た自分に満足してしまうだけの人達。そして困っている人がいると、あそこはいいところだと、ばおばぶを紹介してすましてしまう。きっと今頃、何も出来ない自分を弱い人間だと、悲しく感動している真っ最中だろう。

 痛さを忘れるように、目をつぶってみる。

 今日もまた、この右腕は叩いてしまった。そして拘束してしまった。

 独りであること。

 ふと浮かんできたのは、祐くんのお母さんと話した時のことだ。

 真暗な場所に、たった一人の自分がいる。来世など信じていないが、もし天国と地獄があったなら、僕は一人、地獄に墜ちていく。裕子さんと小島は天国とか極楽とかそういうところに行くに違いない。萌さんや、祐くんや、太一郎くんたちも、小山や吉川たちも天国へ。

 そしてきっと夏実さんの園の園長や、ケースワーカー、ヤマンバたちも、みんな天国に行くのだ。彼らもまた、別の意味でいい人達なのだから。日本の福祉が飢餓状態だという、口にしてはいけないことを、ちゃんと口にせずにいた者達なのだから。

 独りであること。

 僕は一人で地獄へ行こう。それまでは何十年でも与えられた時間をまっとうし尽くし、その時が来たなら独りきりで墜ちていくのだ。笑顔では行けないだろう。別れに涙を枯らして、卑屈な姿で墜ちていくに違いない。だからユッコよ、みんなも、安心していて欲しい。小島も小山も吉川もきっと、みんなと一緒に天国へ行くはずだから。

 独りきりで、僕は何も無い世界に置かれるのだ。目を開いても何も見えず、耳にも音は届かない。匂いも無く、皮膚の感覚も無い世界。たしかにそこに自分はいるのに、足元には何も無く、やがて何かある事を僕は忘れていく。そこにいながら、僕は無になってしまうのだろう……。

 いや、僕は永遠に無になることを許されないのだ。すべての感覚を失おうとすると、かならず右腕がどんよりと痛みだすに違いない。その度に僕は、無に置き去られたことを知り、おののき続けるのだ。永遠に。わずかな望みといえば、右腕に痛みを感じるたびに、天国に暮らすみんなを思い出せることだろう。この望みがあれば、僕は地獄でも生きていける。

 

 

 1999年12月25日(土) ハッピー・クリスマス

 

 異臭を感じて、僕は夢から覚めた。

 目の前には、綿をすべてむしり出された、布団の骸があった。その上に、裸で座る青年。服は細かく破られ、手では排便をした固まりがこねられている。

「待ってなさい」

 僕は階下のトイレに降りてトイレットペーパーを持ってきた。それを幾重にもして、健哉くんの手から固まりを取った。幸いなことに、畳や壁は汚していないようだ。左手に固まりを持ち、右手で健哉くんの手を引いて、ふたたび下に下りた。

 物音に気づいたのだろう。小島が起きてきた。そして、何も言わず固まりを受け取って、トイレに入った。

 僕は健哉くんをシャワーに連れていった。

 健哉くんにかけたシャワーの飛沫が、僕の身体も濡らした。風邪を引かさないようにと熱めにした湯が、傷口を刺激する。風呂の曇りガラスの向こうで、夜が明けようとしていた。

 風呂を出ると、健哉くんの着替えが用意されていた。長い手足で、つっかえながらスエットを着ていく。

 小島は布団の残骸をゴミ袋に詰めて、玄関から出て行った。

 外から、話し声が聞こえてきた。

「五十嵐さん、村野さんです」

 

 村野は、健哉くんを連れて帰って行った。通所の施設だが、予定通り泊まれることになったという。

 もしかしたら……。

 僕は部屋に行って、パソコンを起動させた。メールをチェック。

 やはり、そうだ。昨日の日付で、村野からのメールが受信されているではないか。

 

先日は、お時間をとっていただきまして、誠にありがとうございます。大変

に勉強になりました。

さて、さっそくですが、ばおばぶさんのことを昨日行われました忘年会で話

しました。所生、保護者、職員合同の会で、みな驚いていました。

それでなのですが、実は忘年会を休んだ家族がおりました。榊さんといいま

す。息子さんの健哉くんが最近調子が悪く、ずっと園を休んでいるのです。家

族への暴力的な行動が多く、何度かお母さんには入所施設の利用をお薦めした

のですが、聞いてくれません。ご両親ともに、子離れ出来ていないことが、そ

の原因と考えます。また、その機会が無かったのか、息子さんの障害の正確な

認知もできておらず、閉鎖的に、家族だけで解決しようとしがちなのです。そ

んなわけで、本日、榊さんの家に行き、そちらの話をしましたところ、ご両親

とも預けてみたいとおっしゃって下さいました。また、当園のことはある程度

信用してくださっていて、こちらで預かりができるのなら、やはり預けてもか

まわないということです。園の方は明日が職員の仕事納めで、それ以降なら使

っていいという了承をとりつけました。問題は今夜なのですが、健哉くんの状

態が悪くて榊さんがそちらに行くようなことがありましたら、お願いできない

でしょうか。その場合は、榊さんから僕のところに連絡が来ますので、25日

の早朝、僕が出勤前に健哉くんをお迎えにあがります。

どうぞ、よろしくお願いします。

 

それでは、ハッピー・クリスマス。

 

 そういうことだったのか。

 一夜の出来事に納得した頭の中に、ジョン・レノンの歌声が浮かんできた。

 

And,so this is Xmas

For weak and for strong

For rich and the poor ones

The world is so wrong

And so happy Xmas

For black and for white

For yellow and red ones

Let's stop all the fight

 

 「部屋は、片づきました」

「ご苦労さま、僕はもう一眠りするから」

「そうして下さい。明日から三が日を過ぎるまでは、もっと忙しくなりますから」

「なんだかんだで、ユッコのクリスマスプレゼントを買い忘れてたよ」

「大丈夫。ユッコちゃんの部屋においておきました」

「ありがとう」

「あっ、そうだ。今のうちに、言っておこう。来年もよろしく」

「はい。二階で、ユッコちゃんが待ってますよ。ずっと、寝ずにいたんですから」

 

 部屋に入ってきた僕を見ると、裕子さんはコテンと布団に横になった。電気は消えていたが、外はもう明るい。雨戸の間から差し込む光りが、裕子さんの顔に線を引いている。

 掛け布団をかけてやって、僕もとなりの布団に入った。

 さっそく足が伸びてきて、僕の足の上に乗った。裕子さんの瞼は、閉じかけようとしている。

「大丈夫。僕が天国に行けなくても、みんなには小島さんが着いて行ってくれるから」

 小さくそう言って、僕は寝返りを打った。追いかけるように、裕子さんの足が乗ってくる。

「ネーッ、ネーエ」

 と、僕の視線の先には、真新しいポインセチアが置かれていた。

「ネンネ」

 裕子さんの腕が、ぼくの身体を捕まえ、そして掴んだ。

                                 (了)

 

 個人が特定されないよう、登場人物の年齢、性別や、出来事の起きた日時などは変えてあります。なお、個人が特定されても差し支えないとの考えから、ばおばぶ、小島覚子、森山裕子、五十嵐正人については実名のまま表記しました。


注意!

 この小説は、「ばおばぶ」代表の五十嵐正人さんが、同人誌「日&月」に掲載したものを、作者の承諾の元にアップしたものです。

したがって、著作権、ならびに版権は五十嵐さんと「日&月」に属します。

そのため、無断転載や配布は禁止いたします。

何らかの理由で、この小説を利用したいときは、「ばおばぶ」五十嵐さんの許可を得てくださいますことをお願いいたします。


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最終更新日 : 2000年8月11日