個人的書評/増補版
(エスペランチスト向け)
Pasporta Servo 1998
La listo de gastigantoj de TEJO

角谷 英則

<La Junuloj 35号(1998年1月)より転載>



 エスペランチストであることを条件に無料で宿泊を提供する人々の住所録であるパスポルタセルボの1998年版が発行された(注1)。 本稿はその書評をきわめて個人的にしてみようという、おそらくエスペラント界初の試みである(注2)

 パスポルタセルボはその性格からして、旅行をしない、エスペランチストとの接触を望まない、あるいは富裕なエスペランチストには無関係な代物であると考える人々も多いと思われるが、これは実に興味深い知的読み物でもある。登録しているエスペランチストの名前、住所、生年等の一見、無味乾燥なデータからだけでも多くのことを読み取ることができるが、そこにはさらに宿泊条件、連絡方法という登録者のいわば生の声が今年の場合は約850人分も載せられており、それが本書を単なるデータ集以上のものにしている。したがって数十年、数百年後にはエスペラント史研究上の最重要史料の一つになることが明らかな、パスポルタセルボはそういう書物なのである。


 98年度版は96/97年度版と同じ大きさで、表紙も色が黄色から青に変わった以外、見慣れたマーティン・ブルケルトの絵が使われている。文書整形には本稿と同じLaTeX が使われており、見やすくなったようにも思われる。 まず、特記すべきは前回採られていたabc順地域別、abc順国別という二重の分類がabc順国別に一本化されたことである。二重に分類されていると見たい頁を探すために、たとえばまずアジアを探してから韓国を探すというように二度の手間がかかり、煩わしいことこの上なかった(注3)。 旧に復されたのは編集者の耳に届く程度の不評があったということであろう。この改善をまず評価しておこう。項目が設けられている「国数」が75に増えているが、グリーンランドがあるのには驚かされた。再登録であろうか。この分では南極、いやミールにすらエスペランチストがいそうである。


 日本の頁をみてみる。やや登録者が増えた以外はほぼいつもの顔触れである。それにしても八ヶ岳エスペラント館が今年も九州に位置しているとは思わなかった。NagasakaとNagasaki。たしかに見た目の差はほとんどない。長崎はオランダあたりで発行されている地図にも掲載されているであろうし、編集者はそれをみて、エスペラント館は無差別爆撃を受けた都市にあると理解したと想像される。ちなみに短い母音aが子音をはさんで4つも続く語は西欧人にとってかなり発音が困難らしい。それがこの混同を生じさせたという仮説をいま思いついたのでここに記しておくこととしよう(注4)。 読者諸賢の批判を乞う次第である。エスペラント館は来年以降も掲載されると考えられるが、いつ九州から離れるか気になるところである。1000年後には散逸・消滅を逃れたパスポルタセルボの断片が八ヶ岳エスペラント館九州説の根本史料となり、エスペラント史学会春季大会古典期部会を賑わしているかもしれない。あるいは「古代エスペラント館は九州にあった!!」という本がゴマブックスあたりから・・・この辺でやめておこう。本稿を目にしたJEI関係者などはくれぐれもTEJOに連絡をとるなどという無粋かつ本末転倒なことをせぬように注意されたい。

 日本の項でもっとも注目すべきなのはTo^kyo^の登録者が2箇所に現われたことであろう。確か前々回は1、前回は0であったからこれは大きい。本誌の読者には馴染みの深い木村護郎氏、田井久之・かおり両氏である。この場で敬意を表しておきたい。一般にパスポルタセルボには、エスペランチストの来るところ登録者おらずの法則というのが見られ、日本にきた旅行者がほとんど必ず訪れる東京に登録者がない、あるいは少ないのもほぼ常識であった(注5)。 ブリュッセルで長年セルバーノとして活躍した末に登録を止めたあるエスペランチストは計三百数十人の宿泊を世話し、あまりの客の多さに誰が泊まっているのか把握しきれないこともあったそうであるが、それだけの人々が訪れるとかなり傍若無人な人々と会い、不愉快な経験をすることになる可能性が高く、したがって登録を躊躇するようになるのも納得できることではある。 ちなみに、前回に続き一大観光地ローマには今回も登録者がおらず、アテネ、ストックホルムにはやっと一人ずつ現われた (注6)。ストックホルムなど、掃いて捨てるほどではないがかなりの数のエスペラントに堪能なエスペランチストがおり定期的に活動しているにもかかわらず、94年、95年と登録者が徐々に減少し、96/97年には消えてしまった。その代わり、ストックホルムから電車で50分ほどの所にあるウップサラではここ数年、熟練エスペランチストであるギイ・コスト、イングリッド・マイアーの両氏が登録を続けている。それぞれフランス、ドイツ生まれでありスウェーデン人でないところがおもしろい。

 話を戻そう。他に日本の項で目を引くのは徳島県のはぎた・はるよ氏である。生年1977とあり、単独登録者としては最年少に近い(注7)。その「Harry Davidson買います」という但し書きも芸を感じさせてくれ嬉しい。また、前回、大学のエスペラント団体部室としてははじめてパスポルタセルボに掲載されたと思われる京大エス研は姿を消してしまった。「古くて汚い部室に泊めます。寝袋持参。できるだけ若い人希望。」と書かれたその部分はなかなか魅力的であっただけに非常に残念なことである。本稿が関係者の目に留まり、その結果、同研究会が来年度版に再登場することを願わずにはおれない。


 今回の版で評者にとって意外だったのはイギリスである。前回のイギリスの登録者には際立って高齢者が多く、ややさみしさを感じさせる但し書きが支配的であったが、今回、世代交代が進んだようである。紙面にも心無しか明るさが感じられる。円滑な世代交代はエスペラント運動の最重要課題であるが、これもイギリスのエスペラント運動の状況を反映してのことであろうか。 もちろん、今世紀初頭生まれのエスペランチストのgastigantoというのも貴重な存在であることは言うまでもない。かつて評者は1920年生まれのイギリス人エスペランチストと話す機会を持ったことがある。その時なんとなく戦時中のことを尋ねたところ、「徴兵拒否して監獄におったから戦争いってへん」という言葉が返ってきた。そのあまりにエスペランチスト的なエスペランチストしてのありように評者はおおいに感動を覚えたことが忘れられない。そのほか、イギリスではロンドンの部分に見えるkunportu dentobrosonという但し書きも光っている。どのような経験が登録者にこの簡潔な要求を書かせたのであろうか (注8)


 モスクワの東600kmにあるというCheboksaryも目立つ。ここの登録者は前回0であったが、今回、突然13人が掲載されている。しかもみな10-20代、郵便番号、電話番号も似通っている。彼らがしめしあわせて登録したことはほぼ間違いないが、この大きくはないであろう町でいったい何が起こったのか興味が持たれる。画期的なエスペラント普及法がエスペラント発表後111年目にして遂に見つかったのかもしれない。教職員エスペラント会は直ちに調査団を派遣すべきであろう。しかしこの出現の唐突さはまた突然の消滅をも予感させるに十分であり、今後の数年間、Cheboksaryからは目が離せない。追跡調査の結果はどうでるであろうか。読者諸氏も独自の分析をしてみてはいかがであろう。本稿のキーワードとも言える主体的解読を通してパスポルタセルボが昨日までとは違った存在として感じられるようになるはずである。ポケットに容易に入ってしまうこの小冊子の持つ潜在的可能性には侮れないものがある。


 さて、現在の世の中、95年当時の愚かな騒ぎは止んだとはいえ、計算機の普及は依然めざましい。パスポルタセルボでも今回からskribe/telefoneに加え、reteという連絡方法の指定が加わった。電子郵便の宛先記載者の割合も、数え上げる根気を評者は持たないが、かなり増えていることであろう。日々、過去の遺物的扱いを受けることが多いエスペラント界も変化していることを再認識する。この流れにそって新手の条件記載が現われた。Kultura Esperanta Festivaloの組識者として知られるヤコブ・ノルドファルク氏である(注9) 。adreso haveblas retpos^teとあり、電話番号も住所も省略されている。96/97年版で誤植があったことに懲りたのか、昨夏、肩まであった髪を切り落としたことと関連があるのかは不明であるが、同時に住所記載がないにも関わらずskiribe/reteと書かれているのも不可解である。ちなみにヤコブの上に記載されたキムは評者が勘違いしたように朝鮮系名ではなく、デンマークではよくある名前だそうである(注10)。 計算機といえば、計算機網に触れたことあるエスペランチストの多くが利用した経験を持つに違いないFlavaj Pag^oj de Esperantoの管理者、マーティン・バイヒェルト氏がイェーテボリの項から消えた。Esperanta frenezuloを自称する氏であるが、近況に大きな変化でもあったのであろうか。イェーテボリに向かう途中で風邪に罹ったためちょうど同じ時に風邪をひいていたマーティンといっしょに風邪薬をすすったことが思い出される。そのイェーテボリ滞在の大半を寝て過ごした評者には気になるところである。


 ここまでPasporta Servo 1998が評者の手元に届いた晩、それを眺める評者の頭の中を去来したことどもをいくつか書き連ねてきたが(注11)、実は本稿の目的はこのように興味深いパスポルタセルボへの注意を喚起し、拙文読者諸氏に登録を勧めることにある (注12)。 購入すれば千何百円もするパスポルタセルボが登録するだけで送られてくるのである。 無料である。下手な本よりはずっと楽しめる。それが、今から船便で登録書を送ればたった100円程度の投資で手にはいるのである。エスペラントをかじったのであればこれを楽しんでしまわないのはいかにももったいない。しかも、万が一旅行などをしなくてはならなくなった時に無料宿泊先を探すために使うこともできるのである。なんとも憎い存在である。登録した結果、本当に宿泊依頼が来たら困るではないかというのであれば、 1g, 1t, 10sem. antauxe, nef. Dorms. 1-c^ambra, nur samag^ulojとでも呪文を書いておけばよい。これでも不安なら10のところを20位にしておけば間違いない(注13)


 このようなgastigantoの在り方に対しては異論を唱える向きもあろうかと思われるが、今年版の表紙にも書かれているように「パスポルタセルボはエスペラントが有用で機能していることを具体的に外部に(非エスペランチストに)示す」ことも目的の一つとしているのであるから、登録者数の増加にどういう形であれ貢献することは十分意味のあることなのである。もちろん、複雑で満たすことの困難な宿泊条件が増えれば増えるほどパスポルタセルボを読む楽しみが増すことも忘れてはならない。最後にもう一度、蛇足であることを知りつつも評者が本誌読者に訴えたかったことを繰り返しておく。

載せることに意味がある。

 なお、本稿「個人的書評」に評者の誤読・誤解が多々あることを恐れるが慎んで編者・読者諸氏のご海容を乞う次第である。

感想をこちらまで頂ければ幸いである。