書評



社会言語学的視点からみた手話

山本おさむ『わが指のオーケストラ』全四巻(秋田書店1991年)

山田 寛人


1.はじめに

 山本おさむ氏の作品の中でよく知られているものは、ドラマ、映画にもなった『遥かな る甲子園』双葉社1985(注1)である。これはとりあげた主題が野球ということで多くの注目を集めたようである。また最近ではこれも映画化される『どんぐりの家』小学館も有名である。ところが、それ以上に名作と考えられる『わが指のオーケストラ』はあまりよく知られていない(注2)。それはとりあげた主題が社会言語学という非常に注目を浴びにくいものだったからだと想像される(注3)。

 この作品は川淵依子『指骨』をもとにしたものである。これは「一人のろう教育者であ る父を、また、その父に協力した母の姿を、娘の目を通して書いたもの(注4)」だという。つまり今回とりあげた『わが指のオーケストラ』は実話をもとにして書かれたものという ことになる。

2.あらすじ

 1914年大阪市立盲唖学校の教師に赴任した高橋潔がこの物語の主人公。彼はこの学校で 手話の必要性を感じ自らも学び、学校全体としてもろう教育には手話がもっとも適した ものであるとの方針で、手話の研究にも力を入れていた。この時期、ろう教育に於ては 手話による教育が主流だった。なお、以下の文章では、手話による教育を「手話法」と よぶ。

 一方、1920年頃名古屋盲唖学校では橋村徳一という教師が、発声および読唇による意志 疎通法である「口話法」を研究していた。また自身の娘がろう者であった西川吉之助、 欧米で「口話法」を学んできた川本宇之助の三人によって日本のろう教育は「手話法」 から「口話法」へと大きくその流れを変える。

 この「手話法」と「口話法」の対立がこの作品の主題である。どちらの方法がろう児の ためになるのか、という問題である。

 「手話法」の利点として描かれているのは、手話を知らないろう児が言語のない混沌の 世界から、手話によって世界を分割し言語を獲得していく様子である。それを読むとあ たかも映画「奇跡の人」の結末の部分が思い出される。しかしここでの描き方はあれほ ど単純ではなく、生徒である一作の言語獲得の過程についてだけでかなりの紙幅をさい ている。

 一方「口話法」を推進する人たちは、手話が一般につうじない世の中では、結局多数派 言語である音声言語を獲得しないことにはろう児の将来は暗いという現実を直視してい た。その場面は、ろう児をもった父親西川吉之助の「手話をし ろうあ者という事がわ かると世間の人は劣者・弱者・欠陥者として卑しむ事さえするであろう/我が愛するは ま子には そのような辱めをうけさせたくはない/障害はあれども普通の子として育て たい/せめて外見だけでも普通の子として・・・…(注5)」ということばとともに描かれている 。

 この現実についての悲惨な実話として第22話「50円50銭」は描かれている。関東大震災 のときに多くの社会主義者や朝鮮人が虐殺されたことはよく知られている。「50円50銭 」が言えないために殺された朝鮮人と同じ様に、「50円50銭」が言えなくて殺されたろ う者も多かったという。

 「口話法」推進者たちの努力の末、発声・読唇のじょうずな子どもたちが少しずつあら われてきた。その一部の成功例が大々的に宣伝されていく様子と、大部分のろう児たち がその技術を中途半端にしか身につけられず、しかも手話を禁じられて意志疎通の手段 をうばわれていく様子が対照的に描かれている。

 この対立は、「口話法」に希望をたくすろう児の親たちとの対立にも発展していく。ま た、ろう学校内では手話を使うことが「口話法」のさまたげになるとして弾圧が加えら れ、それをめぐる教師同士の対立もあらわれる(注6)。

 そのような中から、「手話法」も「口話法」も万能ではないという考えから両者の併用 法が提唱される。「口話法」だけでうまくいくろう児は全体の3割程度という現実のま えで、それぞれの生徒にあう教育を行おうというわけである。しかしながら、この考え 方も「口話法」推進者たちからは大きな批判をあびることになる。そしてついに1933年 全国聾唖学校校長会総会において文部大臣鳩山一郎が「口話法」を推進する訓辞を行い 、ろう学校では手話を禁じ「口話法」で教育を行うという方針が事実上決定され、その 後の日本のろう教育の道筋が定まった。

 この作品のクライマックスはこの校長総会における主人公高橋潔の大演説である(注7)。その中から一部を紹介する。

聾唖者は少数者であり手話は少数者の言語です/正常者は多数者であり音声言語は多数 者の言語であります/故に少数者は多数者の犠牲になれと申されるのでしょうか/正常 者の立場に立ち彼等に正常者の言語を強要し正常者と同様になれと申されるのでありま しょうか(・…)日本語を自分の耳で聞いた事のない聾唖者に日本語を教える事のために 六年も八年も棒にふらなければならず/しかもその間子供の心の教育はおあずけとなる のであります/口話学校は単に日本語学校会話学校/ないしは治療所矯正所としか私に は見えないのです(・…)彼等には手話こそ最も自然で解り易い言葉なのです

 この演説が、多くのやじのなかで語られる様子が20頁あまりにわたって描かれている。最後に、原作者の川淵依子氏の「あとがき」からふたつの部分を引用し味わってみたい。ひとつめは「あるろう学校の教師が、自分で手話をやりながら話した」ときに、それを聞いていたろう者のひとりが「本当にうれしく、すばらしいと思いました」と発言したことに対し、川淵氏は「この当然のことを、こんなにうれしいと思うような今までのろう教育に、大きな憤りさえ感じました。」と述べる。

 もうひとつは「口話教育を特に表看板としてこられた学校長の話に、手話通訳がつきました。我が教え子に自らきびしく禁じた手話をもって、通訳させなければ通じない、この矛盾をどのように感じられたか・・・…。」

3.手話の社会言語学的関心

 この作品の主題であった「手話法」対「口話法」は、ある意味で世界各地に存在してい る「大言語」と「少数言語」との関係におきかえてとらえることもできる。上で述べて きたような言語差別だけでなく、同じ地域で話されている「大言語」である日本語から 流入した「外来語」が多く存在するのも多くの「少数言語」と共通している点である。 しかし手話の場合、それに加えて、言語とさえ認められず「手まね」などと呼ばれる偏 見も存在する。この点に関して言えば、「人工語」という汚名をかぶせられたエスペラ ント語とも共通点をもっていると言えなくもない。

 また、手話の標準語制定の問題は、文字をもたない言語が文字をもつようになり正書法 を設定しなければならなくなる状況にも似ている。現在、テレビなどの媒体を使って手 話が放送されるためにそこで使われる手話が権威をもちつつある。このような標準語制 定の過渡期には、非母語話者である「健聴者」の方が辞書などを用いながら「正しい」 手話を提示したりする事態も生じる。

 さらに「日本手話」と「手指日本語」との対立の問題もある。前者はふつうにろう者が もちいる手話であり、後者は日本語(音声言語の)の語順に手話の単語を置き換えたも ので、手話というよりも日本語を基礎にした言語である。手話を学ぼうとする「健聴者 」の多くが学ぶのは「手指日本語」である。そのため「日本手話」が日本語とは全く別 の構造をもった独立した言語(朝鮮語や英語のように)であるという認識がもたれにく い。それどころか「日本手話」は、ろう者の用いるわけのわからない「手まね」であっ て、「手指日本語」こそがまともな手話だと誤解する人さえいる。

 手話を母語とする人は何もろう者に限っているわけではない。ろう者の両親をもつ健聴 者の子どもは当然手話を母語とする。その場合、音声言語も獲得するのでほとんどがバ イリンガルである。バイリンガル教育研究の分野では、強大言語と弱小言語の両方を母 語とするバイリンガルはよくとりあげられる主題である。手話と音声言語を母語とする バイリンガルもそのような人々と多くの共通点をもっている。

 ろう者の国際交流におけるアメリカ手話(ASL:American Sign Language)帝国主義も、英語帝国主義のもつ問題点を共有している。1991年に世界ろう者会議が東京で行われた際には、ジェストゥーノ(Gestuno)という人工的につくられた国際手話(音声言語で言えばエスペラントにあたる)の存在がある程度知られてはいたものの、実際にはアメリカ手話で話す場合が多かったという。国際交流をするならアメリカ手話を学ぼうということになるらしい。

 国際手話、ジェストゥーノ運動に対しては「自然な手話の使用を主張する人々の反対や、特定の手話から語彙を選択したことへの反発があった。現在、世界の聾者団体は自然発生する手話形の使用を勧めている(注8)。」という。これはエスペラントが受けてきた、人工語アレルギーによる反論と酷似している。

 また、「台湾と韓国の手話は日本の占領の結果であり、日本手話と同根であるという人 もいる(注9)。」という。実際、現在の韓国手話と日本手話の語彙は六割以上が共通しており、通訳をかいさずに話が通じてしまうほどである。

 以上のような手話にかんする社会言語学的に興味深い問題点から学ぶべき点は、手話は言語であるという当然の認識をもつ必要があるということである。そのためには手話を用いるろう者を「障害者」として見るのではなく、「異民族」としてみる方がよいかもしれない。実際、ろう者の中にいると、あいさつや自己紹介の仕方、生活の中での常識などのあまりのちがいに戸惑うことがある。完全に異文化なのである。手話に関しては社会言語学的に興味深い問題点が多く存在する。しかし手話に関する研究もやはり言語の構造にかかわる研究、いわゆる「言語学的」なものがほとんどで、社会言語学的な視点をもった研究は少ない。手話に関する社会言語学的な研究の出現がまたれる。



注1:マンガの総目録とも言うべき、1000作品を解説した『別冊宝島257このマンガがすごい!』1996:17、また2000作品を解説した『別冊宝島317日本一のマンガを探せ!』1997:173 においてもとりあげられている。

注2:注1であげたふたつの総目録には紹介されていない。

注3:もちろん著者の山本おさむ氏は社会言語学を主題に作品を書いたとの自覚は恐らくなく、障害者問題として書いている。多くの読者も障害者問題としてこの作品を読んでいるだろう。

注4:第4巻:あとがき

注5:第2巻:108-109頁

注6:第3巻:202-205頁

注7:第4巻:123-146頁

注8:シンシア・パチキ(神田昌明/神田和幸訳)「世界の手話の対照言語学」『言語』1998年4月:56頁

注9:同上:57頁


「不老町だより」第3号
社会言語学会