心が生まれた惑星・進化


Prologue


35億年の生命の進化の中で、6億年前に誕生した「脳」
その脳に初めて「心」と呼べる機能が宿ったのは、
6万年前のネアンデルタール人が友の死に涙したときにはじまった。

高度な脳の、高度な機能―心


地球に生命が生まれて35億年。すべての生物は長い時間をかけて進化し、現在の形態を獲得した。脳もまた例外ではない。初め単純な形だった脳は次第に複雑になり、複雑になるにつれて、より高度な機能を獲得していった。脳の最も高度な機能、それを「心」と呼ぶことにしよう。

1. 脳の進化を探る旅

心はどこにあるのだろうか。

東京大学医学部解剖学教室の養老孟司教授によると、心は脳の機能であるという。機能であるから見ることができない。実体を手にすることもできない。しかし、心は存在する。

一方、脳は神経細胞の塊である。人の脳は大きく三つの部分に分かれている。大脳、小脳、そして脳幹である。これらを構成している神経細胞はお互いに複雑なネットワークを作り、その中を情報が駆けめぐってさまざまな機能を果たしている。養老説に従えば、この情報の流れそのものが心であるということになる。もし、情報の流れをすべて解明することができれば、人間の心の秘密も白日の下に明らかになるはずである。しかし、その情報の流れは、あまりにも複雑である。

人の脳の重さは、成人でおよそ1200-1500g。大脳は、左右二つの半球に別れている。大脳の左右の半球は、約2億本の神経繊維の束である脳梁によって連結されており、新皮質と呼ばれる大脳表面は、脳回(大きな皺)や溝によって前頭葉、側頭葉、頭頂葉、後頭葉に分けられる。また、大脳の奥には大脳基底核があり、この近くに、視床、視床下部、脳下垂体がある。また、大脳基底核を囲むようにして、扁桃核、中隔、海馬、帯常回などがあり、新皮質に対して旧皮質・古皮質と呼ばれるこれらをまとめて、大脳辺縁系と呼ぶ。

進化の歴史の中で、脳はなぜ形を変えていったのか。

この複雑な脳は、一時にできあがったものではない。はじめ、脳は一本の管であった。管の後ろの端は、のちに脊椎となる部分につながっていた。やがて、管の前の方が、真ん中、後ろが別々に膨らみ、次第に現在の形に近づいてきた。

この管の前部が大脳、後部が小脳である。そして、脊椎につながる部分が脳幹となった。真ん中の部分、中脳は、人の脳では大脳の内側に包まれ、外側から見ることはできない。このように脳の形態が進化するにつれ、脳の高度な機能である心も進化してきたと考えられる。
では、なぜ管が膨らんだのか。それは、生物が生きていくうえで、その変化が必要だったからである。

生物が生きていくためには、嗅覚、視覚、聴覚、触覚など、さまざまな情報を処理する必要がある。そして、進化した生物ほど多くの情報処理を必要とする。生物が進化するにつれて処理する情報が増し、必然的に、対応する脳の部分が膨らんでいったと考えられる。

脳は初めはまっすぐな管であったが、進化のある時期に折れ曲がり、脳幹の部分がほぼ垂直に下に向くことになった。これは、私たちの祖先が直立二足歩行を始めた事に関わりがある。立ち上がることにより頭と脊椎の位置関係が変化し、脊椎につながる部分が下に折れ曲がる必要が生じたのだ。進化し、巨大化するにつれて、やがて大脳の中にさまざまな機能分化が起こるようになった。



Epilogue


脊椎動物の脳は、5億年以上の歳月をかけて巨大化し、人の脳へ進化した。しかし、その巨大化は古い部分に新しい部分を付け加えるという方法で行われたため、人の脳は大きな矛盾を抱えることになった。

最も大きな矛盾は、一つの脳の中に、新しい脳(大脳)と古い脳(大脳辺縁系)とはけっして一体ではなく、抑制と興奮というフィードバック・システムで結ばれながら、別々に活動している。また逆に、新しい脳の力が強すぎて、古い脳の活動が抑え込まれることもある。

二つの脳はいつもせめぎあい、その微妙なバランスの中に私たちの揺れ動く心が生まれる。そして、二つの脳のバランスがいつも中庸に保たれているわけでないことは、歴史が教えている。

ソレッキ教授はいう。
「ネアンデルタール人の花を愛する心は、私たちの脳の中にも受け継がれているはずです。彼らは動物的な心の状態を抜け出し、最初の人間性を示した人々でした。人間性とは新しい脳と古い脳、理性と感情が調和する事ではないでしょうか。

一方、私たちの祖先、現代型ホモ・サピエンスは新しい脳の機能を肥大化させ、効率を追い求め攻撃性を亢進させることで進化の戦いに生き残ってきました。

新しい脳が生んだのは都市文明であり、文字であり、さまざまな武器です。しかし、今私たちの文明はあまりにも強力な武器を持ち、これ以上の戦いは種の滅亡を意味するまでなりました。」

私たちの中の人間性は、効率を追い求める文明、より攻撃性を尊ぶ社会の中で、抑圧されている。その文化や社会は新しい脳が生みだしたものである。

進化の観点に立つと、新しい脳の専制が、現在、私たちが抱えるさまざまな問題を生んでいることがわかる。今後、新しい脳と古い脳を調和させ、社会の中に人間性を取り戻していけるかどうか、それが、私たちの行方を決めることになるだろう。



脳は、いまだ進化の途上にあるのだから。




脳と心1(NHK出版)

脳の進化 編集後記

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