脳が世界を作る・知覚


1. 外の世界を知るための、さまざまな感覚

脳の働きの基本―コラム

一つの刺激に対して、大脳皮質の縦に並んだ神経細胞が反応する。この縦に並んだ柱状の構造をコラムと呼ぶ。

「見る」という場合はどういう情報処理が行われるのだろう。

視覚の情報処理の研究は、今から30年ほど前、アメリカの生理学者デビット・ヒューベルとトーステン・ウィーゼルの研究によって飛躍的な進歩を見せた。彼らは、見ているものの線の傾きによって、反応する神経細胞が異なることを発見したのである。

目で見ている情報は、光の刺激をしてまず目の網膜に入る。網膜には、一億数千万個もの細胞が並んでおり、光はそこにあたって、電気の信号に変換される。その情報は視神経を通って、外側膝状体というところで中継されて後頭葉にとどく。視覚情報が最初に大脳新皮質に到着するのは、後頭葉の視覚野と呼ばれる所である。ヒューベルとウィーゼルが発見した、線の傾きに反応するコラムはここで見つかった。

1958年のある日、二人は猫の大脳皮質野で神経細胞の活動を電極で記録していた。小さな丸い形を猫に見せて(つまりそれが視覚刺激となる)神経細胞の反応を調べていたのだが、コラムの中に縦に並んだ神経細胞のそれぞれの反応がどうも弱い。しかし、小さな丸い形を動かしてみると激しく反応するときがある。

5時間近くたって、ヒューベルとウィーゼルは、何が反応を引き起こしているのか気づいた。小さな丸をスライドグラスに貼って、それをスクリーンに映して猫に見せていたのだが、猫の神経細胞はこの小さな丸ではなく、スライドグラスの縁に反応していたというのである。

線の傾きによって反応する神経細胞の発見は、視覚の情報処理が脳ではどう行われているのかを研究する突破口となった。しかも、少しずつ傾きを変えてやると、そのとなりの神経細胞が反応することを見つけている。10度の傾きに反応する神経細胞、20度の傾きに反応する神経細胞と、順に並んでいるというのである。

この10度というのはたとえ話で、実際は連続して並んでいると考えれば良いそうであるが、とにかく脳で見ることの第一歩は、まず見ているものの線を分析することであり、その仕組みは脳の中にきちんとできあがっている。

ヒューベルとウィーゼルは、この業績で1981年にノーベル生理学・医学賞を受賞。同じ働きをする神経細胞が柱状に並んでいるコラムを、大脳新皮質の情報処理の基本的な単位として位置づけたのであった。

「新しい脳」である大脳新皮質の働く仕組みはどこでも同じである。つまり、コラムという縦に神経細胞がつながった単位で働いている。信号を送る生きた電線がつながっているだけの構造である。それが場所によって、見たり、聞いたり、言葉を操ったり、計算したり、事を予測したり、絵を描いたり、詩を作ったり、未来を予想するのである。

思考・創造といった脳の働きは、私たちが一番知りたいことであるが、残念ながらまだまったくといっていいほどわかっていない。ただ、その情報処理のやり方は、大脳新皮質ではみな同じだということになる。したがってここでは、今一番研究が進んでいる視覚の情報処理、「見る」ということを通して、大脳新皮質の仕組みを、そこから生み出される心を探ってみることにする。

2. 視覚の不思議

「おばあさんの細胞説」という考えがある。視覚情報が32のエリアで独立に分析され、その結果として、今見ているものが何であるかわかるのはどういう仕組みによるのだろうか。この、一番知りたい問いに対する一つの考えが、「おばあさんの細胞説」である。

これは、脳のどこかに、貴方にとって大切なおばあさんを認識する細胞があって、その神経細胞=おばあさん細胞が反応することによって、おばあさんであることがわかる、という説である。一つのものに対して一つの神経細胞が対応して初めて知覚が成立するという考え方である。

しかし、現在研究者達が支持しているのは、「分散細胞説」である。いくつかの細胞、あるいは細胞群で、一つのものを認識しているという考え方だ。

いずれにしろ、神経細胞は、情報処理を重ねる過程で、以前に見た何かとの照合をしていくにちがいない。その結果、最終的に、見ているものが何かがわかるのである。

3. 五感から伝えられる刺激

視覚、触覚、聴覚といった、いわゆる人間の五感は、すべて別々に情報処理される。目、耳のように感覚器も異なれば、それを分析する大脳新皮質のエリアも異なる。しかし、最後まで別々でいいはずがない。外の世界と触れた世界、聞こえる世界が一つに合わさらなくてはならない。そうでなければ、今目の前で見えている犬と触っている犬とが一致しないことになる。

どこでどういうふうに情報が合わさっているのか。途中までは、各感覚が独立して処理されている。もともとはばらばらのものなのだ。それを合わせていくことこそ脳の働きで、現実の世界で矛盾が起こらないようにしているのである。

私たちの感覚は、それぞればらばらの情報を脳の中でつじつまを合わせているわけだが、聴覚より視覚の方が優位であり、視覚より触覚の方が基本的な感覚と言えよう。ただ、触覚という感覚をあまり重視しなくなった現在は、触って確かめるということをしなくなったので、視覚情報に振り回されているのかもしれない。

見えているのに見えていない。


脳の第四次視覚野は、色を判断するエリアであるが、もう一つ、脳の特徴的な働きをする。

NIH(アメリカ国立衛生研究所)のロバート・デジモン氏の研究によれば、ここにあるニューロンは、注意がほかに移ると反応をやめてしまう。

サルに、たとえば、コップと紙を見せる。コップに反応するニューロンを見つけて反応を見ていると、注意が紙に移るとそのニューロンの反応が止まるというのである。目に映っているのだから、もしこれが第一次視覚野のニューロンだったらかならず反応する。しかし、ここ第四次視覚野では、必要のない情報については、もう処理するのをやめてしまうのである。

たしかに、すべての感覚情報を同時並行に情報処理するのは大変なことだ。脳は最も効率よく働くようにできているらしい。自分にとって大切な情報を処理すれば良いのである。

「カクテルパーティ効果」というのは良く知られている。パーティでがやがや騒がしい所でも、自分にとって親しい人の声はすぐに聞き分けられる現象をいう。これも、脳が自動的に、大切な信号をフレームアップして、あるいは他の信号を遮断してしまって、たくさんある感覚情報の一部を選んでいるのである。

そして、この仕組みがわからないと、脳が外の世界を知覚して認識にいたる本当のプロセスを知ることにはならない。

脳は、全体で活動しながら、外の世界を認識する。そこにはその人の脳が持ついろいろな特性、つまり今まで経験したことや、記憶、感情などが合わさって、ある一つのイメージを脳の中に作り上げていく。同じものを見ても、人によってとらえ方が異なるのである。

「世界は感覚の束である」といったのは、哲学者ヒュームである。知覚して束ねる作業を脳がしている。束ね方は一人一人異なる。もし、心が脳にあると考えるのだったら、この束ね方を心と呼んでいいかもしれない。

脳が世界を作る。


私たちがとらえる世界は、脳が知覚し、脳が束ねた結果である。よりよく感じることが、より豊かな世界を生む。世界は、私たち一人一人の脳が作った、個性的な世界であるのだから。

脳と心2(NHK出版)

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