人生をつむぐ臓器・記憶


人生 それは、この時間とともに消え去ろうとする「いま」を、「むかし」として、
未来にととどめようとする記憶する脳の営みだ。


記憶は脳のどこで作られるか?


記憶は生み出しているのは、脳の中の海馬といわれる部分である。もともとの意味はタツノオトシゴのことで、形が似ていることからついた名前らしい。

海馬はおよそ4千万個の神経細胞からできている。よく見ると、海馬の断面に並ぶ神経細胞は中心に向かって環状に並んでいる。この神経細胞の配列が、横方向にもずっと同じように並んで、いってみれば金太郎飴のようになっている。そして、この構造こそが、海馬がスーパーコンピューター顔負けの記憶装置であることを物語っている。

わかりやすいように少し簡略化して描いた海馬の神経細胞の配線は次の通りだ。

目や耳からの情報は大脳新皮質で分析されたあと、まず海馬の中心にある歯状回とよばれる部分の神経細胞にいる。そして、そこからCA3,CA2,CA1という名前が付いた海馬の各部分の神経細胞に次々をバトンタッチされるように配線されていて、海馬を一周した後、再び大脳新皮質に送り返されていく。

海馬で記憶が作られるには、特定の海馬の神経細胞同士の間のつながりが強くなって回路ができる必要がある。しかし、これが永久に続く回路になってしまっては、次々脳に入ってくる新しい情報を記憶していくことはできない。

そこで、海馬の神経細胞には、情報が入ってくるとすぐに記憶し、しばらくたてば忘れてしまうような、都合のいい仕組みがある。海馬の神経細胞には、何度も何度も繰り返し電流が流れると、その回路に電気を流れやすくするLTP(長期増強)という特殊な現象を起こす性質がある。現在では、LTPこそが、私たちの多様な記憶を作る基本原理の一つだと考えられている。

海馬の記憶は数週間で消え始めるのに、どうして大脳新皮質の記憶は一生続く記憶になるのだろうか。大脳新皮質でも、海馬と同様、細胞同士のつながりが作られて記憶の星座が作られるのだが、LTPのようにタンパク質リン酸化によってシナプスのインパルスの通りを良くするという一時的なものでなく、それに引き続いて、シナプスの数や面積を増やして長期安定した回路を作ってしまうらしい。これには、遺伝子が関与していることがわかってきている。



何種類もの記憶を持つ人類の脳


人類は自分たちの記憶について、どれだけ知り得たのだろうか。私たちはこれまで、人類の記憶には知識やできごとを覚える海馬を使う記憶、動作や手続きを覚える海馬を使わない記憶があることを見てきた。

さらに、最新の記憶の研究によって、海馬を使う記憶は宣言的記憶と呼ばれ、さらにエピソード記憶と意味記憶に分けられる。

エピソード記憶とは、「昨日、友人と釣りに出かけた。」といったような、その人の個人エピソードにまつわる主観的な思い出の記憶である。一方、意味記憶とは「アメリカの首都はワシントンである」といったような、客観的な知識の記憶である。

一方、非宣言的記憶についても細分化が試みられている。「技の記憶」は、体を使った熟練機能と、頭の中でする暗算のような認知的技能に分けられている。そして、「プライミング効果」というのが、最近精力的に調べられている記憶の一つで、簡単にいえば、以前に一度見たものについては無意識的に思い出しやすいという効果を指す。

さて、記憶を時間的な側面から見ると、こうした分類のほかに短期的記憶という概念がある。これは電話番号を聞いてダイヤルするまでの間、頭の中で番号を諳んじるような記憶をいう。

記憶研究で有名なカナダのロットマン研究所のエンデル・タルピング教授は、最近、こうした人類の記憶分類を進化の観点から考察している。

これによると、まず最初に人類が手に入れた記憶は安定した行動をするための「技の記憶」であり、そのあと「プライミング効果」が生まれ、次第に「短期記憶」を身につけて簡単な思考ができるようになり、「意味記憶」を持ち始めて知識を豊富にし、最終的に「エピソード記憶」という個人史に関係した記憶を持ち始めたという。これは、赤ちゃんが大きくなる過程で習得していく記憶の順序でもあり、年をとっても消えていかない順序にも一致するのだそうだ。



記憶は人類の文明を創り、文明はついに人体の外部に記憶を持ち始めた。



人間の脳の特徴は大脳新皮質が異常に巨大化していることだ。このことによって、人間はその脳に知識と思い出と技を刻み始めた。そのなかでも、動物に一番近い技の記憶は、人のさまざまな妙技へと昇華していった。

それは、火を起こすことに始まり、リストのピアノ協奏曲を奏でる指先も、宙を華麗に舞うオリンピックの体操選手の妙技も、この技の記憶によって成り立っているといえる。こうした妙技は師匠から弟子へ、激しい修行によって人類の歴史の中に脈々と受け継がれてきたのだ。

一方、知識の記憶は親から子供達へ、家庭や社会の中で知識として受け継がれ、教育を通して伝えられ、人類の文明を築き上げてきた。

教育とは現在の脳を未来に受け継ぐことである。ある人が生涯をかけて編み続けてきた神経細胞の織物を、子供や弟子に受け渡し、その織物をまた編み続けていく営みだといえる。

そうすることで、人間は糸一本から編み始めるのではなく、先達の織物に手を加えていくことで、より素晴らしい文明を織り上げていくことが出きるのである。

そして、いつしか自分の脳の記憶力では支えきれない織物を編み始めた人類は、文字の発明により、その知識を人間の脳の外に記憶するという営みを始めた。その象徴は巨大な図書館の出現であり、20世紀半ばにはついに人類はコンピュータという、脳を遙かにしのぐ記憶装置を手に入れることになる。



人生をつむぐ臓器


人間の脳の細胞は、人体の他の多くの細胞と異なり、その再生を諦めた。そのはかない存在ゆえに、人は人生を編むことができるのである。

人間の記憶とは、遺伝子によってあらかじめ決められた行動から私たちを解き放ち、一人一人が等しく天から授けられ、その人とともにたった一度の生涯をともに過ごす140億個の神経細胞一本一本をつむぐことである。

そして、その人だけが体験した知識や思い出、技の数々を一生涯かけて脳の中で織り上げ、この宇宙にたった一つしかないその人の人生という素晴らしい織物を日夜織り続ける脳の営みでなのだ。人間の脳は、私が、私であるための臓器であり、人生をいう織物をつむぐ、驚くべき臓器なのである。

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