果てしなき脳宇宙・無意識と創造性



私たちの意識を、私たちの心を揺さぶる何かがある。


意識の奥底にひそやかに働きかける何かがある。



「脳と心」第六集のテーマは、「無意識と創造性」であり、芸術的な創造性だけでなく、宗教的な体験についても触れるつもりである。

読者の皆さんがたいへん興味を持つテーマだと思うが、人間の心の神秘に触れる最も奥深い問題あり、脳科学ではまだほとんどのことが解明されていない。しかし、それだからといって避けて通ってしまったら、人間の心を扱ったことにならない。それであえてこのテーマに挑戦したわけだが、十分に解明された事実より、推論の部分が多くなってしまうことを、あらかじめお断りしておく。



1.際限のない想像力や芸術的な創造性は、いったいどこにあるのだろうか?


ヒトの脳は、大脳新皮質が巨大化して不安定になった。

人類の脳の大きな特徴は、他の動物に比べて、大脳新皮質という新しい脳が極端に大きくなっていることだ。進化の上で最も新しい大脳新皮質は、哺乳類の進化とともに、徐々に大きくなってきた。そして、類人猿からヒトにいたる過程で飛躍的に増大を遂げた。

他の動物にとって、自分の五感で直接確かめられるもの、あるいは過去に直接体験したことが、ほとんど世界のすべてだろう。しかし、新しい大脳新皮質の中で最も新しい前頭葉は、今目の前に存在しない未来や、空間的に遠く離れた所で起こっているできごとを思い浮かべることができるし、他人の心を思いやったりすることもできる。

こうした能力は他の動物でも芽生えているのだが、人類、特に新人(現代がホモ・サピエンス)になって、次元の変わるような猛烈な発展を遂げた。そして、実際には存在しないものを際限なく思い浮かべる想像力をも人類にもたらした。



危ないバランスを保つために、強力な安定装置を必要とした。


ヒトの脳は、何の根拠もないのに、ただ呪いをかけられるだけで、死に追い込まれてしまう脆さを秘めている。自然科学の発達は、そうした、いわれのない脅しや魑魅魍魎たちを完全に追放したかのように思われた。しかし、本当にそうだったのだろうか。

そもそも人類の社会では、直接確認できる事実よりも、イリュージョンの方が遙かに重要な役割を果たしてきたと言える。私たちは、地球が丸いことを知っているし、今ではDNAの中に生命の設計図が描かれていることさえ知っている。しかし、それらの事実は、大部分の人達にとって、自分の手で直接確かめた事実でなく、ヒトから聞いた話、間接的な手段によって与えられた事実である。

人類は、自分の経験を越えた事実を、言葉のシンボルという形で受け入れて、そのシンボルを頭の中で操作することによって活動の範囲を広げてきた。その結果、クロマニヨン人の子孫達は、他の動物には考えられない文明を築き上げることができた。

際限なく肥大する知識や認識の基盤が他の人達と共有されている場合はいいが、それができなくなると、知識は妄想と見なされる。裏を返せば、他の人たちと知識や世界理解の基盤を共有し、その基盤を共同で支えていくこと、つまり文化が、頭でっかちの不安定な脳を安定化させる強力な装置なのだ。

しかし、人と人の調節だけで充分な安定化が図れるわけではない。ヒトの大脳新皮質が巨大化したとき、不安定になる脳の手綱を締める生物学的な安定化装置が一人一人の脳に内蔵されていたからこそ、人類は進化の歴史を生き抜いてくることができたのだ。

脳に内蔵された安定化装置とはいったいどのようなものか。
原始人の洞窟の外に広がる暗黒で跳梁した魑魅魍魎たちは、私たちの脳から完全に追い払われたのではなく、脳の安定化装置によって、心の奥深く押し込められているだけなのである。



天才と狂気は紙一重


人類の脳は大脳新皮質が極端に肥大化して不安定になった分だけ、非常に強力な安定化装置が必要になり、また、それが備わっているからこそ、人類は精神の自己崩壊を免れている。

しかし、この精神の安定化装置が強くなりすぎると、毎日が代わり映えのしない、無味乾燥な日々の繰り返しになってしまうだろう。狂気に近づいた芸術家達のことを思い合わせると、脳の強力な安定化装置のネジが少し緩めることを通して、芸術的な創造性を呼び覚ますことがあるのではないだろうか。



狂気の脳では、何が起こっているのか。


ムンクの「叫び」にも表現されたように、精神分裂病の患者はよく幻聴を体験する。傍らにいる人の声がはっきりと聞こえるという。

精神分裂病の患者の脳の、どこの働きが亢進しているか調べると、脳の表面の大脳皮質ではなく、内部の芯の方にある大脳基底核の活動が異常に亢進していることがわかってきた。

精神分裂病の患者の脳は、大脳基底核の働きが失調していて大脳からの思考の出力を一本に絞ることがうまくいかないから、思考が分裂する。大脳基底核は、巨大な新しい脳を支える、非常に重要な安定化装置なのだ。

激しい妄想や幻聴に悩まされる急性の患者に、非常に良く効く薬がある。ドーパミンという神経伝達物質のレセプターに蓋をして、ドーパミンによる伝達を妨げる物質だ。

最近の研究では、ドーパミン・レセプターの中のD4というタイプのレセプターが、分裂病の患者では健常者の六倍に増えているという。脳幹に近い黒質という部分から上がってくるA-9と呼ばれる神経の束が、大脳基底核に向かって伸び、標的の神経細胞に対してドーパミンを放出する。

大脳基底核が脳の安定化装置だとすると、その安定化装置のネジを緩めるのはドーパミンということになる。このドーパミンが、芸術的な創造性に深い関わりがあるのかもしれない。



創造性とドーパミン


前頭葉にもたくさんのドーパミン・レセプターが分布している。A-10ドーパミン神経は、前頭葉の神経細胞に実質的な情報を送り込むのでなく、他の神経細胞から前頭葉の神経細胞に流れ込む情報量を調節している。それで、ドーパミンが多く放出されれば、前頭葉の神経細胞への人力が増え、前頭葉が活発に働くようになる。

前頭葉に伸びるA-10ドーパミン神経が、ある限界を超えて興奮し始めたとき、ドーパミンの過剰放出に対してブレーキのかかるのが遅れる。そのため、ある時間の間、ドーパミンがどんどん放出され続け、前頭葉の活動が加速度的に高まってゆく。創造の瞬間はこのようにして訪れるのではないか、という仮説がある。



2.宗教的体験は、脳の安定化装置の緩みから起きてくる?



宗教を創始した人の多くは、「変性意識」を体験している。

脳の安定化装置のネジがゆるんだ結果もたらされる心の状態を、「変性意識状態」という。意識が通常とは違った状態になる。という意味だ。創造の瞬間にも変性意識が深く関わっているが、人が深い宗教的な体験をするとき、やはり変性意識状態が重要な働きをする。

これまで、みずから宗教を創始した人々を振り返ってみると、たとえばキリストは、イスラエルの荒野、テンプテーション・マウンテンでの40日の修行でさんざん悪魔の幻覚に悩まされたし、マホメットも、てんかん発作の前兆の中で天国を見せられる体験をしたと伝えられている。

日本でも、多くの新宗教の教祖にとって、変性意識の体験(神がかり)が、宗教的体験の核心をなしている。既存の宗教の教えに従うのではなく、みずから新しい宗教の道を切り拓いた人達は、人生の途上で、何らかの理由で脳の安定化装置のネジが緩み、その緩みが深い宗教的体験をもたらしているようだ。



肉体の修行を通して脳の安定化装置を緩める「行」


日本では、言葉を使ってあれこれ頭で考えるのではなく、肉体に試練を課し、肉体から脳に上がってゆく情報を通して脳に働きかけることによって、脳の働き方のパターンを根本的に変えていこう、という「行」の伝統が行き続けてきた。

荒行でも、極度の睡眠不足や空腹、単調な読経が続くと、不思議な体験がいろいろ起こってくるらしい。真言宗を開いた空海も、修行中に超現実的な体験をしている。室戸岬の近くの洞窟でただ一人、虚空蔵求聞持法をひたすら修していると、明星が口に飛び込んできたという。



キノコや植物を使って、安定化装置のネジを緩める


何もしない断食とは対照的に、メキシコでは古代から、幻覚を起こすキノコや植物が宗教的儀礼に使われてきた。

16世紀の初め、アステカ帝国を征服したスペイン軍に同行した医師は、原住民がキノコを食べて恍惚状態になり、神と対話したと報告している。
現在でも、メキシコ中南部やガァテマラの山丘地帯では、キノコを宗教的な儀式や民間医療に使うクランデーロ(呪術医)が活動を続けている。

幻覚を起こすキノコは、シロベという種類で、成分はシロシンとシロシビンという物質で、分子構造が、神経伝達物質の一つであるセロトニンと非常によく似ていることがわかった。脳の中のセロトニン・レセプターに結合して、セロトニンの働きを強めることによって幻覚を引き起こすらしい。

代表的な幻覚剤のLSDも、セロトニンやシロシン、シロシビンと共通の構造を持っている。LSDを飲むと、身のまわりの何でもない鈍い色彩のものが色鮮やかになり、輪郭が虹色に滲んだり、歪んできたりする。こうした幻覚は、LSDが一部のセロトニン・レセプターと結合して、セロトニンの働きを増強することによって起こる。

幻覚キノコの成分であるシロシンやシロシビン、LSDは、主に前頭葉のセロトニン・レセプターに結合するらしい。目や耳から入った感覚情報は、脳の心の所にある視床を通ってそれぞれの感覚野に届けられるが、さらに前頭葉に送られた後、再び視床に情報を戻して、外部から過剰な入力が入らないように、視床にフィルター機能を果たさせている。視床は脳への入力を絞る第二の安定化装置なのだ。

前頭葉のセロトニン・レセプターに幻覚キノコの成分、シロシビンが付くと、前頭葉から視床へのフィードバック・ループが妨げられる。その結果、視床のフィルター機能が破綻して過剰な情報が入ってくる。外部からだけでなく、脳の内部に記憶されていた情報もどんどん前頭葉に入ってくるようになる。このようにして、幻覚が現れるらしい。

幻覚はまさに視床という安定化装置の緩んだ結果起こる現象であり、セロトニンは、脳の安定化装置のネジを緩めるもう一つの物質だといえるのだ。

同様に、断食でもセロトニン・レセプターの数が増加し、セロトニンに対する感受性が高まり、幻覚が生み出される。



3.創造性の源は、人間が持つ深い無意識の世界にあるのかもしれない。


無意識の世界に下りていくと、まず個人的な無意識の層がある。

人類の発達した大脳新皮質は、実にさまざまなことを想像したり、考え出したりすることができるが、一刻一刻、一つの結論に従って行動しなければならない。

いつまでもたくさんの可能性を抱え込んで結論を出さずにいると、社会に適合して生きていけなくなるので、ある可能性を選び、他の可能性を切り捨てて先に進むことになる。この切り捨てたはずのものが、実は無意識の中に仕舞われてるらしいのである。ただ、そうした他の可能性がたびたび意識に上ると、過去に自分が下した決断がぐらつく、果たしてあれで良かったのかという迷いや悩みが生まれ、混乱を招くのでそう簡単に意識の表面に浮上しないような、抑え込まれているのだ。

人は、成長するにつれて、少年時代からの脱皮を求められる。社会に適合するための戦いの中で、少年時代のことは忘れていく。個人的無意識とは、こうした少年時代の思い出や、その人が人生のどこかで出会った驚きや喜び、そして深い悲しみの体験、かつて持っていた人生の潜在的な可能性が仕舞われている世界なのだ。

個人的な意識より深い層には、集合的無意識の世界がある。
個人の体験を越えて、民族に共通した、あるいは人類に共通した、心の動き方の原型がここに潜んでいる。

この集合的無意識の世界は、長い間人々に語り継がれてきたおとぎ話にうまく結晶していることが多い。心の奥底にある願望や恐れ、秘められた残酷さなどもさりげなく表現されていることがある。

ユングは、こうした深層での根源的な心の働き方を表すイメージを「原型」と呼んでいるが、いくつかの象徴的な人格が含まれている。たとえば大母(非常に頼りになるが、同時にこちらを飲み込んでしまいかねない恐ろしさを併せ持つ母)、老賢者(深い知識と心の広さを備えた白髪の老人)などが代表的だ。

この集合的無意識のレベルでは、自分と他人を隔てている壁がなくなる。このレベルまで下りれば、相手の心の奥底がよく見えるようになるらしい。



4.解明されない脳宇宙の謎。



ネアンデルタール人たちより大きい前頭葉と発達した言語野を持ったクロマニヨン人の子孫である私たちは、言語のシンボルを頭の中で操作することによって、比類ない文明を生んだ。そして数々の発見を積み重ねることによって、人類を長年の呪縛から解き放ってきたことも確かである。しかし、世界を改造する止めどもない力の行使が、ついに深刻な地球汚染として、私たちに跳ね返ってきた。

人類の脳は、今後もずっと、このままの状態で続いていくのだろうか。社会の中で競い合いながら生きていく多くの人間が、不可逆的に身につける人間の本性。未来永劫、人類の続く限り、この人間の本性を土台として、あらゆることを考えていかなければならない。

臨死体験者の多くは、自分が生きていることに対する感謝の気持ちが湧いてきて、他の人達に深い思いやりがもてるようになる。しかもこうした人格の変化は、簡単に元に戻らない。もしこのような人格の不可逆的変化が大勢の人に起きたら、社会は大きく変わって行くのではないだろうか。それはまさに、人類の意識の進化だ。

しかし人間の脳は、安定化装置を緩めると無防備になり、非常に操作されやすくなる。世の中は、この弱みにつけ込んで人の心を弄ぶ落とし穴に満ち満ちている。

これまで社会がこれを禁忌(タブー)としてきたことには、それなりの重い意味がある。手軽な方法で脳の安定化装置を緩めようとしても、体験するのは深い意味を持たないものばかりで、脳の不可逆的な荒廃という大怪我をするのがおちである。

これまでのように、選べれた芸術家や少数の宗教家ばかりでなく、私たちのような平凡な一市民が、注意深くさまざまな危険を避けながら、深い集合的無意識の世界を体験し、自分の奥深く眠っている創造性に目覚めることを通して、他者との深いつながりに気づくことが求められていくのではないだろうか。

脳と心6(NHK出版)

脳と心の未来へ 瞑想の想像力

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