遺伝子研究が生む幸福と不幸


本来、生命というのは自然のものです。それに、遺伝子組み換えとかクローン技術、遺伝子治療などといった人工の操作を加えていますが、はたして、自然の摂理に対して、人間は何処まで手を加えていっていいのでしょうか。

たとえば、人間を見ると男性で生まれてくるか、女性で生まれてくるかは偶然であり、自然の摂理そのままです。つまり、新しく生まれてくる人間の生命が、人為的に手を加えられることによって、違った変化を起こすようなことはすべきでないと思います。

ただし、技術的に十分可能になれば、遺伝病を治すために遺伝子を操作することは許されるでしょう。しかし、どこまで、人間が手を加えていいかはっきりさせなければなりません。

これは、日本やアメリカだけだというより、全人類として共通のガイドラインを早急につくる必要があります。

次に問題なのが、人間がどこまで手を加えていいかということです。これは非常に難しく、人間でなければ、羊や犬ならいいのかという問題も出てきます。

現在、行われている遺伝子工学は、たとえばクローン技術は医学が絡んでいますし、遺伝子組み換え作物はすべて産業が絡んでいます。表現は悪いかもしれませんが、企業がお金をもうけるためにやっているわけです。つまり、企業が儲けるために自然を変えてもいいのかということが問われているといえます。

確かに、遺伝病の治療は大事です。しかし、遺伝病だとわかっても現在の医学では治療法のない病気がたくさんあります。いずれ治療法が確立されるかもしれませんが、いつまでという保証はまったくありません。

また、個人の遺伝情報が新たな差別を生み出す危険性も大いにありますし、アメリカなどでは実際にそうした問題が起きています。

これと同じ様なケースに、核に関する知識が上げられます。原子核の秘密が解明され、人類は核エネルギーを手に入れました。善し悪しは別問題として、いまや日本の総電力の三分の二は原子力発電に頼っています。

その一方で、核は原子爆弾としても用いられました。原子力発電も使用済み燃料の処理や放射性廃棄物の問題に悩まされています。
核に対する知識は、全体として人類に幸福をもたらしたか、それとも不幸をもたらしたのか、どちらと言い切るのは難しいことです。これは、遺伝子についても同じことがいえます。

幸福と不幸のどちらかを言うことはできませんが、どのような幸福があるか、反対にどのような不幸が起こりうるかを予測することは、ある程度可能だと思いますので、その点を十分考えた上で、どこまで遺伝子研究を利用すべきかを決めなければならないでしょう。

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