第4章:遺伝と継承そして環境


遺伝子に魂はあるのだろうか


 遺伝子に関する誤解の最たるものが、あたかも遺伝子が何らかの意志を持って人間をはじめとして生物をコントロールしているという考え方ではないでしょうか。
 
なぜ、こうした誤解が生まれるかというと、その大きな理由の一つとして、「天才遺伝子」「寿命遺伝子」「肥満遺伝子」「性格遺伝子」などと、さも遺伝子が意志を持っているかのように擬人化した表現が使われているからだと思います。

「遺伝子に魂はあるのか?」という疑問に対して、DNAの構造を発見した二人の科学者の一人であるクリックは「遺伝子には魂はない」と結論しています。
 
すなわち、遺伝子にあるのは機能だけで、独自の意志といったものはないのです。魂とは心のことですから、これは脳の働きということになります。脳をつくるのは遺伝子ですが、遺伝子の中に脳があるわけではありません。



利己的遺伝子説


 「遺伝子万能論」という考え方を広く普及させたのが、イギリスの行動生物学者リチャード・ドーキンスの提唱した「利己的遺伝子」でしょう。
 
利己的遺伝子というのは、すべての生物は遺伝子の乗り物でしかないという考え方です。言い換えると、生物は遺伝子の命令によって動かされているロボットにすぎないということになります。すべての生物が遺伝子のロボットであるということは、私たち人間も例外ではありません。
 
人間も遺伝子のロボットであるということは、自分の意志で判断したり行動していると思っている私たち人間のすべての活動は、実は遺伝子によって操作されているということになります。
 
ダーウィンの進化論によると、生物の生存目的は、できるだけたくさんの子孫を残すことです。そのため生物は、まず激しい生存競争に勝ち残らなければなりません。
 
ところが、生物が自己犠牲的な行動をとることが、しばしば観察されます。たとえば、キツネに狙われたヒナをヒバリの母親が助けるために、怪我をしたふりをしてキツネの注意を自分に向けさせることで、子供を危険から救うという行動もその一つです。
 
ドーキンスは、子供が危険にさらされているということは、子供の遺伝子が危機に直面しているわけですから、親の遺伝子は自分を犠牲にしても、子供の遺伝子を救うよう命令するといいます。
 
遺伝子にしてみれば、子供と親の遺伝子は同じですから、どちらが助かっても変わりはありません。しかし、子供の方が、将来、自分のコピーをたくさん残してくれる可能性が高いので、親に子供を助けさせるわけです。
 
このように、自然界ではしばしば見られる生物の自己儀性的で利他的行動は、確かにダーウィン進化論では説明できません。そこで、ドーキンスは「利己的遺伝子」という考え方を導入することによって、ダーウィン進化論では説明できなかった難問を、いとも簡単に説いてみせたのです。

ドーキンスは、遺伝子にも自分のコピーを増やすという目的があると考えます。遺伝子は自分のコピーを増やすために、ロボットである個体にいろいろな利他的行動をとらせるというわけです。
 
しかし、利己的遺伝子にも矛盾があります。人間の行動の多くは、脳によって支配されていますし、思考や感情も脳の働きによるものです。
 
私たちの人生は、すべて遺伝子によって決まられているわけではありません。環境や経験が大きく影響していることも確かですし、自分がどうすべきかを判断するのは脳なのです。脳そのものは遺伝子によってつくられますが、その働きは後天的な要素が強いのです。



遺伝子を変化させるウイルス


 人間の遺伝子には、機能や働きがわかっていない遺伝子がたくさんあります。ヒトゲノム計画で遺伝子の解明が進められていますが、それでも分かっているのは数パーセントにすぎません。
 
たとえば、人間がビタミンCをつくれないのは、進化の謎で一つです。ほとんどの生物が自分の体内でビタミンCをつくれるのに、どうして、最も遅く地球に誕生した人類がビタミンCをつくることができないのでしょうか。
 
そのほかにも、人間の尾てい骨には、かつて尻尾があった痕跡が残っています。したがって、尻尾をつくるという機能を持った遺伝子があることは間違いありません。それが機能しなくなっただけなのです。
 
遺伝子の一部が欠けたとか、変な遺伝子が入ってきて働きが抑制されたといったことが原因で機能しなくなったのでしょう。
 
私たちの祖先では機能していたのに、いまでは機能しなくなった遺伝子はたくさんあるでしょうし、今機能していても今後、眠ってしまう遺伝子もあるでしょう。さらに、新しい機能として蘇ってくるものもあるでしょう。
 
そのように遺伝子を変化させるものとして、著者らが注目したのがウイルスです。ウイルスは遺伝子をタンパク質の膜が覆っているという非常にシンプルで、しかも微少なものであり、生命体と非生命体の中間のような存在なのです。
 
ウイルスはただそれだけで存在していると、物質となんら変わりはありません。ところが、感染して宿主内に入ると普通の細胞のように増殖を開始します。そして、ウイルスの大きな特徴は、遺伝子を運ぶ働きをすることです。ですから、遺伝子組み換えもウイルスを利用しておこなっています。
 
遺伝子を運ぶということは、ウイルスが感染した宿主の遺伝子に影響を与えるということです。それによって宿主である個体の遺伝子が変化し、形質も変化する。すなわち進化するということです。
 
その証拠はたくさんありますが、人間の遺伝子の中にもウイルスのなれの果てと思われる残骸がたくさん入っています。そのことから、著者らは生物はウイルスに感染して進化したという「ウイルス進化論」を提唱したのです。



遺伝子の機能は環境で変化する


 人類は、猿人アウストラピテクス、原人ホモ・エレクトス、旧人ネアンデルタール人、そして、化石原生人類クロマニヨン人から、私たちホモ・サピエンスと進化してきました。その進化の速さは、他の生物の比ではありません。
 
そのなかで、約9万年前に現れて、3万5千程前に消滅したといわれるネアンデルタール人は、狩猟によってマンモスを捕まえたり、死者を埋葬する習慣をもつなど高い知能をもっていました。
 
ヨーロッパから西アジア、アフリカと広く分布していたネアンデルタール人が、大きな環境の変化もないのに簡単に消滅し、クロマニヨン人が現れた一方で、ネアンデルタール人より知能の低いゴリラやチンパンジーなどの類人猿は、現在も存在しています。
 
急激で大規模な環境の変化がないのに、どうしてネアンデルタール人は消滅してしまったのでしょうか。その謎は、遺伝子を運ぶ存在であるウイルスやプラスミドの働きが解明されたことで解決されました。
 
ネアンデルタール人の例でいえば、彼らの間に、あっと言う間にウイルスが感染した結果、ネアンデルタール人の遺伝子に変化が起こり、すべてのネアンデルタール人が短期間でヒトに変化したのです。これが、著者らの提唱したウイルス進化論なのです。
 
種の急速な進化、新しい種の誕生にともなう古い種の絶滅についての問題は、ダーウィン進化論では説明することができません。環境との相関関係でみる自然選択では、どうしても無理があったのです。
 
この問題も、ウイルスによる進化、つまり、ウイルスに感染することで遺伝子が変化したという説明で十分でしょう。



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