14章:遺伝の混乱


 私たちの祖先がセックスと生殖の関連性を初めて認識して以来、子どもというものは、母親にとっては自分のお腹を痛めた子であり、父親にとっては妻の膣に射精した結果できた子であると理解されてきた。

 生殖遺伝産業が利用されるようになると、「自分の子供」という言葉の意味は曖昧になってきた。なぜなら、体外受精によって、一人の女性が、別の女性の卵子からできた子供の産みの親になることが可能になったからだ。この場合、産まれた子供を自分の子とする権利は、どちらの女性にあるのだろうか?

 二十世紀後半の西洋社会の高学歴の市民であれば、この子供は、受精に使われた卵子を提供した女性に属すると答えるだろう。

今日の私たちのように、生物学の基本原理を知る人間は、子供に属する特徴はすべて卵子と精子によってもたされるもので、産みの母の血液や体からもたされるものでないことを知っている。さらに、そういった特徴が、受精卵の中の遺伝子に組み込まれていることもわかっている。

胎児がどこで成長しようと、自分の遺伝子を受け継いで生まれた子供を「自分の子供」と呼ぶ権利は遺伝的母親になると自信をもって言うことができる。私たちは、自分たちの本能に知識のベールをかぶせ、ほかの女性の産道を通って「自分の子供」が生まれたという事実を受け入れるのだ。
 
子供が誰に属するかを判断する際の決定要因は、本当に遺伝子だけなのだろうか?あるいは、それほど単純な問題ではないのだろうか?

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