18章 デザイナー・チャイルド


彼らがしようとすることは、もはや何事もとどめることはできないであろ。

(創世記11.8)


新しい生殖技術が出現するたびによく見られることだが、本当の意味での反論は、科学そのものではなく、精神世界の中に潜んでいる。簡単に言えば、遺伝子工学は「神の領域」を侵すものだという意識が、一般の人々の中にあるのである。そして、私たちが常に言い聞かされているように、神の領域は、侵してはならないのだ。

歴史上、ほとんどすべての文明社会において、同じテーマを持つ教訓物語が次々に生まれた。アダムとイブは禁断の果実を食べ、エデンの園から追放された。バベルの塔を建てた人々は、天国のすぐそばまで接近し、突然さまざまな言語をしゃべり始めた。プロメテウスはゼウス(古代ギリシャの主神)から火を盗んで人間たちに与え、岩に鎖でつながれ、死ぬまで毎日肝臓を鷲についばまれた。パンドラが好奇心に駆られて箱を開けると、なかから悪が飛び出し、それが人間たちに降りかかった。フランケンシュタイン博士は、みずから創造した生き物の腕の中で死んでいった。私たちは幾度となく、ここへ行ってはならない、これをしてはならない、という警告を受けてきた。そこに登場する名前こそ違え、秘められたメッセージはどれも同じだ。現在、ほとんどの世俗社会で、神の存在を女性に擬人化した「母なる自然」に干渉してはならないと信じられている。

遺伝子工学は、生命の本誌―魂を侵害しているようかのように見える。そして、人間の魂は、明らかに神の領域の中にある。

社会科学者のドロシー・ネルキンとスーザン・リンディーが、この点をうまく説明している。

「キリスト教の魂が、ある人間と、その人の自己の継続性を理解するための基本概念を提供するように、DNAは、魂のような存在、聖なる不死の遺物、禁断の領域として大衆文化の中に現れた。DNAの力と、キリスト教の魂の力の類似点は、言葉や隠喩の次元を越えたところにあるのではなかろうか。DNAは、魂の社会的、文化的機能を担うようになった。それは、生物学的な結論を語るときに不可欠な観念的存在(事実そのものが位置する場所)なのだ。」

いずれ生殖遺伝学者たちが、遺伝工学を利用する日が来るだろう。手始めは、社会で最も大きな集団が倫理的に最も容認しやすい、生命の本質に重大な影響を与える小児疾患(嚢胞性繊維症や鎌状赤血球症など)のみが対象となる。このサービスの利用を希望する親の数はごくわずかだろうが、彼らの経験は、社会が抱える不安を和らげるのに役立つはずだ。

この不安が一掃されれば、生殖遺伝学者たちは、遺伝病の中でも子どもに与える影響が比較的少ないものや、大人になるまで影響が現れないものを対象にした治療サービスを拡大するだろう。肥満、糖尿病、心臓病、喘息、さまざまな種類の癌の遺伝素因はすべてこのカテゴリーに分類される。

そして、この技術が広く使われるようになり、サービスの範囲は、エイズを引き起こすHIVウイルスを初めとするさまざまな伝染病の因子の遺伝子改良として役立つ新しい遺伝子の付加にまで広がるだろう。同時に、そういった処置を受けなくても健康に生まれてきたはずの子どもの健康面での素質や病気への抵抗力を高めるために、別の遺伝子が付加されるだろう。

最後に残された未知の領域は、精神と五感である。アルコール依存症は消滅し、精神病にかかりやすい気質や、極度の攻撃性などの反社会的な性格もなくなっていくだろう。一部の人々の視覚、聴覚が鋭さを増し、芸術的な潜在能力が高まるだろう。そして、脳の発達への遺伝子の影響に対する理解が深まれば、生殖遺伝学者は、認識能力に関わるさまざまな特性を改良する選択権を親たちに提供するようになるだろう。

これから二百年ほどのあいだに、人間の基本的なゲノムに加えられうる遺伝的拡張の数と種類が幾何学的に増えていく。1980年代から90年代にかけてのコンピューターのオペレーティング・システムの発達のように。
かつて想像することのできなかった拡張操作が、やがては、必要かくべからざるものになるのだ。…
その恩恵にあずかることのできる裕福な夫婦たちにとっては、

戻る


このホームページのホストは です。 無料ホームページをどうぞ!