4章 1個の細胞から1人の人間へ


人間の生命の起源について理論的に話を進めるためには、胚や胎児の発達過程で、生物学的に何が起こるのかを知っておくことが大切である。この9ヶ月の間、胚や胎児が一連の発達段階を経る間に、人間の生命への道のりにおける指標となる重要な地点を通過する。この地点がどれほど重要かを理解すれば、人間の生命はいつ発生するかという問いに、それぞれの人が十分な知識を持ったうえで答えを出すことができる。



2〜6日目 細胞分裂と分化

精子と卵子が癒合して2日目にはいると、細胞は二つに分かれる。それぞれの細胞が二つに分かれ四つになり、また分かれて、三日目半ばには合計八つの細胞が生まれる。細胞の数は増えるものの、ほかにはほとんど何も起こっていない。八つの細胞が一つずつに分かれれば、また、それぞれが胚になり、別の人間の生命になる可能性がある。

再び細胞分裂が起こって細胞が十六個になると、一つ一つ違った性質の成長を始めるスッテプに移る。外側の細胞は、内側の細胞との関連から自分の位置を認識することができる。そこで反応が起こり、将来、胎盤などの、成長中の胎児を守る働きを持った器官をつくる細胞へと分化する。

一つの細胞が分化を始めると、その娘細胞、その次の娘細胞はすべて分化された状態にある。だが、それらの細胞でも次の分化が起こり、細胞の可能性はどんどん狭まっていく。何回もの細胞分裂が起こった後、最終分化という段階に到達する。分化と発達は、同時進行であり、全体的な組織の発達は個々の細胞の分化によって起こるのである。

現在、分子生物学者は、分化する細胞の内部で何が起こっているのかを、かなりの部分を理解している。だが一番重要なのは、そこで何も起こらないこと…分化した細胞が、遺伝情報をまったく失わないことなのである。あなたの体内にあるすべての体細胞には、人間発生の源である二細胞期の胚の核にあったDNAとまったく同じものを持つ、46本の染色体が揃っている。すべての細胞が同じ遺伝情報を持つなら、見かけや働きが違うのはなぜだろう。それは、進化を通じて特別に課せられた仕事を果たし、人間が生き続けるために、それぞれの細胞が持っている情報全体のごく一部を使うようにプログラムされているからだ。

細胞の分化は、さまざまな信号に対して起こる。信号は触れあっている細胞同士でも伝わるし、遠く離れた細胞にも伝わる。その信号とは、すべて特殊な分子である。やはり特定の分子という形で、外部環境から信号を受ける細胞もある。



受精後7〜13日 透明帯脱出・着床・妊娠

受精後7日目から8日目の間に、透明帯に大きく亀裂が生じて胚が抜け出してくるが、この過程を哺乳類発生学において透明帯脱出と呼ぶ。透明帯と違って、胚の外側の細胞はかなりべたべたとしているので、条件が整っていれば胚は子宮に付着し、ここから着床が始まる。胚は子宮内膜に入り込み、母体から血液供給を受けるためのつながりができる。

胚は、母体に急激なホルモン変化を起こす信号を送信する。母体からエネルギーを得て、大幅な成長と発達をともなう過程に進むことができる。胚の外側の細胞と、母体の子宮内の細胞が混じり合って、胎盤になる組織が形成され始める。



3〜5週目 胚から組織へ

3週目の初め、受精後14日〜15日目になると、胚の内部に少数の細胞が、はじめて胎児となる経路をたどる分化を始める。今後、胚を二つに分けても、それぞれが胎児として成長することはない。15日目の胚は一人の人間になるか、人間にならないのかのどちらかである。

この後は急速に発達が進む。四週目には、腸、肝臓、心臓が形成される様子が見られる。四週目の終わりには心臓が鼓動を始め、血液の原型が初期の静脈や動脈を流れる。また、脳の発達が始まるのもこの時期である。だが、胚の大きさはまだ5o程度にすぎない。



6〜14週目 胚から胎児へ

受精後六週目から八週目の間に、胚は、四肢、手足、指、目、耳、鼻が揃った、言ってみればミニチュア人間となる。外見が人間に近くなったことで、呼び方も胚から胎児へと変化する。十二週ともなると、主な臓器が出現し、内部も人間らしくなる。妊娠期間の最初の三ヶ月はこれで完了である。



18〜22週目 胎動の始まり

妊娠十八週目から二十二週目のあいだに、胎児が初めて動くのを感じられるのが普通である。



24〜26週目

妊娠二十四週から二十六週のあいだに、独立した二つの大きな出来事がある。

一つは胎児が生育能力を持つことだ。外に出ても生きていられる力を、胎児はこの期間中に獲得する。生存が可能になるのは、ここで初めて胎児の肺が機能し始めるからである。

二つ目は、大脳皮質活動が現れ、それに伴って、人間としての意識の可能性が生じることだ。
厳密に言えば、できたばかりの大脳皮質が、意識的な思考をおこなう能力があるとは見なしがたい。シナプスの形成と大脳皮質の電気的な活動は、二十五週目から始まるが、二つとも変化を続け、完成するのは子供が十歳になる頃である。意識は確かに早い時期に芽生えるが、正確にいつからなのか、それは誰もわからない。



誕生以降

新生児はたいていの社会で、「もっとも貴重な社会の宝」と考えられている。私たちはこの小さな新生児を完全な人間と見なし、少なくとも、大人に対するのと同じ敬意と配慮をもって扱う。話の出発点として、人間は受精前には存在していなかったが、誕生の瞬間には確かに存在している、ということに異を唱える読者はほとんどいないだろう。

この章を通じて検討してきた疑問は、まだ残されたままである。受精から誕生までのどの時期で、人間としての生命が始まったのだろうか。

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