8章 SFから現実へ


1997年1月23日

 21世紀まであと3年と迫った年の2月最終日曜日、生物学と哲学の基礎を揺るがす先端技術のニュースが世界中を駆けめぐった。その日、成獣の乳腺細胞1個からクローンによって生まれた生後6ヶ月のヒツジ、ドリーが紹介されたのだ。

 ドリーの誕生は技術の壁を打ち破った。それが人間に使われないと信じるに足る理由はない。逆に、それが人間に応用されると思う理由ならいくらでもある。必要とされる器具や設備は、現在アメリカ中、世界中にある生化学研究所や、個人経営の体外受精クリニックでは標準的なものであり、簡単に入手できる。高度な技術と、豊富な経験を持った専門家が必要だが、そのような人材は、アメリカだけでも何千人と存在している。

 問題は、人間のクローンが可能かどうかよりも、それが安全かどうかである。それまでの例で考えると、生殖遺伝技術を提供しようとする医師たちは、この問題が解決されるのを待つことなく、実施してしまうのではないかと思われる。精子を卵子に直接注入する方法(ICSI)も、技術が完成するとすぐ、不妊手術として体外受精の世界で認められたが、また、個人やカップルからのクローニングを要請する声は、間違いなくICSIを求める声よりも高くなるだろう。

 動物のクローンは、植物の場合とは全く違った方法で進めなければならなかった。動物の成体から一個の細胞を取って培養しても、発生初期の状態に戻って新しい個体は育たない。それは、動物の細胞が植物のものに比べて、発達の可能性に関する自由度が少ないためである。

植物は常に環境に応じて発達し、二つの個体が同じ遺伝物質を持ったとしても、それぞれ別の構造に成長することができる。そのうえ、分化した細胞が、まったく別のタイプの細胞に変化することも可能なのである。そのため、一本の植物から切った枝に水をやれば、新しい根が出て、完全な植物に成長する。

 ところが、動物の細胞は分化してしまうと、発達の可能性が大幅に制限されてしまう。精子と卵子以外の通常の体細胞は、別のタイプの細胞に変わる能力を持たない。肝細胞は脳細胞にならないし、皮膚細胞が初期胚細胞に変わることもない。

 さまざまなタイプの細胞が決められた形を持ち、決められた機能を果たせるのは、すべての遺伝情報の中から、はっきり指示された部分だけを読むようにプログラムされているためだということが、問題である。このプログラムは、DNA上に結合する何千何百という特別なタンパク質の暗号によって実行され、ある遺伝子を機能させ、別の遺伝子は表に出さないように命令している。



クローニングは大衆分化に浸透した

 
 1970年にアルヴィン・トフラーの著書「未来の衝撃」が出版されて、クローンの概念は、確実に根付いた。

 トフラーはこう書いている。「よりすばらしい可能性は、人間が自分自身の生物学上のカーボンコピーをつくれるようになるなるかもしれないということである。・・・クローニングをもってすれば、まったくあたらしい自分を見る可能性も可能となり、世界中を自分の分身で満たすことができる・・・アルバート・アインシュタインが自分をコピーして、後々まで生き続けるという考えには惹かれるものがある。だが、アドルフ・ヒットラーならどうだろうか。」

 1980年代には、クローニングという概念が一般社会に定着し、映画、テレビドラマ、SF小説に繰り返し使われている。

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