日本は、なぜ遺伝子治療が遅れているのか?


全体的に見て、遺伝子治療が最も進んでいるのはアメリカで、出遅れていたヨーロッパも最近は体制を整えて、積極的に研究に参入している。それに比べると、日本はかなり遅れをとっているのが現状だ。

1997年3月の時点で、アメリカでは承認済、あるいは承認待ちの遺伝子治療の臨床研究プロトコル(実験実施計画)は、139件に達しているが、日本ではまだ3件しかないという寂しい状況だ。

東京大学医科学研究所で予定している腎臓がんの遺伝子治療にしても、すでに認可が下りているにもかかわらず、その実施はまだ先になるという。それは、なぜか?

「遺伝子を運ぶ臨床用のベクターが、日本にはないのですよ。まったくアメリカベンチャー頼み。そのアメリカの事情でベクターをすぐには入手できなくなったのです。」と浅野教授は憤慨する。

ベクターは遺伝子の運び屋で、目的とする遺伝子を他の細胞に持ち込み、増殖させる働きを担う。遺伝子治療では、レトロウイルスやアデノウイルス等、各種のウイルスがよく利用されている。ウイルス自身が増殖するための遺伝子は切り捨て、この部分に目的の遺伝子を導入。人の染色体に組み込むわけだ。ベクターは、遺伝子を細胞導入するための要であると同時に、安全性の面でも遺伝子治療を左右する大きな要になっている。

遺伝子治療では、その効果より安全性の確認に重点が置かれているのが現状だ。ベクターとして使われるのは、今述べたようにウイルスである。これが、体内にいって、たまたま近くにあったがん遺伝子を呼び覚ますようなことにならないか、ウイルスとして活性をなくしたものでも、体内に入って何かの拍子に再び感染力を持つようにならないか。など色々な点で安全性の確認が必要なのである。

ところが、日本には自前のベクターがない。というより、ベクターの安全性を評価する公的な機関がないのである。北海道大学で行われたADA欠損症の遺伝子治療でも、ベクターはアメリカから提供を受け、その安全性に関してもアメリカでチェックが行われた。いわば借り物だらけの状態で、日本では遺伝子治療が行われているのである。

「遺伝子治療のような開発期の治療法ではとくに、安全の確認が第一。それをチェックする国の機構が是非とも必要なのです。遺伝子治療に関していえば、ベクターの改良や化学療法との併用をどうするかなど、やることはいっぱいあるけれど、何より材料の安定性や安全性の確保が第一。そうした研究を推進する機構が日本にはまったくないから、研究者は苦労している。これが、欧米に遅れをとっているいちばんの理由です。国はどうしてつくるつくるといいながらつくらないのでしょう」と浅野教授は強く指摘している。

腎臓がんの遺伝子治療の開発の遅れは、そうした体制の整備が我が国ではなされていないことを国民に明らかにしているといえる。これをきっかけに、国内の整備や技術の整備ができることを浅野教授は期待している。

少なくとも、遺伝子診断や遺伝子治療など新しい医療の発展のために役立ちたいと思っている患者に対しては、十分な援助をすることはもちろん必要だし、それ以前に彼らが危険にさらされないように、安全性のチェックをする機関をつくるなどの体制を整えることが、今日本では急務なのである。

「今は、遺伝子治療も海外で安全性が確かめられたもの、手法ができあがったものだけを日本は持ち込んでいる。しかし、それで本当にいいのか。このままでは必ず日本には治療の空洞化だけでなく、科学の空洞化の時代がくるのではないか」と浅野教授は危機感を強くしている。

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