第2章  ヒトの遺伝子研究


遺伝子の本体がDNAであることが分かったのが1940年代。

以後、1950-60年代にかけて、DNAについて重要なことが次々に明らかになった。DNAが二重らせん構造をしていること。それぞれの鎖にはA、T、G、Cという四種のヌクレオチド(文字)が並んでおり、 二本の鎖の間にはAとT、GとCという形で対が作られていること。複製するときには二本の鎖をいったん分離させて、おのおののA、T、G、Cの並びに対するヌクレオチドをもってきて並べてつなぎ合わせること。A、T、G、Cというヌクレオチドの並び方が情報になっていること。とくに三つのヌクレオチドがひとかたまりとなって(コドン)アミノ酸を決めることなど、今日の分子生物学の教科書のはじめのほうに書いてある基本的なことが人々の知るところとなった。

つまり、DNAが自己複製をし、タンパク質を作る指令を出すという「遺伝子」をしての基本的な働きをする秘密が、この文字の並び方にあることが分かってきたのである。遺伝子が働くときにはアミノ酸を決める情報をもったDNAの領域をそっくり転写して、メッセンジャーRNAというDNAによく似た化学物質、つまりコピーを作り、それを細胞の中で実際のアミノ酸の並びに翻訳してタンパク質を作ることもわかった。こうして生命現象をDNAの構造と働きの解明を基本にして理解することが可能になった。

1986年、がんウイルスの研究でノーベル賞を受けたダルベコ(米)が米国の科学誌「サイエンス」に次のような短い文章を寄せた。

「我々は今一つの転回点にさしかかっている。がんについてもっと知るためだけにでも個々の遺伝子を追うだけでなく、ヒトゲノムの文字配列のすべてを研究して、全遺伝子を明らかにするべきである。その成果はほかの生命研究にも素晴らしい進展を約束するはずだ。」

いわゆる「ヒトゲノムプロジェクト」の提案だった。しかし、1986年という時点では、それはまだ科学者たちにとって、すぐに賛成できるものではなく、むしろどうかなと思う研究者の方が多かった。

しかし、組織的に全DNA(ゲノム)を調べ始めれば、それは単に癌の研究に役立つという過程を越えて、けた違いに重要な意義を持つことは明らかだ。研究者が一人ずつ「私の研究する遺伝子」をいっていた時代から、共同でお互いに情報交換し、計画を立て、一定の基礎作業をするという、生命科学者がこれまでに経験したことがない研究法が必要な時代が始まるというだけでも大きな変化だ。

遺伝子からゲノムへ。これは、DNA研究が、「生命現象を遺伝子という単位に還元して理解しよう」という時代から、「総合的な系であるゲノムを単位として全体像を理解しよう」という時代へと転換することを意味する。ゲノム研究を、生き物、特に人間のすべてを物質に還元し暴きたてる作業のようにいう人がいるが、そうでない。科学がより総合的な人間の理解に役立つものになっていく過程なのだ。この変化をぜひ理解して欲しい。

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