第7章 見えてきたゲノムの姿


大きな流れとして今日のDNAの研究が、「遺伝子」から「ゲノム」へと移っていくことは事実である。ゲノムの解析研究は、生き物の研究のおもしろさを引き出す役割を十分に果たし、ここから生物学は新しい展開をしていくだろう。

生命現象を遺伝子という単位に還元するのではなく、ゲノムというひとかたまりDNAの働きとして見ることで、ミクロの世界での研究を基本にした生き物の見方が大きく変わるのである。

DNAの魅力は、それが地球上の生物のすべてに共通に存在し、しかも遺伝情報の担い手として働いていることである。つまり、生き物すべてを共通の切り口で見ることができるところだ。

そのみごとさは十分認めた上で、でも「生き物は多様だね」と言いたくなる。同じDNAを基本にしながら、なぜこのように多様な形態や機能をもったものが生まれてくるのだろうという問いが出てくる。

そこで、これまでのDNA研究から出てきた事実を眺めると、はっきりすることは、さまざまな生き物のDNAを遺伝子を中心にして見たときには共通性が見えてくるが、ゲノムとして見るとそれに加えて多様性が見えてくると言うことだ。

最も簡単な例を挙げると、ゲノムの大きさである。バクテリア4M(M=100万文字)、酵母12.5M、線虫100M,ヒト3000M。体のつくりや機能が複雑につれてゲノムが大きくなることは直感的に納得できる。それでは遺伝子の数はどうか。バクテリア4000、酵母8000、線虫15000、ヒト10万。これも増えている。しかし、ゲノムサイズの増え方と遺伝子数の増え方は必ずしも平行しない。

実はイモリや山椒魚などの両生類は、ヒトの10倍近い大きなゲノムを持っている。遺伝子数はまだわかっていないが、遺伝子の数を増やすことが、完全には一致せずに進んできた生き物の歴史はゲノムの解析によって知るほかない。そこから、生き物が進化してくる様子が見えるはずだ。

ゲノム解析により、つぎの二つの事ができるようになりつつある。

一つは、現在の生き物たちのそれぞれが今日我々が目にするもののようになってきた過程の記録を読みとることだ。鶴はどのようにして鶴になり、亀はどのようにして亀になったのか。さらには、それぞれの生き物の関係は。生き物の全体の歴史、そこに見られる多様性などがゲノム研究から見えてくる。

もう一つは、いくつかの生き物のゲノムを調べていくうちにゲノムというシステムの持つ基本、あるいは設計原理を抽出することができ、生命体というシステムの本質が少しずつ明らかになっていくことである。「我々も含めて生き物って何だ。」という問いに現代生物学が、ミクロの世界から迫っていく道筋ができ始めたというのが、実感である。

ヒトゲノム、チンパンジーゲノムという言葉が成り立つことでわかるように、ゲノムはヒトはヒト、チンパンジーはチンパンジーという「種」の表現するなら、ヒトとチンパンジーの共通性と違いをゲノムは示している。それゆえに、さまざまの特徴をDNAのレベルで理解できるだろうという興味がわいてくる。

ヒトゲノムについての知識が増えてくると、ヒトという一般についてではなく「私」についてはそれがどのくらいのことを語ってくれるのかという問いが出てくるのも自然なことだ。ヒトという共通の仲間でありながら、私は私という個体でありほかのヒトとは違っている。これがどの程度ゲノムで語れるだろう。今の所、ヒト一般についての解析すらたいへんな作業なので、個人のゲノムを知ることは現実的に不可能だ。

しかし、これまでのデータから、二人の任意の人の全ゲノムの文字配列を比べたら、200〜300文字当たり一カ所ほどの違いがあるだろうという予測がたてられている。全ゲノムは30億ヌクレオチドあるから、単純に全体に拡張すると全部で1000万カ所以上の違いがあることになる。その程度の違いがあっても、ヒトはヒトであることには違いがない。一口にヒトといってもこれほど多様なのである。ヒトが登場してから約五百万年、一人一人がいつかどこかで祖先に起きた変化を受け継いでいるからである。

進化の大きな流れを「種」という切り口から見れば、多様化の一路を辿ったことになるのだが、個々の種の構成員も多様で、個体一つ一つのゲノムがそれぞれ唯一無二のものとして存在しているである。

多くの経験をし、多くの人とつき合いながら形成していく個性の基本として、私たちはまずほかの誰とも違うゲノムを持っているという事が、個を支える基本にあるのだ。遺伝子という切り口で見ていたときには想像できなかったが、ゲノムとして見ると、生物の存在の基本には個体の多様性があり、しかもこの存在が生命の連続性を支えているのだということに改めて気づかされる。

種の定義は簡単ではないが、「かけ合わせのできるものは同じ種」という定義をとるなら、バリエーションはあっても、交配に関わる遺伝子は変わらないか、変わってもあまり差が大きくないゲノムを持つ生物の集団ということになるだろう。

現存する多細胞生物の大部分が、その繁栄の前提として交配を必要とするものである限り、このしばりがなくなるわけにはゆかない。種を閉じた集団を構成し、その中で生存を支える遺伝子、さらには環境の変化に備える遺伝子を集団の中に秘めている。このしばりは生き物の存在にとって重要な意味を持っているのだ。種の存在、種の誕生については、まだ解けていないことが多く、生物の大きなテーマである。

これまでにゲノムがどのような性質を持ち、そこからどのような生き物の姿が見えてくるかを簡単に眺めてきた。ここにそれをまとめておこう。

1) 単細胞生物ゲノムにおいては、DNA量は少なく保たせるようとする淘汰圧が働いており、ヒトを含む多細胞生物ではゲノムDNA、そして遺伝子は増える傾向にある。

2) 増えた遺伝子は、新しい機能を持つ遺伝子へと変異・選択を経て改造される可能性を秘めている。

3) ゲノムに生じる変化は、一文字の変化から、重複、欠失、転座ときわめて多様である。さらには「動く遺伝子」など、積極的に変化を誘導するいろいろな仕組みが備わっている。

4) 変化はまったく無方向性である。しかし、その変異を受け継いだ個体はそれ自身を個体として作り上げることができるかどうかのチェックを受ける。そして生まれてからも、さらに環境によって吟味される。こうして有利なものは生存し、不利なものは排除される。もっとも遊離でも不利でもない中立な変異は自然の確率に任せ、集団の中で増えたり減ったり浮動する。

5) ゲノムでは、安定だが変化し、変化するのが安定であるという性質のために種は存続し、しかも新しい種が生まれる。このおかげで種として滅びることはあっても、生命体すべての絶滅を避けてきた。

6) 種という交配可能な枠を継続し、はずれたものは消えていく。

7) 種内では最大限にゲノムの多様性を作り出してこれを確保している。

このようにしてできあがったゲノムの全体としての構造と仕組みの解析が進みその全体像が見え、そこから私たちの中にどの様な生命像が生まれるのか。今はまだ予想ができないが・・・。

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