8章 肝がんを減少させるための提言


はじめに


 肝がんの予防対策は以下の4段階にまとられる.

1)原因となる肝炎ウイルスの社会における感染を阻止するための環境衛生状態の改善,個人の衛生意識の向上(0次感染),
2)感染を個体レベルで予防する受動免疫,能動免疫の実施(1次予防),
3)慢性肝炎から肝硬変,さらに肝がんへの進展を阻止する方策(1.5次予防),
4)がんの早期発見,早期治療(2次予防)

その各々の段階でできる方策が,肝がん予防の提言となる.

1.社会における感染阻止

1)環境衛生の改善

 HBV,HCVは輸血あるいは血液製剤を介して感染する.したがって,社会において血液を扱い,血液に接する機会の多い場所の衛生状態の改善は肝炎ウイルス伝播阻止の最も基本となる.輸血を介する感染は現在ではほぼ完全に阻止されている.しかし医療機関,理美容機関等で使用される血液が付着する器機の完全滅菌やデイスポーザブル器機の導入も必要である.また使用済みの医療器機の適切な廃棄も徹底する必要がある.
 
2)個人の衛生意識の向上

 覚醒剤の静脈注射(いわゆるまわし打ち)あるいは不特定多数との性行為などにより肝炎ウイルスは感染することから社会的な啓蒙活動が必要である.現在,戦後第3次覚醒剤流行時期といわれている.特に青年層に多いことから肝炎ウイルスの蔓延が憂慮される.幅広い啓蒙活動が要求される.
 
3)肝炎ウイルススクリーニングの向上

 輸血用血液からHBV,HCVをスタリーニングすることは,1992年2月,HBs抗原,HBc抗体,HCV抗体検査を導入したことによりほぼ完全に阻止できている.
しかし感染初期の抗体出現までのいわゆるウインドウ期のウイルス血症による感染はまれではあるが存在する.これを未然に防ぐには高感度の抗原測定法あるいはPCR法による遺伝子検査の導入が望まれる.
 
4)肝炎ウイルス保有の確認

 C型,B型肝炎は高率に肝硬変・肝がんに進展することが明らかであることより,各個人が肝炎ウイルスを有しているかを知ることは大切である.慢性肝疾患患者の約8割は,自分が健康と思い,たまたま受けた健康診断や人間ドックで血液検査を受けた時に肝炎ウイルスを発見されている.中にはかなり病状が進展していても自覚痘状がない場合もある.したがって以下のことを提言したい.

(1)40歳以上の人にはHCV抗体,HBs抗原検査を行う

 HCV抗体やHBs抗療の陽性者は40歳以上が多いことが明らかとなっている.
したがってHCV抗体,HBs抗憤検査を40歳時の健康診断に導入することを提書する.幸い,各自泊体では名人健康法による健康診断を行っており,また企業によっても節目検診を行っている.こうした時期に1回検査することで十分である.その費用については,
ウイルス肝炎が国民病といわれるまでに蔓延している以上,国あるいは各自治体で補助するのが適当と思われる.

(2)輸也あるいは虫液製剤を受けた人のHCV抗体検査の必須化

 わが国で輸血用血液からHCV抗体のスクリーニングを開始したのは1989年11月である.しかし当初のものは感度がやや低かった.そこで1992年2月より高感度のHCV抗体検壇を導入した.したがって1992年1月以前に一度でも輸血あるいは血液製剤を受けた人には,HCV抗体検査を行うべきである.
それのみならず,それ以後の輸血を受けた人でも,抗体反応が陰性時期(ウィンドウ期)の血液がスクリーニングをすり抜けて使用されている可能性もあるので,1〜2年後にHCV抗体検査をすべきである.
 
(3)いわゆる肝炎多発地域での肝臓病検認のすすめ

 地域によってはC型肝炎が多発しているところがある.このような地域の住民では高率にHCV感染者が存在する.したがってこの地域にいながらまだ検査を受けたことのない人,あるいは肝灸が多いといわれながらまだ住民検査をしていない地域では,HCV抗体検査を含めた肝機能検奄を行うことを勧めたい.

(4)危険因子を有する人の検診

 過去に覚醒剤常用歴のある人,刺青歴のある人,透析歴,臓器移植を受けたことのある人は一度はHCV抗体の測定を行う.

(5)ウイルスキャリアの同定

 HCV抗体陽性と判定されたなら,次のステップとして,ウイルス核酸(HCV―RNA)の検査を行い,真のウイルス保有者(ウイルスキャリア)かを同定する.
ウイルスキャリアと同定した人については,定期的な健康管理下におき,肝炎の発生につき観察する.

2.HBV感染の完全阻丘とHCVワクチンの開発

 HBV感治子防には受動ワクチン(HBs抗体含有γ−グロプリン:HBIG),能動ワクチン(HBVワクチン)がすでに使用されているが,HCVにはそのいずれもない.
肝炎ウイルスに感治しやすい立場にある人(医療従事者,救急隊員,ウイルスキャリアから生まれる児,ウイルスキャリアの配偶者など)にはHBVワクチンがきわめて有用である.
HBVの場合乳幼児期の感染がキャリア化の大きな要因である.
HBVキャリアの母から生まれる児へのHBIG,HBVワクチンの接種は現在保険診療で行うこととなっているが,その徹底を計ることが必要である.問題となるのは規定のワクチン接種終了後に感染が成立することがあることである.これを解決するには生後2年位までは児のHBs抗体の検査を定期的に行い,抗体価が低くなった場合にはHBVワクチンの追加接種を行うという体制をつくる必要がある.
 HCVワクチンの開発研究は日本においては全く行われていない.ワクチン研究にはチンパンジー実験をはじめ基礎的研究が不可欠であり,そのためには多額の研究費が必要である.肝炎ウイルスのみならずワクチン開発にはチンパンジーは必須であり,日本におけるチンパンジーコロニーの設置を要望したい.

3.肝炎の治療

現在保険診療で行われているインターフェロン治瞭によりある程度肝がんへの進展が阻止できている.しかし完全なものではなく,さらに有用性を高める方策を考えるべきである.

1)C型慢性肝炎患者へのインターフェロン再治療

 インターフェロンの有効な症例の特定が可能となった現在,過去にインターフェロン治療を行い効果がなかった人でも以下のような朱件があれば再治療を行うようにすべきである.
 @ウイルス量が低い人(1ml当たり10万コピー以下)
 Aウイルス遺伝子血清型2群(遺伝子型2a,2b)の人
 B1回目治療時にHCV RNAが一旦陰性化した人
 
2)インターフェロンの長期投与の導入

 現在C型慢性肝灸には抗ウイルス治療としてインターフェロンが保険診療で治療薬として使用されている.しかし現在の投与法では限界があり,ウイルス排除と肝機能正常化が6カ月以上持続する完全寛解率を上げるには,インターフェロンを最低1年間使用できるようにすべきである.
 
3)代償性C型肝硬変患者へのインターフェロン治療の導入

 C型肝硬変は肝がん発生の最高位のリスクである.
浮腫,腹水,黄痘,精神症状がない,また血小板数10万以上の代償性肝硬変にもインターフェロン治療が行えるようにすべきである.この場合副作用に十分注意すべきであり,その意味では肝臓専門医に治療をゆだねるのが良い.
 
4)欧米で使用されている抗ウイルス剤の導入

 欧米においては,B型肝灸には抗核酸剤であるラミブジン,C型肝炎においてはリバビリンがインターフェロンとの併用で治療効果が高まっていることが明らかにされ,すでに治療に使用されている.このような薬剤の早期導入が望まれる.
 
5)新しい抗ウイルス剤の開発

 わが国においては他の抗ウイルス剤の開発は全く行われていない.インターフェロンに勝る新しい抗ウイルス剤の開発は是非されなければならない.外国に頼ることなく自前で開発するためにも,十分な研究費が必要である.
 
6)ウイルスキャリア・ウイルス肝炎治療のガイドラインの作成

 アメリカにおいては国立衛生研究所が中心となってウイルス肝炎治療のガイドラインが作成されている.わが国においても早急に作成する必要がある.

4.肝がんの早期発見・早期治療

1)肝がんの早期発見・早期治療を目的とした病診連携システムの確立の必要性

 前項でウイルスキャリア管理,ウイルス肝炎治療のガイドラインの作成の必要性を述べた.その中に,是非一般診療所の医師と専門病院との連携を密にしたシステムを構築することを提案したい.そのことにより診療がスムーズに行われ,さらには肝がんの早期発見,ひいては早期治療につながる.定期的な専門医による超音波検査,CT検査は絶対に必要である.

2)肝がん治療専門医の養成

 肝がん患者の増加が予想されるため,それに対応できる専門医の養成も必要である.各地の中核病院に専門医を配属させ病診連携に応じられるようにすべきである.
 
3)新しい肝がん治療の開発
 
@肝がんの遺伝子治療は研究はされているが,実現までの道程はまだ遠い.遺伝子ベタターは何がよいか,遺伝子泊療の方法(遺伝子導入法)など研究課題は多い.今後の精力的な研究が必要であり十分な研究費が望まれる.
 
A適応ある肝がんに対しての移植療法は欧米においては脳死肝移植の一部として行われている.その治療成績は手術、動脈塞栓療法よりは,良いとされている.日本においてはC型肝炎,B型肝炎に起因する肝がんで生命を絶たれる患者が肝疾患中最も多いことを考えると脳死肝移植の普及は肝がん治療においても望まれるところである.

5.基礎研究の充実

 肝がんを減少させる方策について述べたが,最も重要な点は,肝がん発生機序の解明である.この方面の研究は精力的に行われているが,まだまだ不十分である.現在,肝がんはがん死の中で第3位,働き盛りの世代では第1位である.しかも今後増加傾向をたどることがあきらかとなっている.是非とも基礎研究の充実はなされなければならない.そのために,官民あげての研究支援をお願いしたい.

戻る


このホームページのホストは です。 無料ホームページをどうぞ!