光じいさんさんの立場
 

気管支ファイバー検査のための局所麻酔をしただけなのに、光じいさんは叫び声をあげる。
「殺せえ、殺せえ、そんなに痛めつけるなら、さっさと殺せえ!」
大きな声に驚いて、レントゲン技師が顔を覗かせる。「これが終わったら、タバコ吸ってもいいですから。」を子供をなだめるように言うと、「いらんわい、そんなもん。家にいんだら(帰ったら)、何本でも吸ったる」と、怒りが静まらない。

何とか説得して透視台に横にし、ファイバーをのぞいた。右の主気管支に癌の浸潤があった。光じいさんは肺癌だった。骨シンチでみると、すでに骨にも広く転移していた。」
入院し、少し落ち着いた頃、病室で「ここ、これ治らんか」と左足をさすりながら、じいさんが尋ねた。「難しい」と答えると、いまにも泣きそうな顔をして、
「お医者さんが、そんなふうに言ったらいけませんがな。よーしまかせとけ、治る治るって言ってござれにゃ。わしの立場ちゅうもんがありません」
鸚鵡替えしに、「よーしまかせとけ、治る治る」と言うと、「そうそう、その調子で」と言って笑う。

じいさんは一日四十本のヘビースモーカーだ。そして朝からコップ酒。「完全なアル中です」と娘さんが言う。家の者も、じいさんには手を焼いてきた。「先生、タバコ、吸ったらいけんか。酒、一杯、飲んだいけんか」と回診のたびにねだるように言う。家族と病棟のスタッフで話し合い、タバコを吸うことを認め、寝る前の塩酸モルヒネを半合の酒と一緒に飲んでもらうこととした。家の人が一升瓶を持ってきた。じいさんの好きなのは、二級酒だった。京都・伏見の「都正宗」

じいさんは、おいしそうにタバコを吸い、そしておいしそうに二級酒を飲んだ。ターミナル・ケアとして、まずまずの出発だった。でもしばらくすると、「もう一本吸ったらいけんか。もう一杯飲ませてもらえんか」と言ったり、「あの患者さんにも一杯やってもらえんか」などと言うようになった。アル中独特の人の良さだったのだろう。「ダメ」と強く叱ったりした。

八月の朝、二病棟で処置をしているとポケットベルが鳴った。呼んでいるのは六病棟だった。「先生、吉田光さん、朝から例のものを要求されます。どういたしましょうか。」と婦長さんの少し責めるような声がした。その朝、忙しかった。「あとで行きます」と答えて電話を切り、もうひとりの患者の処置へと向かった。処置が終わる直前に、ポケットベルがまた鳴った。婦長さんの高い声が電話の向こうでした。

「吉田さんのことです。早うびんを持って来いって怒鳴っておられます。病棟中に響く大声で。他の患者さん達も廊下に出てきたりして、大変です。すぐに来て下さいませんか。」
ぼくは、「行きます」を答えて電話を切った。そしてエレベーターに乗った。

はてさて、どうしよう。どうして朝から飲みたくなったのだ。いやいや、それがアル中というものなのだ。じいさん、進行癌じゃないか、末期じゃないか。もう、何をしてあげられるわけでもない。二級酒が一番よく効いたではないか。だったら仕方ない。朝からでもいい、酒を許可するしかない、それしかないじゃないか。
エレベーターの中でひとりブツブツ言ってみた。エレベータを降りて、大部屋の17号室へ急ぎ、光じいさんのベットサイドへ立った。

「あのびん、あのびんだ。あのびん持ってこいって言ったら、持ってこい!」
じいさんは大声で怒鳴っていた。顔がひきつっている。怒鳴られている看護婦さんの顔もひきつっていた。
「持ってきて」と僕は言う。「いいんですか、朝から」を看護婦さん。「いいから、もってきて」
ぼくはオーバーテーブルに一升瓶をドンと置いた。
「飲んだらいい、飲みたいだけ。でもね、どうして朝からいいのかって言うとね、おじいさんが、もうそんなに長くいきられないから、だからなの」
言ってから「しまった」と思った。でも、もう遅かった。

言われたじいさんは、どんなにか動転するだろうと思った。じいさんは目をすえてこう言った。
「わかっとります。知っとります、そんなことは」
そして続けた。
「でも、違うんです。びんが違うんです。わしが言っとるびん、これじゃあござんせん」
「えっ」と言って、それからすぐ「牛乳かぁ?」と看護婦さんが尋ねた。「違うんです。昨日の晩に預けたびんです。」と、じいさんは睨み付けるように言う。看護婦さんは、もうひとつの冷蔵庫に走った。そして、息を弾ませて戻ってきた。「これですか、このびんですか」「そうです、これです、このびんです」。びんは小さな「オロナミンCドリンク」だった。
「なんだ、酒じゃなかったんか」を、体から力が抜けていくのを僕は感じた。「なんぼわしでも、朝からはいりません」と、じいさんはオロナミンCの蓋をあけ、一口のみ、ひきつった顔をゆるめた。肩の力を落として、光じいさんは涙をふいた。

ぼくの働いている病院は鳥取市の一般病院だから、いろんな患者さんが雑居している。アルコール依存症の人達も入院してくる。病院の前にはなぜだか酒屋があって、そこでは立ち飲みもできる。「飲んだろっ」とアル中の患者さんに問うと、「飲んでない、絶対」と答える。そして酒臭い鼾をかいて眠ったりする。時には、パジャマのポケットにワンカップがしのばせてあったりする。そんなわけで、アル中の人たちは、病院のスタッフから信用されにくい。彼らはいつも酒ばかり求める、とつい思ってしまう。そういう先入観がぼくらの中にできている。
光じいさんが求めたびんは、「オロナミンCドリンク」だったのに、それを「酒」に変えた力は何だったのだろう。

「結局帰るんでしょ、三代寺に」とじいさんは僕の顔を見つめて言った。僕は頷いた。三代寺はじいさんの生まれた故郷の地名である。
それから一ヶ月が経って、じいさんの病気は進み、食べることも、タバコを吸うことも、そして飲むこともできず、寝たきりになった。「こぼれる、こぼれる」と叫び声を出し、タバコの灰がこぼれる仕草や、盃の酒がこぼれる仕草をじいさんはする。おばあさんが、「よしよし」と言ってそれを受ける真似をすると、じいさんは安心して、また眠る。
じいさんのタバコと酒は、いつの間にか、せんもうの中へと移っていった。