第3集:魚たちの上陸作戦


海を追われた魚たちは、重力に耐える骨を作り、体を支える手足を伸ばし、空気呼吸のための肺を用意した。
「上陸」という脊椎動物の進化史上、最大の謎に迫る。


第1章:海からの自立をめざして


暗闇の中に響く母親と胎児の鼓動は、原始の海にうち寄せる波のようなリズムを刻む。受精から出産まで、胎児が過ごす子宮の中は原始の海に似ているという。胎児が浮かぶ羊水の成分は原始の海そのままともいわれ、成分が安定している水深2000メートルを流れる深海水と、ほぼ同じ塩類を含んでいる。

子宮は進化の歴史が作り上げた精密な生命維持装置であり、母なる海に代わって陸上で生命を生み出すことを可能にした。出産の瞬間、羊水の海から飛び出した胎児は、産声とともに初めての空気を肺いっぱいに吸い込む。胎内の海からの上陸である。

"海は生命のゆりかご"と言われるが、海は穏やかな環境で生命の体を包み込み、必要な栄養素やミネラルや塩分を常に与えてくれる。プランクトンのように海に漂うだけで生きてゆくことも可能である。

それだけではなく、海は浮力によって体を支えてくれる。つまり、生理的な面だけでなく物理的にも生命をさせているのである。

しかし、今から3億6000万前のある日、水の中に住んでいた私たちの祖先は、生命のゆりかごを捨て、陸をめざして歩き始めた。海から陸への移住。それは生命40億年の歴史の中でも最大の出来事だった。たとえ将来、人類が地球以外の惑星に移住できたとしても、海から陸にあがった生き物の飛躍とは、比較にならない。なぜなら、生命を生み出し、生命を育んだ海とは異なり、陸は過酷な死の世界だからである。

上陸を試みた生き物たちは、海を詰め込んだ生命維持装置を持っていた。上陸という飛躍の時が訪れたとき、海からの自立し、陸上で生きていくことの出来るシステムを、すでに体の中に進化させていたのである。

私たち脊椎動物は体内に硬い骨を持っている。その骨こそ、海を詰め込んだ生命維持装置なのである。生命維持に必要なミネラルを骨に蓄える。しかし、脊椎動物がこのシステムを作り出すまでには長い時間が必要であった。

リン酸カルシウムの骨を持った一番古い脊椎動物の化石は、オーストラリア大陸の中央部にある4億8000万年前の地層から発見された。アランダスピスと呼ばれる魚の化石である。

リン酸カルシウムは硬い骨組織になっても再び血液中に溶かすことが出来る。このことによって、過剰なカルシウムと季節的に変動するリン酸の濃度を骨でコントロール出来るようになった脊椎動物は、上陸後も、不足しやすいカルシウムの濃度を一定に保つ仕組みとして、この骨を巧みに利用するのだ。


第二章:新天地、川への旅立ち


脊椎動物の祖先たちは、海に住む敵から逃れ気水域(河口付近の潮水と淡水の混じる域)で生活するためには、浸透圧の問題を解決しなければならなかった。現在、淡水に住む魚は腎臓の働きにより、この浸透圧の問題を解決している。

腎臓はまた、同時にリン酸カルシウムの濃度を調節する器官でもある。
脊椎動物は、まずリン酸カルシウムを蓄える骨を持つことによって腎臓の機能を育て、さらに淡水に進出することによって、浸透圧調整という腎臓のもう一つの機能も強化することになったのである。

5億年前の陸地には土はなかった。あるのは岩と砂とほこりという単純なものだけだった。そして地表には強烈な紫外線が降り注いでいた。たとえ生命が陸に上がることが出来ても、たちまち強い紫外線に分解されてしまうだろう。生命に有害な紫外線はDNAに吸収され、遺伝子を切断したり、タンパク質を破壊するのである。

一方、海に生きる生物は、光によって炭酸ガスと水から有機物と酸素を生み出し、食物連鎖をスタートさせる。光合成によって放出された酸素は海に溶けるだけでなく大気中にも放出され、蓄積されていった。そして、酸素が紫外線によって分解・再結合し、オゾンをつくってゆくのである。オゾンは蓄積され、大気上層部で濃度の高い層となって、生命に有害な特定の波長の紫外線をカットするようになる。

このオゾン層の出現で、海の植物は限りなく水面に近い所で生存できるようになる。

4億2000万年前の陸地は、まだ砂漠であったが、地表の湿った所では緑で覆われていたと考えられる。背丈が低く、地表をはうような緑は、たちまちにして直立する背丈のある植物を生み出した。そして、3億9000万年前には、私たちの背丈よりも高い植物も登場する。

植物に続いて陸に上がったのは虫たちである。カニやエビの仲間の節足動物だ。彼らは足をもった動物である。オゾン層によって紫外線の危険性が減り、植物の上陸によって食料やすみかが陸上に出来たことも虫たちの上陸を助けた。

昆虫などの節足動物は、植物が陸上に広がり始めた後を追うように上陸した。脊椎動物が上陸したと考えられるのははやくとも3億6000万年前であるから、5000万年以上虫たちの方が早かったことになる。

脊椎動物が上陸するためには、泳ぎから歩行へ、エラから肺呼吸へと全くちがったシステムを作ることが必要だった。このために、5000万年も回り道をすることになった。


第三章:魚が魚を捨てたとき


私たちの呼吸に欠かせない肺は、水に住む魚たちによって開発された器官である。淡水は海水に比べてよどむことも多く、酸素が不足しやすい環境である。そこで、淡水に進入した魚たちは、不足しがちな酸素を、空気を吸い込むことによって補おうとした。

さらに進んで直接、空気中の酸素を利用するために出来たのが、食道の一部が膨らんだ原始的な肺である。この膨らみが、私たち陸上動物では複雑な血管で酸素を吸収しやすくした本格的な肺に進化し、魚たちは、空気の量を変化させて、浮力を調節する浮き袋へと改造していったのである。

3億9000万年〜3億6000万年の地層があるミグシャンからユーステノプテロンという魚の化石が見つかった。体長60p、鋭い歯をもち、魚を狙う捕食性の魚である。

特徴の一つは、ヒレの内部に硬い骨で出来た骨格を持ち、筋肉が発達しているので、肉鰭類と呼ばれている。現在も生きている肺魚やシーラカンスは、肉鰭類に属するが、ほとんど絶滅した。しかし、完全に絶滅したわけではない。最初の陸上脊椎動物と言われている4本足のイチオクステガをはじめ、陸上に住む脊椎動物は全てこの肉鰭類の子孫なのである。

東グリーンランドの岩山の3億6000万年前の地層から、初めて陸に上がったに違いない脊椎動物イクチオステガの化石が、発見された。

イクチオステガには、陸上での行動の可能性を示す4本足や立派な背骨や肋骨も見られ、体型は現在の陸上脊椎動物と基本的には同じである。
 3億6000万年前、ようやく緑が広がり始めた熱帯の湿地帯で、イチオクステガは、水中からはい上がり、陸上での生活を始めたのである。


上陸の試練が、ヒトに続く進化の道を開いた


海に生まれた脊椎動物はリン酸カルシウムの骨を身につけ、川に進出した。川での生活によって身に付いた機能が上陸というイベントに結びつき、やがて殻を持った卵から、さらに子宮という生命維持装置が開発されたのである。

発生は進化の道筋を繰り返すと言われる。初期の胎児にはエラのような突起が見られ、魚のような尾も形成される。手足には水掻きの形が見える時期があり、子宮の海の中で、単細胞から始まる40億年間の生命の旅が進行してゆく。誕生の瞬間の産声は、最初の呼吸であり、上陸であり、40億年の生命のはるかな旅の終着点だ。

脊椎動物の歴史は、海から自立するための歴史だった。初期に選択したリン酸カルシウムの骨が、海に代わってリン酸やカルシウムの供給源となり、しかも内骨格として体を支える役割も担う。

生命:40億年はるかな旅2(NHK出版)

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