奇跡のシステム"性"


性は本来、生殖のために必要なものではなかった。

減数分裂により2組のDNAをよりあわせ、遺伝子を組み換えることにより、病原菌の攻撃さえ免れうる豊かな多様性を生むことが重要だった。

原始の海で助け合う二つの生命が、生存のために一つになった卵と精子の起源をたどり、異質と異質が共存する性の不思議に迫る。


第1章:生命にとって「性」とは何か


自然界の多くの生物に雄と雌が存在し、性行動の結果、子孫を残してゆくのは周知の事実だ。しかし、生命のとって性とは、生殖のためだけにあるのだろうか。

実は、雄と雌というような性を介さずに、生殖を行っている生物も多くいる。たとえば、大腸菌に代表されるバクテリアたち。彼らは、たった一つの個体が、二つに分裂し増殖してゆく。ここでは、生殖のために、雄と雌という性など必要ないのだ。

こうした性を介さない生殖は無性生殖、雄と雌が必要なケースは有性生殖と呼ばれる。

無性生殖を行う大腸菌の場合、その分裂の速度は、良い条件なら20分間に1回。9時間では、1個の大腸菌が1億個体に達するほどの驚くべき繁殖能力を持っている。

考えてみれば無性生殖における繁殖力の速さは当然で、いちいち雄と雌が出会い、求愛し、卵子や精子を受精させるという手間のかかる有性生殖より、はるかに効率的なのだ。

ただ単に繁殖するだけを目的とすれば、性の存在は、むしろ邪魔なものといえるだろう。では、いったい生命が性をもつ意味はどこにあるのか?

無性生殖では、基本的には全て同じ遺伝子をもつが、有性生殖をする生命は、全てこの世に二つとない唯一無二の個体なのだ。このように個性をもつことが、有性生殖の特徴だとすれば、ここに性の一つの意義があるのではないだろうか。

ヒトでは、一つの細胞内に46本の染色体をもつ。この染色体は、私たちの体の大きさや形、そして生理的機能などを決める遺伝子の本体であるDNAが、幾重にもタンパク質のまわりに巻き付いたものだ。

しかし、46本全部が、違う働きをもつ染色体ではない。実は、半分の23本は父親からもらったものであり、残り半分は母親からもらったものである。つまり、一つの遺伝子情報に対して、いつも2セットの遺伝子をもっている。そして、その遺伝子の種類によって、どちらか1セットだけで発現する場合や両方が作用して発現する場合など様々である。

次に、23本が2組、合計46本の染色体が作られる過程を見てみよう。結果を先に言うと、精子と卵子はそれぞれ23本の染色体をもっており、受精すれば46本の染色体をもつ最初の体細胞が誕生するという一見単純な話だ。

しかし、ここで大事なことは、精子や卵子、いわゆる生殖細胞は、体を作っているふつうの細胞の半分しか染色体の数がないことである。

精巣の中には、精子のもとになる精母細胞(卵巣では、卵母細胞)があるが、これはまだ、ふつうの体細胞と同じく、46本の染色体をもっている。まず、精母細胞の中で、2組み合った染色体が倍の4組に増えるが、この時、父親からもらった染色体と母親からもらった染色体が、一部混じり合い、遺伝子の交換が起きる。これは、染色体の交叉と呼ばれている。

続いて、4組が2組になるが、この時、どの組み合わせで分かれるかは、全くの偶然である。そして、その細胞がさらに2つに分かれ、ようやく精子が誕生する。これを減数分裂と言う。

こうした過程をへて作られる精子の遺伝子は、多様性に満ちている。まず、どの染色体のどの位置で起きるか。そして4組が2組に分かれるとき、どういう組み合わせで分裂するか。この組み合わせの数は、無限に近い。

こうしてできた精子と卵子が受精して生まれた子供は当然個性を持つことになる。つまり、有性生殖では、まず生殖細胞が作られる際に、全く新たな遺伝情報をもつこと、そしてそれらがいつも2セット合わさっていることで、親の単純コピーでない新たな個性を生命にもたらすのである。


第2章:多様性と個性を生む性


無性生殖は一個体いればどんどん増殖することが出来る。有性生殖だと子供を作るときに必ず雄と雌が出会わなければならない。これは大変な労力と時間を要する。ただ増殖するためならば、無性生殖を選んだ方が圧倒的に有利なのだ。しかし、身のまわりの動物の大半はが雄と雌に分かれ、有性生殖をする。これはなぜか。

簡単に言うとこうゆうことだ。たとえば、あなたが無性生殖することが出来て、あなたと全く同じ人間が10人いたとする。もし、あなたがコレラに弱いとすると、10人が全員同じコレラにかかってします。しかし、有性生殖から生まれた遺伝的に全く違う人間が10人いれば、中にはコレラにかからない人がいるというわけだ。

次々に姿を変えてゆくインフルエンザのようなウイルスに対抗するにも、常に、多大な遺伝的変異をもつ有性生殖が、病気への抵抗力に関しても多様性をもっているために有利なのである。


第3章:異質のものが出会う性の進化史


性とは何か。その本質を太古の歴史にさかのぼって考えてみる。

20億年前、細胞の中に核の構造を作らない原核生物が共存し合って、DNAを核の中に納めた真核生物が誕生した。この時、真核生物の核の中には、DNAのセットは一組しかなかった。

増えていく方法は大腸菌などのバクテリアと同様で、ひたすら単純な分裂で増えていった。細胞の中にあるDNAは同じものがコピーされ、二つに分かれた細胞が分配されていった。新しい個性は、極めにまれに起こるDNAの突然変異を待つしかなかった。

それでも周囲に豊富な栄養源があるうちは、真核生物にとって太古の海は楽園だったに違いない。
ところが、何かの理由で周囲から栄養源が失われたのだ。多くの真核生物たちは死滅したであろうが、その中で奇妙な振る舞いをするものが現れた。

真核生物同士が一つに合体したのだ。すると相互に足りない栄養分を補い合って急場をしのぐことが出来た。このとき、細胞の中にはDNAのセットが2組あることだ。やがて、周囲に栄養分が戻ったとき、再びDNAを一組ずつ持った二つの細胞に分かれた。

一組のDNAが合体して二組になり、やがて一組に戻る。このことは受精でDNAが二組になり、精子、卵子が一組のDNAしか持たないことと同じである。有性生殖の本質は、まさにDNAのセットが二組と一組の間をスライドすることにある。太古の昔に死を免れるために合体した二つの真核生物こそ、有性生殖の起源なのである。

精子と卵子が地球上に誕生したときから、両者は必ず出会わねば、受精という現象は起こらなくなった。原始の海で精子と卵子が最も効率的に出会う方法は、放射や放卵の時と場所をなるべく近づけることだった。

陸上への進出で、動物たちは受精するには過酷な環境と向かい合うことになる。陸上には乾燥した大気があった。精子や卵子は空気中に放出されると乾燥してすぐ死んでしまう。体の外に精子や卵子を出して受精する方法は、陸上で受精する動物には不可能となった。精子を直接メスの体内に送り込んでしまう体内受精を、陸上の動物は獲得したのだ。

この時からオスはメスに、メスはオスにより密接に近づかねばならなくなった。異なった個性を持つ二つの個体が、生殖のために必ず結びつくようになった。そして、そのための性行動が現れてくる。


第4章:性のジャンプ


無性生殖で同一の遺伝子を伝え続けていた生命は、性によって無限の可能性を手に入れた。しかし、その性もいまや生殖のためだけのものではなくなってきた。

次に霊長類の性を見てみよう。
アフリカ・ザイールの熱帯雨林に、注目すべき類人猿がいる。ピグミーチンパンジー、最近ではボノボと呼ばれる動物である。

チンパンジーに非常に似ているが、生活集団の様式や行動が、全く異なっている。チンパンジーは、オスの集団が群の実権を握っているが、ボノボではメスたちがオスと同等の実権を握っている。

しかし、最も注目すべき点は、ボノボの性行動であろう。たとえば、森の中でボノボの群がおいしい果物のなる木に出会ったとする。すると、彼らは興奮し、まずあちこちで頻繁に性行動が起きるのだ。オスとメスはもちろんメスとメス、オスとオス、そして子供を交えて(ボノボは1歳以上になると性行動に加わる)の性行動が始まる。

餌に出会ったとき、普通は餌を巡って争いや緊張が起きるわけである。チンパンジーなら優位なオスが、まず餌を手に入れることが多く、餌を巡って小競り合いも起こりがちである。

ボノボでは、そうした争いや緊張を、まず性行動によって和解させてから、食事にいると考えられる。餌だけでなく、他の群から来た新参の若いメスは、積極的にオスの実力者たちと性行動を行い緊張を緩和し、群での地位を安定させようとする。

なぜ、ボノボだけがこのような行動をとりいれたのか?その進化上の意味は、まだ分かっていない。

しかし、生理学的には、チンパンジーとボノボのメスには大きな違いがある。チンパンジーのメスは、排卵前の10日前後及び排卵日とその翌日が発情期で、基本的にはこの時期にしか交尾を受け入れない。

一方、ボノボでは、排卵周期に関係なくオスを受け入れることが多く見られる。つまり、妊娠が起こり得ない期間でも、メスが交尾可能となったわけである。ほとんどの生物では、生殖可能な時期のみ、メスがオスを受け入れる。ちなみに人間では、生理学的には365日受け入れ可能と言われている。

人間においては、生殖という本来の目的以上に、今の自分が生きるために、性が異質と異質、自分と他人とを結びつけてくれる手段となっているのかもしれない。

生命:40億年はるかな旅4(NHK出版)

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