遺伝子汚染を起こすバイオ事故


人間に感染したバイオ・ウイルス


1986年12月、「ネイチャー」に、アメリカのウィスター研究所を中心としたグループが、アルゼンチンで遺伝仕組み換えによって狂犬病の生ワクチンを不法に投与するという実験をしているという衝撃的なアピールが掲載されました。

このアピールによると、問題の狂犬病のバイオ・ワクチンは、狂犬病ウイルスの抗原を作る遺伝子を、牛痘ウイルスの中に組み込んだものである。この牛痘ウイルスの狂犬病ウイルスを組み込んだウイルスをつかってワクチンを作り、そのワクチンを牛に接種すれば、接種されたウシは狂犬病に対する免疫を作れる。

このアピールをアルゼンチンの科学者達が書いた理由は三つある。一つは、このバイオ・ワクチンの実験は、アルゼンチンへの通告がなされずに行われている点である。事実、バイオ・ワクチンの接種を行っている実験地域には、警告表示がなされていなかった。

二つ目の理由は、こうした遺伝子組み換えによって作られたバイオ・ワクチンを実際に放牧している牛に接種したときに、人間に感染するという危険性に関する情報やデータが不足しているという点である。

三つ目は、このバイオ・ワクチンの実験には倫理的に問題があり、さらに人体だけでなく、生態に対する安全性に関して重大な侵害があるという点である。実際にバイオ・ワクチンを接種されたウシが隔離されていないために、バイオ・ワクチンとして開発されたウイルスが生態系を汚染する可能性がある。

このアピールから1年後の1988年1月、遺伝子組み換えで作られたワクチンのためのウイルスが人間に感染するという事件が発生したのである。ウイルスを用いた実験中に5人が感染した。

バイオ事件が発生した1988年1月、バイオ・ワクチンの実験はアルゼンチン政府の命令によって中止させられた。

しかし、遺伝子組み換えによって作られたバイオ・ウイルスは、地球上に存在しない人工的なウイルスである。その遺伝子組み換えウイルスが人間を襲い感染したことは、バイオ・ウイルスによるバイオ事件が起きる可能性があることを示唆している。

アルゼンチンで発生したバイオ事件は、非常に危険性を秘めている。チェルノブイリ事件を挙げるまでもなく、私たちは原発事故の恐ろしさを認識している。

しかし、ほとんどの人がバイオ事件について興味を持っていいない。バイオ事故の恐ろしさは原発事故を越えると言っても過言でない。

理由は、第一にバイオ事故には未知の伝染病が起きるという恐ろしさがある。バイオ・ワクチンや遺伝子組み換えに利用しているウイルスの中に危険な遺伝子が組み込まれることによって、新しい伝染病が発生する可能性がある。

第二に、事故の発生がすぐわかる原発事故と違って、バイオ事故では人間が感染したり、病気になるまで、事故の発生がわからないことである。

第三に、バイオ事故を起こすウイルスは、無限に増殖する可能性がある点である。環境中に拡散したウイルスが勝手に増え始めると、最終的には収拾がつかなくなってしまうことになる。



遺伝子組み換え食品の安全性


遺伝子は生物の設計図であり、地球上のすべての生物は遺伝子に書かれた情報に基づいて生命活動を行っている。その生命の設計図である遺伝子を人工的に操作して書き換えることで、人間にとってより有益な生物を創り出すのが遺伝子組み換えである。

この遺伝子組み換えによって創り出されたのが、話題になっている遺伝子組み換え食品である。大豆やトウモロコシといった作物となる植物に特定の目的を持った遺伝子を組み込むことによって品種改良を行い、作物の商品価値を高めようと言うわけである。

こうした遺伝子組み換え作物は、全く新しい品種改良によって作られた植物である。これまで行われてきた掛け合わせによる品種改良は、何度も何度も交配を繰り返さなくてはならないために、品種改良に長い歳月が必要であった。しかし、遺伝子組み換えによる品種改良は、驚くほど期間を短縮できる。

厚生省の食品衛生調査会は、1996年8月、遺伝子組み換え技術を利用して開発された7品種の遺伝子組み換え作物について安全性が確認されたとして、当時の管厚生大臣に答申した。

このことによって、日本でも7品種の遺伝子組み換え作物が食品として認められ、組み換え作物が輸入されることになった。7品種というのは、除草剤の影響を受けない大豆とナタネ、害虫抵抗性のジャガイモとトウモロコシである。

今回、輸入が許可された遺伝子組み換え食品は、いずれも大豆やジャガイモとして流通するのではなく、飼料用になったり、植物油や冷凍食品といった加工食品の形として販売されることになる。

ところで、品種改良に利用されるいろいろな遺伝子は、その植物がもともと持っていた遺伝子ではない。当然、その遺伝子が作り出すタンパク質はごく微量であるが、これまで人間が口にしたことのないものである。そこで、私たち消費者にとってもっとも気になることは、遺伝子組み換え食品の安全性である。

アメリカやカナダでは遺伝子組み換え作物と表示する義務はない。その理由は、遺伝子組み換え作物は内容や成分などに差がなく、これまでの作物と同等であるというのである。そのため、遺伝子組み換え食品を普通の食品と区別する必要はないし、特別の表示も必要はないことになる。

こうした一方で、遺伝子組み換え食品について、その危険性を指摘する専門家もいる。

分子生物学者であるアメリカのマハリシ経営大学のジョン・フェイガンは、「遺伝子組み換え食品には、アレルギーを引き起こしたり、毒性を持ったり、栄養価を下げたりといった潜在的な危険性があります。たとえば、トマトに含まれているトマトインというアルカロイドに対して、5%くらいの人はアレルギーを起こします。遺伝子組み換えによってトマトインが大量に生産された場合、遺伝子組み換えトマトはアレルギーの原因となります。」と述べている。

遺伝子組み換え作物に組み込まれた特定の遺伝子が、何十億年という歳月をかけて作られてきた生態系のバランスを変えることになりかねない。こうした遺伝子組み換え作物の生態系への危険性は、すぐには分からないという危険性がある。

こうしたことから、ヨーロッパでは、遺伝子組み換え作物に対して、非常に慎重な対応をとっている国が少なくない。ドイツを筆頭にEU加盟15カ国中13カ国が、人体への影響と環境上の問題を理由に、アメリカ産の遺伝子組み換えトウモロコシの輸入を留保している。

また、ヨーロッパの食品業界は、消費者が一目でわかるように、遺伝子組み換え食品の表示を要求している。しかし、遺伝子組み換え食品は、2000年には2000億円以上の規模といわれるほどの期待の大きい市場となると言われている。

そのため、アメリカ政府は「組み換え作物が安全でないということには科学的根拠がない以上、ラベルを貼る必要な全くない」と、真っ向から対決している。こうしたことから、遺伝子組み換え食品は、新たな貿易問題として国際的な問題に発展しつつある。



遺伝子治療とクローンの危険性


世界で最初の哺乳類のクローンが、1996年、イギリスのロスリン研究所でクローン羊が誕生し、「ドリー」と名付けられた。アメリカのオレゴン地域霊長類研究所でも、1996年にクローン猿が作られた。

最も人間に近い霊長類のクローンがつくられたことから、クローン猿は衝撃を与えるが、受精卵を使って子供のコピーを作るという意味では、すでにウシやマウスで行われている。

ところが、イギリスのロスリン研究所が開発したクローン羊は生殖細胞でなく、体細胞から直接クローンを作るという意味で革命的な技術である。

このクローン羊の技術は、人間にも容易に応用できることから、アメリカのクリントン大統領は、クローン技術を人間に応用するための研究に対し、政府の研究費の支出を禁止することを決定した。さらに、ローマ法王もクローン人間の禁止を呼びかけたし、フランスのシラク大統領も生命倫理法の見直しを命じた。

この哺乳類のクローン誕生について、どうしてマウスやモルモットでなく羊だったのか不思議な気がする。しかし、実はクローン羊は単なる好奇心から行われた実験でなく、ある目的を達成するための応用技術として開発されたのである。

ロスリン研究所は、「α1アンチトリプシン」をつくる遺伝子を組み込むことで、医薬品になるα1アンチトリプシンを乳汁から分泌する「トランスジェニック羊」と呼ばれる羊の開発に成功したのである。

α1アンチトリプシンは「α1アンチトリプシン欠乏症」という遺伝病の治療薬として使われる。同じ遺伝子組み換えでも、微生物により羊にα1アンチトリプシンを作らせた方が、コストが10倍も低くなる。

何しろ牧場で飼われている羊は、自分で勝手に草を食べて、α1アンチトリプシンを作ってくれるのだから、コストが非常に安くなるのである。

これまで食用動物として人間に役立ってきた羊が、いまや薬用動物として利用されているのだ。その薬用動物であるトランスジェニック羊を安定的に大量生産する技術がクローン羊だったのだ。

ちなみにロスリン研究所では乳量が羊より多いトランスジェニック牛の開発に成功しているし、アメリカでは血栓症の治療に使う「アンチトロンビンV」を作るトランスジェニック山羊の開発が進んでいる。クローン羊が作られたことには、こうした背景がある。

ところで、クローン人間については、当然のことだが、多くの人が反対している。何のためにクローン人間を作るかのかと聞かれても、クローン人間を正当化できる答えは、なかなか見つからない。

クローン人間の臓器なら、移植しても拒絶反応がないから、臓器移植に使えるという意見がある。移植のためにクローン人間から心臓を摘出することは、そのクローン人間を殺すことになる。冷静に考えると、このようなことが許されるわけがない。

こうした現実をふまえて、1992年、アメリカのピッツバーグ大学のスターツルを中心をする臓器移植チームは、ヒヒの肝臓を人間に移植するという異種間移植手術に成功した。

ヒヒは解剖的に人間によく似ているだけでなく、ヒヒの肝臓はB型肝炎ウイルスが感染しないという利点がある。そのため、スターツル教授は、ヒヒだけでなくブタからの肝移植の研究を進めている。ただ、ヒヒからの肝臓移植が治療として確立されるためには、異種間移植に見られる拒絶反応といった大きな問題が残されている。

ところが、こうした異種間移植の分野で、最近、急速に注目され始めたのがクローン豚である。拒絶反応を起こさないクローン豚が開発されている。人間にとって異物となる豚の遺伝子が作ったタンパク質が抗原となり、移植された人間が抗体を作るために拒絶反応が起きるわけである。

この抗原になるタンパク質を作る遺伝子を「ノックアウト」と呼ばれる方法で破壊することによって、心臓や肝臓を人間に移植しても拒絶反応が起きないブタが開発されたのである。さらに、この臓器移植のために開発された抗原を作らないブタのクローンがすでに作られている。

イギリスでは実用化に向けて、すでにクローン豚の心臓をヒヒに移植し、拒絶反応が起きないことが確認されている。こうしたクローン豚の心臓や肝臓が移植される日も近いようである。

ところが、この臓器移植用のクローン豚には、恐ろしい危険性が秘められている。それはクローン豚の遺伝子の中に未知のレトロウイルスが存在することである。クローン豚の臓器を人間に移植することによって、人間の遺伝子の中に存在するレトロウイルスとクローン豚持っているレトロウイルスが一緒になることで、未知の病原ウイルスが誕生する可能性があるのだ。

そのため、現在、クローン豚が持っているレトロウイルスを取り除いた安全なクローン豚を作る研究が進められている。こうしたことから、レトロウイルスによる遺伝子汚染を解決するまでは、クローン豚から人間への臓器移植は禁止されている。

「あなたの遺伝子は汚染されている」
中原英臣・佐川峻     早川書房

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