1. 今日の遺伝学


皆さんはエベレスト山ほどもある干し草の山の中に紛れ込んだ針を探すことなどまったく不可能と思われるでしょう。しかし、この10年間の科学の進歩の結果、これほど不可能そうなことも可能となろうとしているのです。

私たちの体を作っている個々の細胞はそれぞれ一人の人間を作り上げるのに必要な全情報をもっており、それらは染色体を構成する多数の遺伝子に書き込まれています。遺伝子はDNA(デオキシリボ核酸)という物質からできていますが、その分子はらせん状にねじれたはしごのような形をしており、その一段一段にあたるのが対になった塩基と呼ばれる構造単位です。

もし仮に一人の人間の全細胞中の全染色体のDNAを取り出すことができたとして、それをつなげて伸ばしてみると月まで八千回往復するくらいの長さになります。それでも新しい分子生物学の技術を使えば、平均的な遺伝子が千から二千個程度の塩基分の長さを持つとして、その六百万個に相当する長さのDNAの中から一個を見つけだすことができるのです。

このように、特定の遺伝子を取り出し解析することができるようになったことは遺伝子病の研究にとって革命です。いくつかの遺伝病については、すでに受精後八週の胎児で診断することができるようになりました。たとえば血液の遺伝病である血友病、鎌上赤血球貧血などがそうです。

さらにガンや心臓病のしくみを調べるためにもこの技術が使われ始めており、将来的には遺伝子治療、つまし不都合な遺伝子を持って生まれた人に正常な遺伝子を組み入れることすら可能になろうとしています。



両親から受け継ぐ遺伝子


遺伝病には二つの場合があります。私たちの体のほとんどの細胞の核には四六本の染色体があり(唯一の例外は配偶子、つまり精子と卵子で、これらは半数の二十三本しか持っていません)、母親(卵)から二十三本、父親(精子)から二十三本を受け継いでいるわけです。このため染色体の遺伝子はそれぞれ父親由来のものと母親由来のもの二個でワンセットになっています。

ある種の遺伝病では、片親から一つの異常な遺伝子を受け継いだだけで他方の親から正常な遺伝子を受け継いでいるにもかかわらず発病します。このような異常な遺伝子は優性であるといいます。

一方他の遺伝病では、こちらのほうが多いのですが、両親からとともに異常遺伝子を受け継いだときに初めて発症し、これらは劣性であるといいます。この場合、異常遺伝子を一個だけ持っている人は保因者といいます。保因者は病気にはなりませんが、その子供に二分の一の確率で異常遺伝子が伝わることになります。われわれは誰でも有害となりうる劣性遺伝子を一つや二つは持っているものです。

女性の細胞には二本のX染色体を持っていますが、男性の細胞はX染色体を一本とY染色体を一本持っています。これらは性染色体と呼ばれています。

血友病などのある種の遺伝病は、X染色体に乗っている異常遺伝子によって起こります。二本のX染色体の双方に血友病遺伝子を持つ女性は発病しますが、片方のX染色体にしかこの遺伝子を持たない女性は発病せず、保因者となるわけです。一本しかないX染色体に血友病遺伝子を持つ男性は必ず発病することになります。このような遺伝病は伴性遺伝病と呼ばれています。

最近まで、医師は胎児が特定の遺伝病を持っているかどうかを判定できないのが普通でしたから、遺伝病をもった子供が生まれる確率を両親に説明することぐらいしかできませんでした。たとえばすでに何かの遺伝病、たとえば嚢胞性繊維症(この病気の子供は非常に粘りけのある分泌物のために肺の気道がふさがれることがあります。)の子供が生まれていて、それでその両親が保因者であることがわかることもあります。このように、子供が生まれてみないと保因者であるかどうかわからないことが多いのが困った問題で、簡単な検査で保因者と判定できる遺伝病はまだ数少ないのです。

しかしいくつかの特定の遺伝病については、胎児の血液が2ml、またはDNAが50万分の1グラムあれば、遺伝病の可能性がある胎児の遺伝子を取り出して調べることができるようになりました。分子生物学の進歩と、胎児の細胞を取り出す新技術のおかげです。

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