動物胚の発生工学


クローン人間は作られるか

一個の受精卵が発達して、私たちのような人間が出来上がると言うことがどうして可能なのでしょうか。この根本的な問題は依然として神秘であると言わねばなりません。しかし,それに答えようとして行われている研究のなかから、非常に早い時期、つまり受精後数日ほどしか経ていない胚を操作する技術が開発されてきました。
 
その結果、ギリシャ神話にもでてきそうなキメラやクローンあるいはトランスジェニックなどと呼ばれる動物が作り出されるようになりました。このような動物は、基礎研究の手段として役立つばかりでなく、今後農業や医療にも革命をもたらそうとしています。試験管ベビーもまた胚の研究から生み出されたものなのです。

このような画期的な進展は、マウス胚の研究に端を発しています。マウスはハツカネズミとも呼ばれ、実験室での研究に非常に適した性質を備えており、そのうえその初期発生が人間の場合とよく似ています。

事実すべての哺乳類、カンガルーなどの有袋類やカモノハシの類は別にして、哺乳類の胚は初めの数日間は非常によく似通っているのです。
 
着床以前の胚はいわば自立的に生きることができ、一個の細胞から始まり約32個の細胞に分割してゆきます。研究者によっては、この時期は同じ様な細胞が集まったものなので、前胚と呼ぶべきだと言う人もいます。

発生が正常に進行すれば胎児の体になる細胞も、胎盤などの支持的な細胞になる細胞もこの時期では見た目には全く同じなのです。場合により胎児が出来てこない胚もあり、あるいは二個の胎児が出来て双子になる胚もあります。この時期ではそれを区別できないので、この細胞の塊を一人の人間とみなすのは適切でないでしょう。

遺伝子工学が進歩したおかげで、ある生物種の遺伝子を別の生物種に導入することが出来るようになりました。たとえばヒトから取り出したある遺伝子をウシのゲノム(全遺伝子のセット)に導入することが出来ます。このように外来の遺伝子を導入した動物は、トランスジェニック動物と言います。
 
トランスジェニック動物を作り出すのに最もよく使われる方法は、受精直後の卵の片方の前核に直接遺伝子を注入する方法です。このような細かい作業を行うには、顕微鏡で見ながら受精卵を細かい管に吸い付けておき、その反対から非常に細いガラス針を卵に刺入して遺伝子の溶液を微量注入します。
 
おどろくことに、このような荒っぽい方法でも、常にとは限りませんがうまくゆき、導入した遺伝子がその胚のゲノムにしっかりと組み入れられるのです。

ただ問題もあって、たとえば導入された遺伝子が正常に働かない場合もあります。また組み込まれる過程で、もとからある遺伝子情報を傷めてしまい、遺伝子を導入したこととは別に挿入変異と呼ばれる変化が生じることもあります。
 
このような問題はあっても、実際に微少注入法によって数多くのトランスジェニック動物が、マウス、ラット、ブタ、ヒツジで作り出されてきました。1981年に初めて報告されたのは、成長ホルモンの遺伝子を組み込んだマウスでした。このようなマウスでは正常なマウスと比べて50%にも達する体重の増加が見られました。
 
トランスジェニック動物を作るもう一つの方法は、自然界でも細胞に入ったり出たりしているレトロウイルスなどのウイルスを利用するやり方です。レトロウイルスなどは、それに感染した細胞をしむけて自分の遺伝子を細胞のゲノムの中へ組み込ませることが出来るのです。
 
遺伝子工学によって、レトロウイルスのゲノムの中で感染と組み込みに必要な部分を取り出し、これと導入したい遺伝子をつなぎ合わせることが出来ます。

こうして得られる組み替えウイルスをいわば運び屋(ベクター)として使い、胚の細胞に遺伝子を導入するのですが、これを行うのは胚が四から八細胞期にある時期がよいとされています。
 
この方法の問題点は、ウイルスをかけても胚のすべての細胞に入るとは限らないことです。一部の細胞にしか入らない場合には、その胚はキメラ、つまり遺伝子組成の異なる細胞からなる個体となります。もし次の世代に受け継がれる細胞、つまり生殖細胞になるべき胚細胞にウイルスが入らなかった場合には、その胚が順調に育っても導入された遺伝子を子孫に伝えることは出来ません。
 
多くの研究者は、この方法は将来遺伝子治療に役立つだろうと考えています。つまり、遺伝病の原因となっている遺伝子の働きを補うために、遺伝病患者に正常な遺伝子をこのような方法で導入して病気を治せないかということです。

クローンとは、遺伝子構成が全く同じ個体を集合的にさす言葉です。原理的にはあなたとまったく同じコピーを作り出すことは出来るはずです。つまりあなたの体から一個の細胞を取り出し、遺伝子が含まれている核を抜き出し、それを核をあらかじめ除去しておいた一細胞胚に植え込んでやれば、あなたの遺伝子が働いてあなたと同じ個体が発生してくるはずです。
 
しかし実際にはそうはゆきません。成熟した哺乳類の体細胞の核には、除核した胚細胞を発生させる能力はなくなってしまっているのです。大人の細胞では、発生を司るために必要な遺伝子群のスイッチが切られてしまっていると考えられます。しかし胚をごく早い時期に分割することにより、遺伝学的に同一の個体をいくつか作り出すことは出来ます。ただこのような方法で作り出せるクローンの個体の数には限りがあります。

試験管ベビー


 初期胚を実験室で扱うことが出来るようになったため、不妊症の治療に大きな変化が起きています。その結果試験管ベビー、代理母、さらに男性の妊娠などまでが語られ始めています。
 
試験管ベビーは簡単です。成人女性にある種のホルモンの薬を投与すると卵巣が刺激されて、通常なら成熟卵が一ヶ月に一個排卵されるところ、多数の卵が一度に排卵されます。医師はその女性の腹部に通した管によって成熟卵が包みこまれているろ胞見つけだし、カテーテルをつかってその卵子を取り出します。
 
次が試験管の段階で、卵子と精子とを培養皿の中で出会わせるのですが、この手順のことを体外受精と言います。培養皿の中には特別に調整した栄養がたっぷりの液体が入っており、受精卵の前核が合体し卵割が始まるまで胚を好ましい状態に保つことができます。
 
その次は胚移植の段階です。若い胚、それはすでに数個の細胞になっているはずですが、これを子宮に移します。卵子がもともとこの女性のものでない、つまり彼女が遺伝学的な母親でない場合には彼女を代理の母と言うこともできます。
 
体外受精と胚移植の成功率はそれほど高いものではなく、処理を受ける女性の約10%が実際に妊娠する程度です。自然な状態で子宮内で受精する卵の妊娠成功率がどの程度のものかは不明ですが、ざっと見積もって約50%ほどが出生に至るだろうと考えられます。
 
哺乳類動物の初期胚の研究の結果、農業や医療に多くの新しい可能性が広がってきたことは間違いありません。そのような進歩のおかげで、不妊症や遺伝病あるいは奇形などを予防したり治療したりすることが可能になってゆくのです。

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