遺伝子操作


医療への応用と倫理問題


 植物も動物も、それぞれの特徴を親から受け継ぐことは百年以上も前から知られていることです。ヒトの体のほとんどの細胞には核があって、そこにはDNAを中心にしてできている染色体が入っています。

DNA分子は、四種類の塩基と呼ばれる化学構造を並べてつなぎ合わせた形をしています。この四種類の塩基は、一見でたらめな順序に並んでいるかのように見えます。しかし実はこの塩基の並び方が、タンパク質を作る二十種類のアミノ酸の並び順を指定している遺伝子暗号の実体なのです。

一つ一つのタンパク質の作り方を指定しているDNA上の部分が、それぞれの遺伝子であり、加えて各遺伝子の発現制御に関与する部分もDNA分子上につなぎ込まれています。

遺伝子工学とは、DNAを取り扱う実に多様な技術をまとめて指す言葉です。これらの技術に共通して言えることは、ある細胞から遺伝子を取り出して別の細胞に導入する際に役立つということです。

植物と動物の間で遺伝子を取り替えることもできるのです。新しい遺伝子を導入することによって、その細胞の働きを変化させることができます。細胞の機能を転換したり、新しい性質をもつ分子を生産分泌させることも可能です。

遺伝子工学への大きな期待と懸念の根底にあるのは、天然には存在しなかった遺伝子の組み合わせを実現できるこの威力なのです。

遺伝子工学は、巨大な分野で非常に多様なものが含まれます。新しい治療法や食物生産の増収をもたらし、さらに環境汚染やエネルギー問題の解決にも役立つかもしれません。犯罪捜査にも利用されています。

しかし、多くの新技術と同じく、遺伝子工学も新たな懸念もはらんでいます。この技術が間違った利用のために人間の健康や環境に害を及ぼす危険はないのか。人間を改造して超人間を作れるのか。どのような利用が安全で許され、どのような利用を禁止するか、それを誰が決定するのか。

遺伝子工学技術が、閉じ込めが容易な実験室での小スケールの実験から、営利を追求する医療や工業での大規模利用に拡大したときの安全性に懸念を抱いたアメリカの科学者達は、いったんはすべての遺伝子工学研究の自主的停止を呼びかけました。その後多くの国の政府は遺伝子工学研究のためのガイドラインや法令を定めるようになっています。

遺伝子工学の進歩によって、遠からずヒトの疾病への対処法は受精から老齢期までのすべての段階で様変わりするでしょう。遺伝子診断によって特定の病気になりやすい遺伝的資質を判定しやすくなり、また遺伝子治療によって病気を治すために遺伝子工学が利用されるでしょう。



医療への応用と倫理問題


遺伝病は、片親または両親から原因となる遺伝子を受け継ぐことによって生じるものです。病気によっては、初期の胚が原因遺伝子を受け継いでいるかどうかを遺伝し診断によって判定できるものがあります。

試験管内で受精し発生を初めて二日後、まだ八細胞期の胚から気をつけて取り出した一個の細胞のDNAを抽出し、特定の遺伝病の原因になる遺伝子がないかどうかを調べます。その結果にもとづき、その胚を母親の子宮に戻して発生を続けさせるかどうかを決めることができるのです。胚が子宮に着床するべき時期の前に調べるので、これを着床前診断といいます。またこのとき胚の性別は、染色体を見ればわかります。

しかし胚に対して、日常的に遺伝病の遺伝子診断を実施すべきものでしょうか。そうであるとすれば、どれとどの遺伝病について検査すべきでしょうか。また両親が子供の性別を選ぶことが許されるべきでしょうか。何が許され何が許されないかをどのように決定すれば良いのでしょうか。

実用主義者なら考えられる効用と費用または害を数え上げて、効用の方が大きければ実行すべしとなるでしょう。しかし、いかに効用が大きくてもうち消すことのできない害や正当化ができない誤りというものはないのでしょうか。いかなる場合でも、ある行為は許されないとする絶対的な倫理基準というものを主張するヒトもいるのです。

胎児や成人の遺伝子診断には、その結果をどう伝えるべきかというもう一つの問題があります。

遺伝子診断の結果、その人が若いうちに死ぬかもしれないということがわかれば、その人の生き方が大きく変わることもありえます。誰が遺伝病の遺伝子を持っているかを知ることによって、医師はより効果的に医療の重点配分ができるでしょう。

しかしその情報はまた当人の行動や選択を制限してしまうことになりえます。たとえば、すでに多くの生命保険会社は加入申込者に、その血縁者の中に心臓病・脳卒中・糖尿病などにかかったヒトがいるかどうかを尋ね、危険率の高い家族から高い保険料を取るようになっています。

遺伝子診断がなされると、生命保険会社は個人の予想寿命について今だかつてない豊富な情報を手にすることになり、保険にいることが非常に難しくなる人も出てくるでしょう。また、このような情報が雇用者に利用されるようになれば、従業員の昇進に響くことさえあり得ます。遺伝子診断が広く行われるようになると、遺伝子下層階級の出現につながるのではないかと恐れる人も多いのです。

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