
砂丘のまち 鷲宮
鷲宮町の西大輪河畔砂丘を歩く
埼玉県北葛飾郡鷲宮町の西大輪、東大輪、八甫にかけて
「西大輪河畔砂丘」が広がっている。
主要地方道川越・栗橋線沿いのうっそうとした森林が
砂丘である。


階段があるので、登ってみよう。

この辺りは、富士山が眺望できることから
浅間台 と呼ばれている。

森林の中へ入っていくと「浅間社(せんげんしゃ)」がある。
子育ての神様だ。
祭りは、昭和55年まで続けられていたが、現在は、行われていない。

この辺りの土は、確かに砂である。

主要地方道川越・栗橋線の反対側へ渡ると、西大輪神社がある。

西大輪神社は、獅子舞で有名な神社である。

この辺りの土も、砂である。

かつて、この辺りを古利根川が流れていたので、
砂丘ができあがった。

西大輪の交差点付近にある金毘羅社のところも、
砂丘である。
西大輪河畔砂丘は、正確には、4列に区分されている。
最初にみた浅間社のある列は、長さ1600メートル、幅150メートル。
西大輪神社のあたりの列は、長さ980メートル、幅200メートル。
その西の列は、長さ350メートル、幅50メートル。
更にその西の列は、長さ480メートル、幅130メートル。
主要地方道川越・栗橋線を栗橋のほうへ行ってみると、
いくつか神社・仏閣がある。

密蔵寺と関係がある神社のようだ。

ここの土も、砂である。

白山神社

細いわき道を栗橋(中川)方面へ行ってみると・・・

光厳寺

この辺りにも砂丘が残っている。
お墓のところだ。
主要地方道川越・栗橋沿いには、小山の上に
浅間社がある。

これは、安永元年(1772年)の洪水の頃は、
「八甫村蛇田堤(じゃだつつみ)」と呼ばれていた。
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鷲宮町は、砂丘のまち である。
< 参考 1 >
鷲宮町の第4次総合振興計画基本構想の中には、
「 内陸砂丘については、貴重な歴史的景観の保全に努めつつ、
自然環境を密接に感じられる、ふれあい空間の創出に努めます」
という記載がある。未だ文化財には指定されていない。
< 参考 2 >
地学上、砂丘とは、風によって運搬された砂粒が集積してできる高まり
をいい、形成される場所によって、海岸砂丘、内陸砂丘、河畔砂丘、
湖岸砂丘などに分類される。日本に見られる砂丘のほとんどは
海岸砂丘であるが、鷲宮町の砂丘は「河畔砂丘」である。
河畔砂丘は、木曽川と利根川に分布していることが知られている。自然堤防
と似ているが、比高が高いことで区別され、人工盛土とは形状で区別される。
なお、内陸砂丘とは、大陸内部の砂漠地帯に発達した砂丘のことをいう。
< りんく >
<このページ作成後の新聞記事>