建築工事の記録


地震からの復活へ戻る内装工事の記録外構工事の記録

 

地震後丸2年を経て、ようやく家の再建にこぎ着けました。

 

◆準備

地震後の整地工事

子供の頃に登った木などが,きれいさっぱり全部無くなりました。 思っていたより結構広い土地。
この整地工事は自分で解体業者に手配しました。ハイム経由より, ずっと安上がりでした。

 

地鎮祭は、友人のJE3BRSさんの神社にお願いしました。
祭壇やお供え物など,お宮さんで一式そろえて下さいました。 ハイムからも,お酒のお供えを頂きました。

基礎工事は桜の季節。
工事屋さんから,目の保養になりましたと思わぬ言葉を。

セキスイハイムの基礎は,ごっつい骨太な印象でした。これで5トンだから, 3トンだったらどんなにすごかっただろうと。。。。。

 

◆いよいよ本体工事

ハイムの工事は,大きなクレーンで次々にユニットをつり上げて置いていく ご存じの工事です。
うちは全部で15ユニット。まあまあ標準でしょうか。

 

据え付け当日。
現場に着いたら,既に作業が始まっていて,最初のユニットはもう 置かれていました。

 

さっそく監督から工程等の説明を受けました。 お天気の具合がいまいちで、雨じまいを優先して行うとのことでした。

 

3つのユニットまで積み終わりました。

この写真の一番右側に写っている3つのユニットのあわせ目にある鉄骨柱が, Cレンで「抜く」柱です。
この柱を取ってしまうことで,幅5メートル,長さ9メートルの大空間が できました。このスペースは, 和室続き間と広縁になります。

 

工事はどんどん進みます。
 

こんな角度からユニットを見ることはもう2度とありません。
クレーンでつり上げている間に,1ユニット毎に,すべて,詳細な写真を撮っておけば, 鉄骨の位置や床の構造などがわかり,あとあと極めて有益です。
 

あれやこれやという間に,1階ができてしまいました。まだ午前中です。

まだ午後2時だというのに,もう外観が完成してしまいました。

このあと,アスファルトのルーフィングシートを用いた屋根の防水さえ完了すれば,その日のうちに棟上げ が終わってしまいます。 サッシもついているので,雨が降ろうが,台風が来ようが大丈夫。 最後は屋根の雨じまいです。

 

こちらは据え付け当日の建築メモです(建築日記より)。問題もあったようです:
    4/18 ユニット据えつけ。終日神戸へ。
            朝8:50頃着。すでに1個目のユニットがつり上げられ、据えつけ寸前だった。
            監督さんから説明「お天気が心配。本日は雨じまいを優先する」
            10:30頃までに1Fは完了。玄関の庇、DK屋根を取り付け。
            コーヒー差し入れ。3箱
            バルコニー、2Fの順で据えつけ。2F屋根を納めて完了。
            この頃、雨がパラパラときていた。
            屋根まで完了してから、14:30頃から昼食
            監督さん、途中で中座。夕方再度来られた。
            17:10頃から、戸締まり前に内部見学。
            監督さんに今後の予定をソ漫
             「今後、GWまでに外観完成、GW後、6月までに大工工事と設備関係」
             「うまく行けば、6月初めにも引き渡し可能」
            クーラーのグリルを基礎点検口から挿入して、蓋代わりに箱をおいた。
            南都銀行へ電話して送金等の相談。
         
            全体的な感想:
       ・思っていたより壁の色が濃い。橿原展示場や写真のイメージとは相当違う。
       ・鉄骨構造体はまずまず強そうなイメージ。
       ・屋根構造体は若干ひ弱な感じもする。ペコペコする。肉が薄いせいか?
       ・Cレン部分は、ユニットの縦棒がはずされるとやはり少し心配。
        連結部が、パイプでなく、単なる薄い板だったことにも因ると思う。
 
       工事不都合:
       ・玄関ユニットの20φボルト位置があっていなかったため、たたいて修正。
       ・Cレンの連結用板の納まりに相当時間を要した。
       ・2階ユニットの納まりが悪く、足で衝撃を与えて入れていた。
        DKの北側屋根が特にひどかった。ドーンといって、全体が大きく揺れた。
       ・基礎とユニット床の密着が悪いところに、薄い鉄板を挿入して穴埋め。
       ・BSアンテナコードの引き出し口を移動
       ・基礎とユニットの接続はボルト締め着けず。後で締めるらしい。


 

本当は,うちは,このあとが大変でした。和室の内装工事が。。。。。。 親がゆったりと時間を送れるように考えた『お茶対応』などという, 唯の和室ではない,ハイムにとってはとんでもないものでありました。 しかし最終的には,ハイム関係の人をして,「セキスイハイムでこんな家ができるの」 と言わしめた,自慢したくなるような家ができました。 ハイムさんをほめているのか,けなしているのか、、、、、 でも,少なくとも自慢できるのは,建設に携わって下さった皆さまの お力のお陰だと思っています。皆さまどうもありがとうございました。 結局こんな家になりました。
地震からの復活へ戻る

ジオシティーズの入り口へ このコミュニティの入り口へ ご近所を訪問する