フィラデルフィア(ボケロン県・西パラグアイ・チャコ地方)





フィラデルフィア(ボケロン県・西パラグアイ・チャコ地方)



ボケロン県はチャコ地方の奥に位置するボリビアとの国境の県です。国土の60パーセントを占めるパラグアイ川の西側、西パラグアイ(チャコ)は行政的には僅か3つの県に分けられています。トランスチャコと呼ばれるボリビアまで通じる道路の奥の方がボケロン県で約2千人くらいの町が3つ(フィラデルフィア、ロマ・プラタ、ノイランド)あり、残りは広大な大地となっています。その中で行政の中心となり県庁舎、裁判所などがあるのがフィラデルフィアです。



01・概要 (2011年 8月22日)
同じメノニータなのですが、ロマ・プラタがカナダからの移住者を中心として作られたのに対してフィラデルフィアはソビエト連邦からの移住者を中心として1920年代に建設されました。ロマ・プラタと同様に共同組合(フェルンヘイム)が全ての土地を所有し、生産物を一括して取り扱っています。ロマ・プラタが商業の町に対してフィラデルフィアはボケロン県の県庁や裁判所があり、政治の町と言われています。ただ実質的な中心の共同組合の建物と県庁舎、市庁舎を比較しますと差は歴然としており、この地はパラグアイではありますが、共同組合を中心に動いている事が理解出来ます。

数年前までほとんど舗装が無かったでそうが、最近は舗装が進み中心街は舗装となっています。ただ確かにロマ・プラタと比較しますとメインストリートの商店も少なく静かな印象です。ドイツ系でパラグアイの地方に位置するボケロン県、日本からは余りにも遠い存在ですが、今後の発展余力を考えますと注目して行く必要があるように思います。



(写真:町の入口に在るモニュメント-01)



(写真:町の入口に在るモニュメント-02)



(写真:メインストリートは舗装)



(写真:ボケロン県・県庁舎-01)



(写真:ボケロン県・県庁舎-02)



(写真:フィラデルフィア市庁舎)



02・舗装されている中心部 (2011年 8月22日)
中心部の一角は綺麗に舗装されています。道が広い割には交通量は少なく静かでのんびりした印象ですね。



(写真:舗装されている中心街-01)



(写真:舗装されている中心街-02)



(写真:舗装されている中心街-03)



(写真:舗装されている中心街-04)



(写真:舗装されている中心街-05)



(写真:舗装されている中心街-06)



(写真:舗装されている中心街-07)



(写真:中央に在るフェルンヘイム共同組合-01)



(写真:中央に在るフェルンヘイム共同組合-02)



(写真:教会)



(写真:博物館-01)



(写真:博物館-02)

メインストリートには商業施設があり、スーパーマーケットやこの町唯一の銀行等があります。



(写真:商業施設-01)



(写真:商業施設-02)



02・舗装されていない中心部 (2011年 8月22日)
舗装されている道は僅かで中心部でもほとんどは土道です。アスンシオン等と比較しますと降水量が少なくこの二ヶ月雨らしい雨は無いそうで自動車が走行しますと埃がものすごいです。



(写真:舗装されていない中心街-01)



(写真:舗装されていない中心街-02)

アスンシオンからは「ナサ」のバスに乗ります。ご覧の通り綺麗なバスです。



(写真:舗装されていない中心街-03)

大きなスーパーマーケットが出来ています。



(写真:舗装されていない中心街-04)



(写真:舗装されていない中心街-05)



(写真:舗装されていない中心街-06)



(写真:舗装されていない中心街-07)



(写真:舗装されていない中心街-08)



(写真:舗装されていない中心街-09)



(写真:舗装されていない中心街-10)



(写真:舗装されていない中心街-11)



02・公園にて (2011年 8月22日)
中央の公園には機関車などが展示されています。チャコ地方最初の鉄道は1927-28年にはカナダからの移住者を運び1930-32年にはソビエトからの亡命者を運び、1932-35年にはチャコ戦争で多くの兵士を輸送したとあります。



(写真:チャコを走行した最初の鉄道-01)



(写真:チャコを走行した最初の鉄道-02)



(写真:チャコを走行した最初の鉄道の説明)



(写真:昔使用した器機)



(写真:開拓に使用された最初のトラックの説明)



(写真:開拓に使用された最初のトラック)



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