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ナウル旅行記を公開してもう何年も経つにも関わらず未だにナウルに関する情報を提供している日本語サイトが少ないからでしょうか、「ナウルへ行きたいけどどうすればいいのか」というお問い合わせが少なくありません。ところがナウル渡航に関する情報は変わっていくので、情報をこのページにまとめることにしました。私が知り得た範囲でしかできませんがみなさんのお役に立てば幸いです。また、新しい情報がありましたらお教えいただけるとありがたいです。


2006.08.xxまでに入手した情報



2005.12.xxまでに入手した情報


2005.08.xxまでに入手した情報


2004.10.xxまでに入手した情報


2004.01.xxまでに入手した情報


2003.12.xxまでに入手した情報


2003.10.xxまでに入手した情報


2003.08.xxまでに入手した情報


2003.06.xxまでに入手した情報


2003.05.xxまでに入手した情報

んー、やっぱり。という内容ですが、...じゃなんで外務省はわざわざあの情報を削除したんだろう?

※後日談
「外務省のサイトから渡航不可の情報が消えている」と私に知らせてくれた方に、先の情報をお伝えしたところ、外務省へ問い合わせした結果を教えてくれました。

...情けない限りです。そりゃ確かに今世界にはナウルが抱えている問題よりも大きな問題が山積しています。外務省はナウルどころではないのかも知れません。ただ、外務省のページをみると「いつの情報だ?」と目を疑いたくなるような話も混ざっているのも確かです。

※さらに後日談
前述の方は外務省だけでなく、今度は在フィジー日本大使館の、高田昌明公使に質問してみたそうです。高田公使といえば、先日のドゥウィヨゴ元大統領の葬儀に参列するためナウルに行かれた方です。

...さすが、「現地担当者」は持っている情報が違います(外務省はちゃんと報告を受けてないのか?)。アポありの電話だったためか対応は霞ヶ関より良かったそうです。一時は地獄絵図のようになっているのではないかとまで噂されていたため、「暴動の痕跡らしきものはみられなかった」というくだりは私にはちょっと驚きでしたが、結局「情報が途絶えた」ということに対して周囲が勝手にパニックしていた、という事なのでしょうか。それにしてもこの話を読む限り、ナウルの人達は最悪の状況にもならなかったものの、一度地獄を見てそこから這い上がらんと一念発起した活気もなさそうに感じます。...ナウルは未だナウルのまま、という事なのでしょうか。


2003.04.xxまでに入手した情報


2003.03.10までに入手した情報


2003.02.25に入手した情報


2002.10.14に入手した情報


2002.06.17に入手した情報


2002.06.02に入手した情報

 


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