新聞批評 1998年(平成10年)12月7日   取材源の秘匿−談合情報について

 11月20日付で、県の道路建設課のトンネル工事の入札で、談合情報通りの業者が落札したことを各紙が報道した。落札業者と落札価格について、各新聞社に事前にハガキが届いたということである。役所には来なかったので、役所はある新聞社からそのコピーをもらったということである。入札は当初11月16日に行われる予定であったが、翌17日に業者から事情調査し、談合の事実がないものとして、18日に実施された。これに関しては、入札無効として市民から監査請求が起こされている。

 この談合情報がどのようなものであるかについて、新聞各3社に電話で問い合わせをし、ハガキを見せてほしいと頼んだ。A社は、「検討します」ということであったが、返事はない。B社は、「今までそのような申出がなかったのと、ニュースソースの秘匿や談合情報を寄せた人が誰であるかを探される可能性があり、今後情報が寄せられなくなるおそれがあるから、今後けんとうしたい。」との話であった。

 奈良新聞社は、「ニュースソースの秘匿により見せられない。」ということであった。「一度検討していただけませんか。」とお願いした。しばらくして電話があり、「やはり取材源の秘匿により原則として見せられません。」ということであった。

 読者は新聞社に生の情報を提供しているのに、新聞社は読者に記事だけを提供し、その元の情報は提供しないというのは不公平ではないか。それに、新聞は新聞社と読者の共同作業でつくるものではないのかという気がした。読者は一方的に情報を与えられる単なる受け手にすぎないのであろうか。

 新聞社が取材源を出したくない理由は二つあると思われる。一つは、取材源が分かることにより情報提供者に危険がおよび、以後取材が困難になるおそれがあり、取材の自由ひいては表現の自由の弾圧につながるからである。もう一つは、生の情報を知られると、報道の誤りを指摘されたり、批判されたりするからである。

 前者の理由は尊重されるべきである。今回の談合情報も、関係業者による情報提供者捜しが行われる可能性があり、送られて来たハガキ自体は他に見せてはならないものである。しかし今回は、ある新聞社から役所へコピーが渡されたということであり、この問題は軽視されているように思われる。

 しかし後者の理由は認められてはならない。すべての情報には誤りの可能性があり、批判を許さない体質はファシズムのはじまりである。前者の理由に当たらない取材源はできるだけ積極的に公開し、一部当たる部分がある場合でも、そのおそれのない部分は公開すべきである。

                 奈良新聞を考える市民の会 田 畑 和 博


 

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