
ヘンな人達にめぐまれた私?
ある都内の一つの大学に絞って全部で10学部の入試を受けことごとく落ちやっとのこと最後の学部になんとか受かった私に亡父は「こいつは放っておくとどんどんバカになる。最初に希望した学部に入るまでこの大学の教授の家に下宿させ鍛えてもらう」とY教授の家に当時18歳だった私はお世話になることになったのです。Y教授は大学の数学の教授。長男は都内の進学校である開成高校から東京大学文Tを卒業後も東大大学院生。次女はお茶ノ水女子大学生というおぞましい程の優秀な家族。その中に九州からやって来たスポーツと遊びしかやっとこと無いような、この家族からみれば異邦人としか思えない野放図な九州からの若者。その日から「この村上くん」は彼らから新種の遺伝子から産まれた男として大切に扱われることになったわけです。
ぼくの部屋の横がちょうどこのY教授の書室でして顔を合わすと彼は「村上くん。昨日きみは12時に消灯して寝たでしょ?がんばろうよ!ぼくは昨日2時まで勉強したんだよ楽しいんだから勉強って」と言われなんどか数日頑張ってみましたが午後10時には寝て睡眠時間9時間は必ずとっていたボクには非常にツラク瞼が下に下がってきたため、ある日PM11ころ寝るとき(また電灯消したら説教されるからなあ・・)と悪知恵が浮かび電気つけたまま寝ました。翌朝AM4に目が覚め(眩しいなあ〜電気けさなきゃ)と消してまた寝ました。AM9ころ私はまだ寝ているところ大学行く前にわざわざ教授が部屋にきてくれ「村上くん ぼくはうれしいよ。きみも燃えてくれたね!AM4までがんばったじゃないか?やれば出切るんだよ。ぼくも負けちゃあいけないと思ってAM5まで勉強したさ。さあ今晩も競争だからね がんばろう」と爽やかな顔して大学へ出勤していきました。ぼくは無茶苦茶怖かったでしゅ。
その週でしたかボクの部屋に入ろうとカギを廻していたところ待ち構えていたかのように長男の部屋の扉が開き「やあ村上くん。ぼくの部屋でちょっとおしゃべりしない?」と声をかけてもらい初めて彼の部屋に入りました。6畳の部屋の四方が本棚で1つだけ残ったわずかな窓の部分から明かりが入る異様な部屋に驚く私に構わず「村上くんって音楽好きかい?」と訊ねられ「ええ 一応なんでも聴きますが・・」と答えると彼は一枚のLP盤のレコードを取りだしプレーヤーに乗っけました。「だっだだあん がっしゃあん」と勢いのある協奏曲が流れボーと聴いていた私に彼は「分かった?」と訊ねるので「へっ?なにがですか?」と言うと「もう1度行くよ。ようく聴いててね」と言い何度か同じ個所をかけてくれたのですが、さっぱりなんのことやら分からない私は「いや良く分からないです」と言ったところこの長男は「ティンパニーが遅れてるでしょ?このティンパニー奏者はね世界的に有名なんだ。でもねその彼にしてこの公演で初めてミスってしまったのさ。ねっすっごいだろう?ボクの宝物なんだあ」とうっとりレコードカバーを抱いて眼を輝かせて熱っぽく語る彼を見て(おいおい本当にヤバイよ。この人。)と腰が引けて「やっぱりボクは東京には向いてないんかもしれんな」とまだ他の東京人見てなかった僕は真剣に考えてましたね・・・あの頃。
そんなある日この教授夫婦が「コーヒーブレイクに来ないかい?」と誘ってくれました。いつも一人暮しは寂しくないかい?とか学校には慣れたの?とか親切極まりない方達なのです。教授の奥さんから「あら?村上さん 髪が濡れてるけど銭湯にでも言かれたの?」と訊ねられ私は「ええ。今いって帰ってきたんですけど今日はサウナに行きました」と答えました。するとこの教授夫婦は「ええっ」と後ろにのけぞり絶句しながら1分ほどの沈黙が続きボクも(ああ なんか勘違いしてるなあ もう早くコーヒー飲んで帰ろっと)と考えていたのです。しばらくして奥さんが「村上さん!あなたっていつころからそんなところに行き出したの?」とうめくような責めるような口調で訊ねるため私が「ええ?小学校のころかな?父に連れられたのが最初でしたね」とナンの気なしに答えれば「まあっ九州ってそんな風習があるの?信じられない。」と二人してまるでボクを宇宙人でも見るかのように見られ又「でもナンの目的で?あなたってまだ学生だし・・・」と聞く彼女にうんざりしながら「えっあれって疲労回復とか ストレス解消でしょ?」と私が答えればこの奥さんは「まあ なんってことなの??ストレス解消は分かるけど疲労回復だなんて ああぁあ どうしましょう貴方」と言う二人に弁解する気力もなく「勉強しないといけませんからボクは失礼します」と言い去りました。
翌朝この奥さんがやってきて「あらあ イヤだわ 村上さん。サウナって健全な場所なのね?知らなかったのあたし。いや 恥ずかしいわ。きゃっ」と顔真っ赤にして階段かけおりて行きました。 しかしぃい・・普通サウナとトルコ間違えますか?そう間違えたとしか思えないもんなあ。ボクは絶対この下宿先にいるべき男ではないなとつくづくその頃悩みました。でも2年いて結局、編入試験落ちて叱られる前にボクは友人のトラック借りて夜逃げしたのです。今思い返すととっても親切でボクの心配してくれ一生懸命教育してくれたのにボクはあんな別れ方し今非常に後悔してます。(本当です)ちょっとヘンだっただけなのに人を異常扱いし逃げようとばかりしていたボクって最低だな。ヘンな人ほど味があって親身だったのに、もし日本に帰って住むことになったらY教授の家に下宿したいなあ退屈しなかったですよ毎日。(絶対怒ってますね今でもあのご夫婦は・・・)