第十三話 

 ラテンでは時計はいらないの?


 私はもうやっと慣れてきましたが南米に来た当時は、ラテンの人が時間を守らない事には全く閉口させられました。  まあ待つことも待たせることも平気なのですから彼らの辛抱強さには感心させられます。

 あれは私がパラグアイに住んで間もないころでしたが、メキシコから有名な実力派美人歌手が来るというので私は開演9時でしたから7時半に会場へ行きステージから5列前の席を確保しました。それから8時半にコンサート会場へ入ったとき私は驚いたのですが、そこは大きな野原で牛がいてほんの申し訳程度にステージがあり近所の子供たちが学芸会でもやるような感じで椅子を並べている最中でした。{ほう、なかなかパラグアイのコンサートは家庭的でいいね}などと考えていたのが間違いの始まりで10時になっても人はパラパラとしかやって来ず本当に今日だったのか疑い始めた11時に楽器や人も集まりだしました。

 だんだん頭に血が上ってきて回りのパラグアイ人に「何なんだ!このパンフレットでは9時に始まるんじゃないのか?どうして皆、文句を言わないんだ」と怒れば彼らは「まだ歌手が来てないんじゃないかなあ?よくある事だよ」と平気なもんで私も恥ずかしくなり{そうか怒っちゃいけないんだよね南米は}と分かった顔をし怒りを押さえ{こうなったら何時になっても待ってやるぞ}と心に誓いました。それから12時も過ぎたあたりでしたか、やっと皆も騒ぎ出しステージに物を投げるものも現れ   我が意を得たりと好ましくその行為を眺めながらついに午前1時すぎ司会者が現れ歌手が登場したときには、待たされたお陰なのか観客の興奮も最高潮に達して泣き出す者まであらわれるほどでした。

 薔薇のようなミニスカートで舞台狭しと右から左と飛び跳ねモデルのような美しい彼女が歌う姿を目にし「うん。もう遅れたことは許してもいいな」などと考えているうちに一曲目の歌が終わりました。その時です、興奮した一人が舞台にあがり歌手を抱きしめキスをしようとするので警備にいた兵隊が慌ててステージに上がり軍銃でこの不埒者を殴って引き離そうとしていたところ暴発してしまい歌手は泣き出し舞台の袖に消えていきました。しばらくすると司会者が出て来て「残念ながらショーは続行不可能となりました」と伝え哀れ5時間会場で待ちつづけた結果がこれです。

 結婚式や誕生日でも同じようなもんで今まで99%定刻に始まったことはありません。皆も心得たものでちゃんと食事もすませ大体一時間は必ず遅れて到着します、時間前に来て「おなかがすいた。何か前菜でも出さないのか」と怒っているのはまだ南米に来て間もない東洋人かドイツ人くらいなものだとその頃実感しました。前に昔世話になった県知事が日本へ行った時でしたが、帰国する早々に我々を呼び出し{いかに日本は素晴らしいか、どうしてこれだけ急速に成長したのか?}という事が分かったらしく「すごいな日本は歩かなくても動く道がある」「ガソリンスタンドの兄ちゃんまでがネクタイをしており大声で感謝の言葉をさけぶ」「電話で話すときでも相手にお辞儀をしており非常に礼儀正しい」また新幹線という時速200KM以上もでる汽車があったのが一番感動したようで彼はこれで京都まで行ったそうです。ただ彼が言うのが「日本はすごいと思うが、感心できない事がある。新幹線はどうして分刻み定刻に出てしまうの?あれはいかんね!絶対乗り遅れる人が出てくるよ間違いない。10時発と書いてもよいが10時30分くらいに出すようにすれば、皆もゆっくりできるし又国鉄もお客さんが増え売り上げが上がると思うがなあ。君たちが今度日本に行ったときアドバイスしてあげたら良いぞ」なんていう始末で全く時間の観念というものが欠如しています。

 確かに電話をひくのに三年待って、麻雀台を注文したら二年後に届けられ(待つ私もどうかと思いますが)期限や時間に厳しい日本人が生活するには非常に楽ではない事は否定できません。仕事においても同じことでゆっくりマイペース、今日できることは明日やろう「アスタマニャーナ」{日本人にとって覚えやすいフレーズで明日またなと聞こえるようです}の精神でイライラされる方にはこれほどストレスがたまる環境はないでしょう。そういう私もこのやり方が理解できずのたりのたりべちゃくちゃしゃべりながら倉庫の整理をやっている彼らを叱り「どうしてパーとやって終わらせて後はのんびりしないの?その方が楽だろう」と言えば彼らは「そんなに急いでどうするの?この仕事やっちゃったら他にやる事なくなっちゃうでしょ。ゆっくりやればいいのよ」なんて口だけは達者で私も「終わったら他の仕事を作るの!いくらでも探せば仕事はあるんだから」と言えば「はああ、これだよ日本人は!仕事がそんなにしたいなら自分もやれよ」となり後に引けなくなりむきになって私も一緒に作業をしました。そして普段の半分くらいの時間でやり終え、「ほら見てみろ」というつもりでしたが、その後疲れてぼうっと休んでいると確かに酷暑の中で働いた為か、予想以上にだるく又退屈になり心中密かに{彼らのやり方も一理あるなあ、時間はいくらでもあるんだからゆっくりやっていいんだよなあ}と考え直したりもしました。

   ラテン圏にいると時間が止まるとよく言われます。これは良きにも悪くも使われてますが何事も急いではいけないし、その必要もなくなってくるような環境だと言えるのかもしれません。前は時計を家に忘れると又取りに帰ったりしてましたが近頃はあまり腕にしていても見る回数が少なくなってきて週に何回かは付けない日が増えてきました。環境に適応したと喜ぶべきなのか、もう日本では使い物にならなくなったと悲しむべきか悩むときがあります。


次のページへ 表紙に 戻る

感想などはどうぞ 村上節男(パラグアイ共和国 エステ市) 宛てにメールを送信して下さい。