
悩んだりくよくよしないのが南米らしい。
先日でしたが私の店の男性が普段は陽気なのにその日ばかりは深刻な顔をして沈んでいるので私が「どうしたの?家で何か問題でもあったのか?」と尋ねますと彼は「困った問題だ、どうすればいいんだろう」と世の中も終わりだと言う顔で頭を抱えて座ってました。これ以上話しかけても悪いと思いほうっておき昼過ぎまたいつものように元気になったので私が「今朝は何があったの?余ほど深刻な問題なんだな」と尋ねれば彼は「はあ?俺が悩んでたって?」と真顔で答えるため私もキツネにつままれているような気分になってしまいました。今朝そこに座ってほら頭抱えてたじゃないかと言えば「あれえ何だったけなあ。そういえば何か悩んでたんだよなあ、何って言ってた俺?」と逆に聞かれもうアホらしくなり{そんなに簡単に忘れられるような問題なら悩むな!}と相手にするのは止めました。
だからといって人の沈んだ顔を見るのはラテンの人達はとても気になるらしく特に日本人は考え事をするときしかめ面をするので、私などはよく家や店などで考え事をするときはもっと楽しい顔をしなさいと注意されます。「でも普通は悩んだり考えたりしなければならん事は楽しいことじゃないだろう」と言えば彼らはそれでも人前でそんなに悩んだ顔を見せてはいけない皆が暗くなるからと許してくれません。
そう言われて合点がいったのは昔リオに行ったとき喫茶店で商売の話をある日本人としていたのですが、そこはコパカバーナで皆はビーチスタイル私らだけが洋服にクツをつけているような状況でした。それでも仕事の話で何かの問題点について話している時でしたから場所には相応しくはないと感じつつ男同志が眉間にしわよせて意見交換していたのです。そこに明るさ100%人におせっかいをやきたくて仕方が無いというブラジル人が横の席に座り私たちに「オーイ、ジャポネス{よう日本人)何をしているんだそんな暗い顔してここはコパよ!明るくやろうぜ」と話しかけて来るため「ありがとう仕事中だから邪魔しないで」と言えば彼も引かず「悩みがあるなら俺に相談してくれ、俺は人が深刻な顔をしているのを黙って見てられないんだ」と言い呆れた私たちが無視するのも構わず昨日この前を歩いていたモレーナ美人(浅い茶色のセクシーな女性をこう呼ぶのですが)が俺にウィンクするからクラクラときて後をついて行きそれからどうしたという話を面白ろおかしく話すものでついつい私たちも根負けし笑ってしまいました。そうすると彼は「ほうら元気が出たじゃないか!ビール飲めよ悩みなんか忘れてよ、楽しくやろう」と別に悩んでたわけでもなかったのに元気つけられ彼は又他の席に消えて行きました。
だからといって彼らに全く悩みが無いわけではなく聞いてみると誠に悲惨ですごい苦労をしていることが多いのです。よくそんな目にあってそれでも明るくいられるなあという話でもさらっと「よくあることさ」といった風に話されると成る程日本人は深刻になりすぎるのかも、もっと楽しいことを考えたり作ったりすることが大事なのかなあと考えさせられます。ラテンの人達は楽しいことを見つけたり人を楽しくさせる名人です。また南米の政治経済をみていますと真剣にその国のことを考えたりしていたら逆に自殺でもしたくなるようなひどい内容だったりするものですから言い換えればこのライフスタイルは彼らの生きていくための処世術なのかもしれません。
日本は現在、証券会社が倒産したり景気が回復できないと今までになかったような悲惨な話が相次いで出ています。本当に職を失った方や様々な苦境におられる方達もたくさんおられるでしょう、決して簡単に比較はできませんが南米では銀行倒産や預金凍結は日常茶飯事で貧しい方ほど苦しい思いをされていました。そういう時でも彼らは「何とかなるさ」と前向きに生きていたものです逆境に強くまた嫌なことは忘れ他の新しい楽しいことを探す彼らラテンの考え方も今、日本では必要となって来ているのかもしれません。でも私がそうですがそんなに簡単に苦しいことを忘れ楽しいことへ頭を切りかえられないのが日本人なんですよね。
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