第二話

南米人は誰もが自分もアイルトン セナになれると信じている。  


 私の店にパラグアイ人の男の子が働いてました。ある日彼は店の女の子を4人 乗せて日本人移住地にドライブに行きたいというので配達用のハイエースを 貸してあげました。

夕方、彼が帰って来て何か寂しそうにしているので 「どうした、楽しくなかったのか?」と尋ねると「ううん、とても楽しかったよ」 と答え、私に「絶対怒らないって約束してくれる?」というので私も「事と次第に よるな」と言うと「じゃあ言わない、明日にする」と走って逃げようとしたため 私も外まで追っかけました。するとあの箱型をしていたハイエースがおにぎりの ように真ん丸になって玄関に置いてあるのです。あまりのショックで「お、お前 何やったんだよ、どうやるとこんな形になるのか説明しろ!」と怒鳴ると彼は 「せっちゃん(ちなみに外人は私をこう呼んでました)この車は欠陥車だね。僕も ずいぶん車に乗ったけどこんなに安定しない車は初めてだよ」とさもこの車が悪い ような言い方をするので「どこだ?どこでこの車がこんなになったんだ、どういう 運転したのか言ってみろ」と言うと彼は「移住地でね、カーブを曲がってたら何も しないのにこの車がコロコロ転がって、ひどいもんだよ。まあついてたのは彼女らを 公園に降ろした後だったからケガはなかった。よかった、うんうん」と平然として言 うのです。

私がぐしゃぐしゃになった車の運転席を覗きこむとスピードメーターが 120KMで止まっているのを指差し「お前あんな乾いた砂道でそれも民家が密集 したカーブで何の必要があって120kmも出すんだよ」「お前、本当に免許持って んのか?」とたたみかけると「僕は12歳から父親の仕事を手伝って運転している。 免許も先月5月に18歳になったから15ドルも出して買った。今まで一度も事故 なんかやったことはないんだ本当だよ家族にも聞いてもいいよ」と言うので私も 「いいか、こういう背の高い車は荷物をたくさん運ぶためなんだ。

空になった車で それも120KMも出して急ハンドル切れば横にこけるのは当たり前だろ、カーブ ではスピード落とせこの馬鹿たれ」と怒れば今度は「僕はセナみたいになるのが 夢だったんだ彼は言ってたよ、その車の持つ最高速度を出してあげなければ車は 可哀相だって。僕もそう思うしこの車はそれだけ走る能力はあるんだよ」 と言う始末で昔レーサーの中島悟がインタビューで語っていた「日本人は絶対に ブラジル人に勝てないね、彼らは教習所に行かないんだ後ろで走ってて何でブレーキ をあそこまで我慢できるか信じられない、スピードに対する恐怖がないというか 車を信用しきってるんだな」と答えていたのを思いだしました。

もう議論しても 無駄と悟り怒りをこらえ「お前は車が可哀相だと言ってるけど、俺はもっと可哀相 だと考えないか?こんなおにぎりみたいに真ん丸になってる車をどうやって直すんだ」 と言うと又彼は「大丈夫、僕は移住地からここまで40KM運転してきた。彼女らも きゅうくつそうだったけど横になれば乗れるし、僕も窓から顔をだせば運転できた ちょっときついけどまだ使えるよ」とのたまい私は18歳の彼から元気付けられ もう怒る気力も無くし、彼は正直に話してほっとしたのか女の子達を連れてアイス クリームを食べに行きました。

その後、車を車庫に入れようと運転席に苦心して 入りエンジンをかけたのですが前はハンドル上部のすきまからしか前方は見えず ギアチェンジしようにもきゅうくつで手が思うように動かず一時間かかって車庫入れ しました。翌日、店が開店しいつも通り元気に彼は出勤し自分がいかにして急カーブ へ最高速度で突っ込み奇跡の生還をしたか皆に話して聞かせ又みんな誉めたたえる のを聞いていると殺意を覚えると同時に「これだなストレスがたまらない秘訣は」 「うん勇気のある男が称えられる所なんだな、南米はちょっと理解できないところが あるがなかなか爽やかでいいじゃないか」と自分の怒りを押さえるのに必死でしたが 今思いだすと彼のようなタイプしか南米は存在しない現実になかばあきれていたのが 現在、新しく日本から来られた日本人の南米人へのボヤキや愚痴を聞いていると 「いやあ、ああなれたら人生楽しく悩みも無くなりいいでしょうね」と私が言えば 「それができないから日本人なんですよ」「だから国が発展しないんだ」とか いろいろ意見が出てきますが、南米ウィルスがどっぷりつかってしまった現在もう 日本で生活できない自分になっている事を認識し生まれ変われたら南米人が楽しくて いいなと考えている私は人に言わせると「南米ぼけ」だそうです。




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