第二十八話 

 日本のものはパラグアイで重宝されてます。


 私がここパラグアイに住みだしてもう13年になってしまいましたが、来た当時はまだそんなに日本製品を見なかったのに今では街を歩くパラグアイ人の男の子まで日本のTシャツを着て歩いているほどでびっくりしてしまいます。先日もうちの店に売り子が来て「おまえは日本人なんだろう?日本の一流メーカーのTシャツだぜぇ安くしとくよ」と言い買ってくれとすすめるので柄を選んでいたら「ほのぼのローン家族揃ってにこにこレイク」「人形は顔が命です。人形の久月」とすごい日本語がいっぱい刷られたTシャツを山ほど持っており「いったいどこから持ってきたの?」と信じられず、日本に住む日本人は多分誰も着ないだろうなと思えるものばかりで私も「悪いけどいらない」と断りました。でも結構ブラジル人には売れているらしく中には一人で50枚くらい買っていくようです。まあ何と書いているか分からないわけですしぃ外人には日本語で書かれている服が珍しいのでしょうから「まっいいか」と売り子に頑張ってたくさん売れよと励ましてあげました。

 同じようなケースですが近頃パラグアイの道路を走る車体にも日本語が氾濫していますねえ〜例えば「幸せなブライダルは岩手XX結婚式場で」「仏壇のご相談なら名古屋のOOXへ」など日本から廃車として処分された中古車をこの地球の裏側まで運んで、車体も塗り替えないまま南米で使ってくれているわけです、ありがたい事です。

 そこで私は疑問を感じ調べたのです、どうやって日本からここまでたどりつくのだろうかと?そして判明したのです。まず日本から太平洋を渡りチリのイキケという港町に着きます。そこへパラグアイ人が買いに行きアンデスの高い山を越え、アルゼンチンを抜けブラジルを通過しパラグアイまで4000KM以上の旅をその買った車に乗って運ぶんですね。すごいです、偉いです彼らは!ただこの3国を通過する際、問題になるのは日本国内車は右ハンドルなので道路交通法により左ハンドルでなければ通行許可が降りない為それでチリにてハンドル交換すると1200ドル、パラグアイなら550ドルですむので何とかこのまま持って帰れないか?とこういうことには非常に頭のきれる彼らは考え、そしてとても独創的でエキセントリックな技を思い付いたのです。

 彼らはチリを出発してから一回も休まず助手席にもう一人運転手がいて交代しながら来るのですが、この助手席の彼はハンドルだけを胸に抱いて寝ます。そして国境を通過するときや道路警察官がいるときに右ハンドルは前もって隠し、助手席のほうが何の役目もなしていない左ハンドルを同じく出発前に用意した穴に差込み何くわぬ顔して警官と話すのです。まさか相手も二つハンドルがあるとは思いもせず、彼らに言わせると「絶対見つからないさ。右ハンドルなんて見たことないよ。だーれも」と自信を持っており、「なるほど」と「まあ見つかってもあまりのアホらしさに笑って赦してくれそうだな多分。」と相槌を打ちました。

 しかし根性と勇気がありますねパラグアイ人は、善悪は抜きにしてなんでも真剣にやる気合は誉められます。{ダメだな、いけないよそんなことしちゃあ}なーんて絶対考えないんです、彼らは。アンデスの山でもヒーターを一番強くしなければ寒くて運転できずそれで暖かくなると眠くなってついついエンジンをきって寝てしまい朝になったら凍死していたり、アンデスの山奥で慣れない右ハンドルのためなのか運転をあやまり谷底に落ち何台もの日本車の残骸が哀れにもあったりするらしいです。「佐川急便」「クロネコヤマト」の文字を残したまま遠く日本を離れ地球の裏側のアンデスの谷底に眠る日本車に感慨を覚え一度見に行ってみたいと思う私は案外ロマンチストなのかもしれません。(なんのこっちゃ?)  


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