
TV番組では収まりきれないパラグアイ
まずロケの2週間前にAD(アシスタント ディレクター)NW君が現地入りしました。非常に真面目そうな好青年でどんな些細なことにもすぐメモをとり「よく理解できました、面白いですね!それで行きましょう」というのが口癖で{はーこんなものなんだなTVの仕事って。案外アバウトなんだな〜}と思いつつ、これが後々続くアクシデントを呼び起こすこととは露知らず車でパラグアイを案内し下調べが完了しました。それからロケ隊は予定どおり到着しウルグアイからアルゼンチン、ブラジルまで川を上りパラグアイ入りしたのです。エステ市の密輸業を営むお兄ちゃんを撮り終えアスンシオン(首都)まで皆さんを連れていけば私のパートは終わる予定だったのですが首都のホテルにてNW君が「とても真面目で責任感があり誠実を絵に描いたような通訳の男の子です」とスタッフに太鼓判を押していた彼がなんと急に故郷が恋しくなり里帰りしてしまったと聞くにおよびスタッフ一同「そんなことってありぃ〜」と驚愕しペルーからついてきていた通訳の男性は(フジモリ大統領とは小学校同級生らしい)30歳も年下の新妻と愛息をつれてリマ市内にあるケンタッキーフライドチキンを今晩食べに行く約束をしちゃったから、と冷たく飛行機に乗ってそそくさと逃げるように去って行きました。
ディレクターのMSさんは目を三角にし「NWぃナニやってんだおまえはどういうヤツを人選してんだぁ!どうすんだよお」(これから10日間ずっと続くセリフ)と怒り大物ADのNW君は慌てず「まっなんとかなるでしょう。村上さんもいることだし」と言い出し「ええ〜まずいよNW君ぼくは明日エステ市で仕事があるんだ」と断るのですがMSさんからも「頼むよ、なっお礼はするから一緒にパンタナールへ行こうよ」と誘われ{しかし通訳なしで10日間の旅は苦しいだろうな}と同情してしまいしぶしぶOKしたのです。翌朝飛行場に集合した我々を迎えたものは重苦しいどんより曇った暗い霧と博物館にでもあるような1960年代の単発プロペラ機でした。「ええMSさん双発にしてくれるって約束したじゃないですか」と苦情を言えば「双発は値段が倍なんだよゴメンな、TV撮影って結構金がかかるんで大変なんだぜ、ロケ中のメシと酒は幾らでも構わないからさ〜」といわれ重量オーバーの機材に6人乗り込み、やがて出発しました。無視界飛行で重くてスピードがでないからなのか110kmほどの低速で、しかもNW君が「なんか飛行機の右側から液体のようなものが流れていますが大丈夫でしょうか?」と訊ねパイロットに聞けば「雨だろ?」と答え霧でナニも見えない前方のガラスを拭きながら操縦していましたが一向にやまず液体は流れ続けました。やがてやっぱり燃料が流れていることを認めたパイロットはいきなり地上におりガソリンスタンドに着陸したのです。そこはパラグアイらしく復活祭(祝日セマナサンタ)は働かない方針で無人のスタンド、燃料の入っているドカンが一つ置いていました。パイロットは手慣れたもので我々にドカンを翼に持ち上げてくれと命令し上に置かれたドカンからホースを持ってきて口で吸い上げタンクへ燃料を入れるワイルドな姿に{まるでガス欠の車、感覚だな}とおののきながらも私は感動しましたね。
やっとまず第一の撮影場所であるたくさんの牛がイカダで川を下っていく風景を撮る野原に着き(後から聞くとこれが空港)、「墜落しないでよかったぁ〜」と地面がこんなに恋しいと思ったことはない程喜びに浸っていましたら、パラグアイの現地協力人が「今週は復活祭だから牛は食わないんだべさ、いくら待ってもイカダは来ないッペ」と言いMSさんは「MWぃ〜」と怒りも止まないうちに今度は高速ボート(500馬力)で10時間風景を撮りながらパンタナールまで行くはずだった肝心のエンジンが故障して行けなくなり(事実は船頭が妻より家族孝行もしないで祝日働くなんてと文句を言われたためのようでしたが・・)、もうみんな目が点になり口もアングリ状態で途方にくれました。流石に船頭もすまないと思ったのか3時間くらいジープで沼地を走ればインディアン村があるから行くか?となり他にナニも撮るものがなくなったロケ隊は休みもとらず焦りと不安いっぱいのまま出発したのです。
約70KMの速度でトラックの硬い荷台で揺られディレクターのMSさんと私は痔持ちのため苦痛で堪らず、それにもまして近くにいた真っ黒な牛が我々が横を通るなり真っ白な牛に変わり「なんだ、なんだ?」と騒ぐうちにそれが蚊の集団だと分かりました。映画ヒッチコックの鳥ではありませんが蚊から襲われる恐怖の中、荷台にいた他のパラグアイ人は上半身裸なのに刺されもせず我々日本人の身体は全身真っ黒に蚊いっぱいに覆われお互い殺虫剤をかけあい、運転手に速度を上げろと命令してもその蚊は黒い集団となって速度70KMのトラックを追いかけてくるのです。殺虫剤が空になるまで吹きかけましたがちょっとヨレヨレになりながらも余程我々日本人の血が美味しいのか、直径60cmくらいの黒い蚊の軍団が追ってくるのですぅとても恐ろしかったです、しばらく夢にでました。あの蚊の集団をプロ根性で全身蚊にさされながらも撮影していたIKさんの努力も空しく小さすぎて映像にならなかったようですが、しかしぃ・・パラグアイの蚊は世界一速いですよ絶対!
インディアン村に着くと二人の通訳を通して村の長老を呼びこの村の伝説を聞くことになりました。長老は重々しくガラニー語で延々10分くらい話し続け、我々も緊張し息もひそめてフィルムの回る音だけが聞こえるのみでした。やがて船頭がガラニー語からスペイン語になおしてくれた内容が「昔はよう狩猟にも行ったもんやが、今は肉屋へ行きゃあ旨え肉がいっぱいあるでよフィレ肉は柔くてうめえな、そんでもってタバコもラークっちゅうの?パラグアイのタバコなんて不味くて吸えねえちゅうの、あんたらも日本のタバコもっとったらお土産にくれや」と話しただけで「伝説なんて聞いたこたぁねえよ」とそっけなく腕にはなんとカシオのG−SHOCKの時計をしており{しかしこんな人里離れた所まで日本のカシオが・・}と感動しましたね。ロケ隊の方々は、こんなんで番組をどうやって作るんだよぅとNW君に苦情を言っていましたが、大物ADの彼は「明日は大丈夫です、ちょっとアンラッキーが続いてますがもう膿は出たでしょう、後は万全です」と臆面もなく答え翌朝必ず「実は思わぬ事態が発生しました」とNW君が報告しディレクターのMSさんの「NWぃおめえ何にも調査してねえじゃないかバカ野郎〜」という悲痛な叫びが目覚まし変わりでした。いやあ楽しかったな毎日が、もしかしたらこの方達はお笑い番組担当で自分らをどこからか撮っている人がいるんじゃないの?と思えるほどでした。しかし放送終了後NW君が送ってきてくれたVTRを見ると「よくたったあれだけの失敗だらけの撮影でこのようなすばらしい番組になるものだな〜」とプロの仕事に感動しお礼の電話をすれば大物ADのNW君は「心配いりませんよ、何とかなるものです。TVの撮影なんて、うっふふ」と笑ってましたがそんな彼をあのスタッフは呆れて「あいつを信じたオレが馬鹿だった」と心底呟いていましたねぇ・・・でも10の企画で8つオシャカになったころ一万匹のワニがいるはずだった(5時間待って一匹の動物も見ませんでした)川岸でみんな呆然として座って待つ間、ふとMSさんが「まあ約束守んないしヒドイ国民だけど、なーんかのんびりしていいよな、空がきれいだし仕事じゃなくて旅で来てみたいよな〜」としみじみ語ればNW君言わなきゃいいのに「でしょ?なーんか憎めないんですよね」としゃーしゃーとして答え又MSさんが「おめえにだけは言われたかぁねえよ、ひでえロケハンしやがってバカ野郎!」と怒鳴られてましたね。まったく楽しい日々でした。(こんなこと書くともうロケに来てくれないなタブン・・・)
しかしパラグアイをTVで撮ろうとしても紹介できませんよね。人間が面白いのでインディアン博愛、自由な国なのです。先のインディアン村でみんな子供の顔が似ているのでお母さんであろう女性に「この子の父親はあの男性?」と尋ねれば「えっえ〜わかんない」と答えよく聞いてみると彼らは特定の男を持たずその村すべての男性は夫であり子供だって分け隔てなく可愛がるのですね。ですから不倫、嫉妬なんて彼らの間にはありません皆で同じもの食べて、みんな家族なんです。ですからパラグアイ紹介のTV番組は人間ドキュメンタリーがいいと思いますがねえ次回はそれでいきませんか?(んもうコリゴリと言っているようなスタッフの顔が目に浮かびますが・・・)
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