
ラテンの人達の旅はせかせかしないようです。
今年も海岸に行きましたが、そこで見た家族はなんと12月半ばから滞在し「X’マスと千年祭をやってとっても楽しかったからカーニバルまでいよう」と家族会議で決まったそうです、いったい何の仕事をやって彼らは生活しているのでしょうか不思議でなりません。というよりいったい何をして何日も同じ場所で遊んで過ごせるのか私は非常に興味を覚え一週間彼らの生活を観察したのです。まず早朝はビーチバレーかサッカーを適当な仲間を集めてやりその後朝食、それからTVを見ながらゴロゴロするわけです。あるものは海辺で身体を焼きながらボーと過ごしお腹がすけばトウモロコシ食べて又おしゃべりしそして寝るのです。夕方から夜にかけ体力充分になった彼らは砂浜を走ったり散歩したりし夜は皆が集まってアサード(焼き肉)の準備をやりながら、いつのまにか太鼓叩くのやら唄いかつサンバを踊る役割を果たす者がどこからともなく現れ夜遅くまで騒ぐのです。それを毎日飽きることなく続けるのですね。疲れました私は・・非常に。とてもぼくにはマネができません、でも彼らに聞くと子供は2ヶ月半以上も夏休みで学校もなく(まっ完璧に前期の勉強は記憶にないようです)お父さんは大嫌いな仕事もせずに、お母さんも日頃の家事から逃れ子供に押し付けとっても楽しいと語っていました。前に行ったアルゼンチンのバリロッチェというスキー場で見かけた小学生が1ヶ月のリフト券(普通最長一週間くらいじゃないんでしょうか?アレって・・)を首からぶら下げ「お父さん達は湖に釣りに行って来週にしか戻ってこないんだ、ボクはおねえちゃんとスキーをやってるの」とはしゃいでいましたが、しかしぃ優雅なものですよね。
ある私の友人は、今では世界でも数少なくなった蒸気機関車でパラグアイを旅行してみようと夏休み家族揃って出かけたそうです。その頃はアルゼンチンの首都のブエノスアイレスから来た機関車が河をイカダで渡り(昔、なるほどザ ワールドにも出題された)国境を超えエンカルナシオンというパラグアイの南の都市から首都のアスンシオンまで行く旅客車両が定期便であったわけです。彼らが駅で出発時間を尋ねれば午後3時発というので近くの食堂で昼食をのんびりとっていたところ2時過ぎになんと機関車がポッポーと通りすぎていったそうで「まさか?」と思いながら不安な気持で駅へ行けば「あんた本当に汽車で行くつもりだったの?もうさっき出たよ。」というのに怒った友人が文句を言えば「大丈夫よ。今からバスに乗って追いかければ次の駅で追いつくさ」と言われるがまま慌てて家族揃ってバスに乗り追いかけたそうです。次の駅に着き駅長からまだ着いてないことを聞きホっとし待つこと数時間、遥かかなたからやってくる機関車はなかなか姿は見えても一向に近づかず牛にまで抜かれるほどのスピードだったようで、それでも念願の機関車での旅行出発となったのですね〜
見渡すかぎりの草原で牛又牛の世界。そして一時間おきに民家が見え、停車したので駅かなと思うと薪がなくなったらしく機関手は薪を探しに行ったと情報が入り、結局その晩は彼は帰ってこず明朝の出発まで真っ暗闇の中で乗客約10名は放置されたようです。「晩御飯はどうするの?」と家族で話していたらあるパラグアイ人のおばさんが練炭で火を起こし料理を作りだし、手馴れたもので皆に配ってくれ「こんなことしょっちゅうなのよ」と言われ大型の蚊や虫が夜中じゅう襲ってきてとても寝れたものではなかったと未だに痒くてたまらんと言った表情で語っていました。翌朝、薪を入手してきたのかいつのまにかSLは又走りだし機関手がいう「あんましイイ薪がなかったんでよぅ」という通り煙で外も見えなくなる有様で家族の顔中ススだらけでノドはガラガラ、外でSLを追っかけている子供たちから指を指してゲラゲラ笑われ、もう泣きたい思いだったそうです。 それから我が友人は怒ると大便がしたくなる特殊体質らしく乗客に訊ねれば「外で野グソすれば〜それから追いかけたって間に合うよ」というのを{ホントかね?}と疑いながらも我慢できなくなった彼は上り坂で急いで降り用をすましたそうです。皆のいうとおり目の前を進んでいくはずのSLはミミズにも抜かれるのでは?と思われるほどの速度で彼はタバコ一本吸い終わり歩いて席にもどれたということです。結局そんな調子で距離にして370km位のアスンシオンまで着くには何日かかったものか気が知れず、二日経過した時の停車駅でTAXIと呼ばれていた幌馬車と交渉しガタガタ道を親子5人がゴロゴロ転がりながらタンコブたくさん作ってアスンシオンへ行ったそうです。「なんか夜逃げでもしているようでとっても悲しかった」と今では彼も懐かしそうに話していました。
しかしなんだかイイですよね〜今頃日本から来る旅行者は(バックパッカーの旅行者は別ですが)いきなりやって来て「日本ではね〜」とか仕事か商売の話ばかりして翌日慌しくまた次の町へ飛行機で移動しなんだかホテルに寝て飛行機で動くための旅行じゃないかと思えるほどで、かといってそういう人ほど時間もお金も余裕のある方が多いようです。結局ワーカーホリックで何かやってなきゃ落ち付かない、旅程が確定していないと不安でたまらないという事なのでしょう。日本人の旅行ベタを治すにはラテンの余裕のある旅を学ぶ必要があるような気がしますね。「って言ってもあれだけ休んで遊んだら身体が鈍っちゃうよ」というアナタは日本人度100%、どうか健康には気をつけられて日本経済を支えるために頑張ってください。私はもう「アラガン(怠け者)の節男」の方が人生楽しくて・・・と完璧に日本人であることを忘れてきている私。。
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