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第五十五話
運転免許ってどうやってとるの?
まず人としての交通法規を守れない私に運転免許をあげてしまったことがすでに問題ではないかと思えるほど自分は今までひどい運転をしてきました。オ−トバイでは暴走族の車とぶつかり飛ばされ屋根の瓦が見えるまで高く飛びました。またアスファルトの坂道を50メ−トルも転げ落ち全身血だらけになって骨も折れませんでした。ピックアップトラックで3回転半ひねりをくわえながらスケ−トリンクならぬ国道から3メ−トル下の溝にケツからバク転し地中に斜めから突き刺さった超ウルトラCやりました。どれも警官が「よく死なないもんだ」と呆れて違反キップも切らずに許してくれたほど他に類をみないような事故ばかりでした。(自慢することじゃない・・・)。
こういう私でしたから日本での違反キップの数は両手両足の指を折って数えることも不可能なほどだったのです。そのため海外まで来て言葉も分からないのに運転免許など取るのはよそうと心に決めていたのです。でもしばらく住んでみると小さな10歳くらいの男の子が運転してたりするのを見たりほとんどの人が運転免許も持たず運転し警官に見つかるたびワイロを払って許してもらうのを目撃しつつ 「ここなら自分の運転のほうがまともではないだろうか?国際免許も持ってきたことだしパラグアイの免許に切り替えてもらおう」と警察署に行ったのです。
警官から「国際免許を公証翻訳人に訳してもらって日本の戸籍とって。それも訳すんだ。あとそれ持って首都アスンシオンに行って日本大使館の本物であるって証明もらって来い。手続きはそれからだ。」と冷たく言われ「ええっ そこまでやらんともらえんの?」と聞けば「当然だ。それが正規の手続きだからな」と厳しい顔して答えられ私は落胆して帰ろうとしたのです。するとこの警官がなんともいえない含みのある表情で「ほしいんだろ?困ってんだよね、きっとお前は。できるんだよ方法はあるの。実は!」と言い出したのです。私はあっけにとられ「どういう方法ですか?」と聞けば彼は「買うんだよ。今お金持ってる?うん。だったら今から手続きに入ろう」とニコニコして今までの仏頂面は売ってかわり不動産やのやりてのオヤジ顔で書類を用意してきました。
「さあ君の名前は?」「生年月日は?」「血液型は?」あといくつか訊ねられ「よおし終わった15ドルくれ。明日もう免許はできる。」というのです。「ウソでしょ?運転の試験ってないの?」と言えば警官は不思議そうな顔して「なにそれ?俺の質問全部聞こえたし見えるよね?」と聞きました。私は「はい。」と答えました。そうすると彼は「車に乗ったことあるんでしょ?助手席でなく運転席に」とまたまた訊ねるのであほらしくなり「当たり前でしょ。だから日本の免許書き換えに来たんじゃない」と答えるとやっとほっとした顔して「パ−フェクトじゃないか?いったいなにを試験してもらいたいんだ?」と言いました。(そうか南米で自己申告制なんだ・・そういわれてみれば俺って日本の免許あるんだもんな。)と思い直し15ドルを彼に差し出したところ「お前さあ。今日ほしくないか?いるんだったらコンピュ−タ−番号は入らないけど今作ってくるぞ。もう10ドルくれたらだけどな」と薦められ明日でいいと断ると次は「大型トラックの免許買っとけよ安くするから。もう15ドルちょうだい。」といわれ結局誘惑に負けた自分は大型免許買いました。怖くてまだ乗っていませんがいつかコンボイのようなの運転したくて数度大豆を載せたトラックの運ちゃんに頼みましたが乗り逃げされると思ったのか気味悪がってトラック貸してもらえませんでした。
それで思い出したのは自分の妻は妊娠中でしたが自分がUSに出張中しているとき具合が悪くなったらしくナンと車庫からボクの4WDの大きなピックアップトラック出して産婦人科医まで行こうとして電信柱にぶつけたと報告されたことを思い出しました。彼女は当然のことながら??運転免許は持っておらず生まれて初めて車を運転し、なおかつ酔っ払い運転のようにギア−チェンジもできず1に入れたまま10kmも先に行って警察署の電柱にぶつけてやっと止まったそうなのです。「それでどうなった?」と恐る恐る訊ねると「警官に運転させて病院まで行って家に戻ってきた。TAXIで行ったほうが安かったわ。運転代金も取られたし(¥500程度)」と言われたそうでボクは「そんな問題じゃないだろ!それですむの?南米って」と驚きました。結果、後日妻も15ドル出して免許書買いました。「これで私もやっと運転できる」と喜んでいましたが、でも信号や標識の意味が分からないからと行って隣国のブラジルまで自分の車運転して教習所に運転習いに行っていましたね。10日ほど。「逆なんだよなあ順序が・・・」。