ヤシの木マルク諸島テルナテ島



マルク諸島

テルナテ島の小舟マルク諸島は、スラウェシ島の東側に位置し、マルク諸島の島ハルマヘラ島は、スラウェシ島の"K"の形をさらに小さくしたような形をしています。16世紀以降ポルトガル、オランダ占領期の長い時間にわたって香辛料の生産地として世界の中心にあったそうです。

実際にテルナテ島(Pulau Ternate)では、山の中を歩くとそこら中にクローブやナツメグがあります。

私はマナドへ行った際に、マナドから飛行機で1時間のテルナテ島、そしてその隣のティドレ島(Pulau Tidore)へ4泊5日で行って来ました。


テルナテ島到着!

テルナテ島の空港は、日本の田舎の駅ぐらいの規模です。
どでかい荷物検査の機械も何か場違いのような感じで、あれっもう外?っていうぐらいあっけなく空港の外に出てしまいました。
旅は人任せの私はすぐに白タクに乗ってしまいました。

おやじはやたらテルナテの自慢をします。
こちらは観光客皆無だった空港の様子にまだ戸惑っていたのですが、着いてみると確かにテルナテの街は美しい!
ポルトガルなどの植民地時代が長かったせいか、街のメインストリートに面した店はどれもパステル調に塗られていて、間口は狭いのに奥行きはある独特の特徴がありました。

ホテル とりあえず白タクおやじの勧めるままに、街の中心部らしきところの割と高級な?ホテルに宿泊。1泊3万5千ルピアからと高めです。
敷地は広いのですが、建て増しを重ねたらしく迷路のような造りで、おまけにどうも客がいる雰囲気ではなく、ガランとしてなんか寂しい。
着いてさっそく見物に出ようとフロントに行くと、受け付けのおねぇさんにきれいな肌ねぇとなでられました。

メインストリート。といっても300Mほどなので、さっそく歩き始めました。
まったく観光客らしき人がいない街はなんだか変な感じです。
それに、街を歩いている人より中にいる人が多い。
おまけに例のパステル調の店がびしっと並んでいます。
そして、店のすきまからきれいな円錐形のガマラマ山(Gunung api Gamalama)。


ボタン 白タクおやじと回るテルナテ島一周ツアー

ティドレ島の漁師
翌朝、約束していた通り、白タクおやじとテルナテ島一周に出発。

ゆっくり回っても5、6時間ということでした。
テルナテ島はポルトガル、オランダ占領時代の大砲が据え付けてあった要塞の跡から、井戸の跡まで実にさまざまなものが残っています。
のどかなとしか言いようのない村にこういうものがあるのも何か不思議なものです。

左の写真はとある海岸を歩いていたときに出会った漁師です。
ひどく物静かな人で、海岸から通りへ出る道を聞いたら駐車場までずっとついてきてくれました。

何歳?って何度きいても「dua tahun(2歳)」という答えしか返ってきませんでした。

テルナテ島の海岸は写真でもわかるように黒い砂に石がごろごろとあるところが多かったです。

この海岸も休日には家族連れで賑わうそうですが、私が行った日は平日で他に誰もいませんでした。
びゅーびゅー吹きつける風とうち寄せる波でさびしげでした。


ボタン近親相姦で生まれた湖

大きいトリレ湖

テルナテ島にはふたつの湖があります。
ひとつはトリレ・ブサール(写真上)、もうひとつはトリレ・クチール(写真下)です。この湖には物語があるそうです。ガイドのおじさんとウスマン君の話をまとめたので、間違ったところもあるかもしれませんが。

昔、ガマラマ山のふもとに住む父娘がいました。しかしその親子は神によって禁じられたある行為をしていたのです。それは親子の間で男女関係を持つことでした。
ある日、ついに神は怒り、父親を村ともども湖に沈めてしまいました。娘はなんとかその場を逃れ、海に向かって走って逃げていきました。
しかし、あと少しで海というところで、ついに神の手にかかり、娘も湖に沈められてしまいました。

そんなふうにしてできたのが、写真のふたつの湖だそうです。私はなんだか悲しい話だと思ったのですが、どうですか。

上のトリレ・ブサールはとても深い緑色で周囲は断崖に囲まれています。下のトリレ・クチールは本当に海のすぐ近くにあります。ここでは昔のスルタンの子孫が魚の養殖をしていて、24時間365日見張りがいるそうです。

小さいトリレ湖



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97.12.14更新

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