酔っぱらい日記   Mar.01.1999
 



時間の仕業

  1987 Vosne Romanee 1er Les Chaumes [Robert Arnoux] [DATA]
  1976 Gevery Chambertin 1er Clos St.Jacques [A.Rousseau] [DATA]
  1975 Ch. Leoville LasCases [Ch. Leoville LasCases] [DATA]
  1974 Ch. Mouton Rothschild [Ch. Mouton Rothschild] [DATA]
  1929 Romanee St.Vivant Les Quatre Journeaux [Louis Latour] [DATA]
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酔っぱらいデータ


 
偉大なワインは土壌と気候の恵みを醸造家が形作り、そして時間が 仕上げるものである。
ほとんどのワインは形が出来ると市場にリリースされ、仕上げは流通業や消費者 のもとで行われるので、仕上げを待たずに飲まれてしまうことも少なくはない。 Nappeもなるべくなら十分仕上がるのを待って飲みたいと思っているけれど、 現実はそうもいかず、リリース数年で飲んでしまうことがほとんど。
仕上がる前に飲んでしまうことの是非(別の言い方をするといつ仕上がるのか)に ついては飲み手の問題なのでどうこういうつもりはない。 円熟した偉大なワインというものを飲んでみたかったけれど、 そんなワインは高嶺の花で、サラリーマンのNappeとは無縁のもので 憧れるだけのものと思っていた。

ところが、思いがけなくそんな憧れが実現することとなった。
Parisでお世話になったワイン氏 こと林さんをゲストに迎えてワインパーティをすることになり、 林さんのチョイスによるワインを提供して頂ける事になったのだ。 メインのワインは何と1929年のRomanee St.Vivant(ロマネ・サンヴィヴァン)。 Bourgogne(ブルゴーニュ)で20世紀最高といわれるミレジム(ヴィンテージ)が 1929,1945,1949と3回あってその中でも最も古いもの。 林さんのコメントによると70年の時間を経て素晴らしい味わいとのこと。 ちょうど「Nappeの部屋」が10000アクセスを迎えることもあり、 ジョイント企画として実現する運びとなった。 いつもお世話になっているボナペティの皆さんの協力でレンタルスペースの 確保やケータリング、グラスのレンタルも実現。

さて、一ヶ月の準備期間を経てパーティ当日。立食形式の気軽なパーティと 宣伝していたけれど開始早々、林さんの希望でセミナー形式となり、 やや緊張気味の中のスタート。

はじめのグラスはNappeのフランス旅行のお土産、 Vosne Romanee 1er Les Chaumes(ヴォーヌ・ロマネ 一級 レ・ショーム)。 Robert Arnoux(ロベール・アルヌー)で 直接入手したMagnum(マグナム)ボトル。 Les ChaumesはVosne Romanee村のGrand Cru、La Tache(ラ・ターシュ)の 南東のやや標高が低い場所にある。
グラスのワインはややオレンジがかったルビー色で周辺部はオレンジがかっている。 香はプラムの果実味、揮発性のあるシンナー、温薫の香。 飲んでみるとしっかりとしたタンニン。 熟成が遅いといわれるMagnumの効果なのか、まだまだ若い印象で 木屑のような若い味わいも感じる。 時間が経つに連れて固さが取れカシスの果実味、特に天日干しされた見事なプラムが 現れた。

続く2本目からは林さんのチョイスによるもの。 Gevery Chambertin(ジュヴレー・シャンベルタン) 村の一級畑、 Clos St.Jacques(クロ・サンジャック)。 Armand Rousseau(アルマン・ルソー)は村を代表する作り手で1976年は秀逸な年。
グラスのワインは明るいオレンジ。 心配されていた輸送による澱も旨く沈んでいてきれいな色調をしている。 香は熟成した香が感じられ、一瞬昆布のような香。 暫く時間を置くとアプリコットジャム、赤い皮のリンゴ。 飲んでみると明るい色の割に意外にもタンニンが強い。 そしてそのタンニンに十分対抗している酸味。この酸味が複雑。 赤い小さな木の実のような酸味、リンゴの酸味、プラムの酸味。 それに加えて甘酸っぱい薫製の香。 枯れたタンニンからか腐葉土のようなニュアンスが感じられた。

3本目からはBordeaux(ボルドー)。 St.Julien(サン・ジュリアン)村のスーパーセカンドといわれる Ch.Leoville LasCases(シャトー・レオヴィル・ラスカーズ)。 1975年はBordeauxでは優良年といわれている。 Nappeはこのワインを蔵だして一度飲んだ事があって、その時は枯れた腐葉土のような 味わいが印象的であった。
丁寧にデキャンタージュされたあと配られたワインは オレンジがかったガーネットで厚めのディスク。 ゆっくりとした脚が優良年であった事をあらわしている。 このワインでとても印象的なのはその美しさ。 非常にキレイな液面でキラキラと輝いている。 24年前のワインがこれほど美しいとは正直考えてもいなかった。 香はシェーブル(山羊チーズ)に僅かにウォッシュの香。 タンニンはその液面同様、とても滑らかに舌に広がる。 そして飲んだ後にはスギの香が鼻に抜ける。Bordeauxのキャラクターに よくヒマラヤスギといわれるのだけれど、ここ最近すっかりご無沙汰であった。 こういった微妙な味わいは他のキャラクターが強すぎると 見えなくなってしまうのだろうか?
暫く時間をかけてみているとコーヒーの芳ばしい香も現れ、 若いパワーにあふれるワインとは違った味わいの変化を楽しむ事が出来た。

ボナペティに準備して頂いた

  • カモのリエット
  • 生ハム
  • オリーブ、シーフードのサラダ
を口にしながら林さんにいろいろとワインについての話を聞く。
一流のワインというものは驚くほど長い寿命を持っていて、100年前のワインですら しっかりとした味わいを保っているのだそうだ。 フランス旅行のレストランでリストに載っていた 1889年のPommard(ポマール) もじつはそんなワインなのだろうか??

4本目はPauillac(ポイヤック)村の一級シャトー、 Ch.Mouton Rothschild(シャトー・ムートン・ロッチルド)。 1973年に念願の一級昇格を果たした翌年のこのワイン、 オフヴィンテージといわれている1974年このシャトーはどうだったのだろうか?
グラスのワインは非常に濃いガーネット。 一見とても25年の時間が過ぎているようには思えない。 エッジを良く見てみるとオレンジが入っており、これでやっと古いワインである事が 伺える。 マグナムボトルであったため林さんのハンドキャリーとなり、 当日持ち込んだこのワインはやや荒れていたようでデキャンタージュで大半の澱は 取り除かれたあとでも非常に細かい澱が舞っているのが感じられた。 このワインで顕著なのはその香。何と磯の香がするのだ。しかもかなり強烈。 Nappeの人生の記憶をたどると磯というよりは「カメを飼っていた水槽の香」。 さらに不思議なのはこの香は口にしたとたん変わってしまう。 ユーカリやケモノの脂、なにかミドリ色をした粘性のあるもの...。 細かいがしっかりとしたタンニンがそれらの物質をつなぎあわせてひじょうに 余韻の長い独特な調和を作り出している。 そして、ここに足りないものは「肉」であることを強烈にアピールしている。
こんな不思議なワインは初めて。 甘い仔羊のローストや脂たっぷりなローストビーフがないのが本当に残念であった。 Moutonを飲むのは初めてなのだけれど、当たり年やハズレ年云々というものを 超越した存在に感じられた。

そしていよいよ土壌と天候と作り手と時間の4要素がすべてそろった偉大なワインの 出番となった。 Romanee St.Vivant(ロマネ・サンヴィヴァン)はRomanee Contiと道を挟んで 下に位置するGrand Cru。Les Quatre Journeaux(レ・キャトル・ジュルノー)と いう区画はDRCのRomanee St.Vivantにブドウを供給している事で有名な Marey Monge(マレ・モンジュ)からLouis Latour(ルイ・ラトゥール)が 譲り受けたもの。
液面はボトルの首の終わり付近と歴史の割にはよいコンディション。 パニエに寝かせて2時間くらい過ぎた状態で林さんが慎重に抜栓を始める。 70年近く外気からワインを守っていたコルクはひじょうに柔らかくなっていて 僅かな衝撃で崩れてしまった。 林さんは残ったコルクを数回に分けて外科医のように慎重に取り出し抜栓を終えた。

グラスのワインは明るいオレンジ色。 琥珀色がかっている事を想像していたけれど遥かに鮮やかな色。 ディスクは中程度から薄め。 独特の香がグラスからこぼれる。タクアンのような枯れた酸味の香。 チョークの粉や体育小屋の石灰のような酸味の香。 続いてアプリコットやビワといったオレンジ色の果実。 はじめのうちは甘味は感じなかったけれど、次第に枯れた甘味...シェリーの アモンティリャードのような芳ばしい甘さ。 飲んでみるとまさにシェリーのような世界。これにタンニンと独特な焦げたような 甘さが加わり余韻もかなり長く感じる。 さらに待つ事しばしで馬の鞍のような、神経をくすぐる香も顔を覗かせる。 酸味といってもただすっぱいというよりは様々な印象が脳裏に浮かぶもの。
この偉大なワインは本当にワインだったのだろうか? 感動の涙を期待していたNappeとしては目の前の世界がワインの世界の延長として すんなり実感できなかった。 日ごろ飲んでいるワインに何かを与えたり取り出したりという次元ではなくて まったく別のものに感じるのだ。それほど不思議な世界。

林さんによるとこのワインにはやはり旅疲れが見られるそうだ。 フランスを出て2週間。Nappeの手元に届いて5日なので仕方がない事かもしれない。 最近フランスで飲んだ同じワインでは完全に開くまでに3時間ほどかかったそうだ。 70年の眠りから覚めるにはやはりそれだけの時間を要すのだろう。 今回はシャッターを降ろす時間が近づいていたため このワインの本性を知る事は出来なかったけれど、空になったボトルからは さらに甘く芳ばしい香があふれていた事を考えると残念でならなかった。

こうして「世紀のワイン」の時間はあっという間に過ぎてしまった。 ワインというのはグラスの中でも刻々と表情を変えていくのだけれど、 ボトルの中で流れる悠久の時間はさらに大きな変化を与えているようだ。 どの状態をとるかは好みにほかならないけれど市場に熟成したワインが 少ない事はやっぱり嘆かわしい事だ。

 
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